Ⅹ 謎の美少女
「――とまあ、試験的ではありますが、第二次大戦中に巨大な人型をした兵器〝ゴーレム〟が登場すると、武器の互換性や悪路の走破性に優れているという現実的な点ばかりでなく、やはりユダヤの伝説や道教呪術における
暖かい西日の差す、まったりとした午後の教室内に、司馬の男にしては割と甲高い声が朗々と響いている。
数名、隠れて漫画を読んでいる者がいる以外は生徒達の授業態度もいたってよろしく、司馬の声の他、静かなその空間内には彼が板書するチョークの音しか聞こえてこない。
「………………」
だが、そんな司馬の講義もまるで耳に入っていない様子で、窓際の席に座る式部紗貴は不機嫌そうに頬杖を突き、特になんの目的もないままに外の景色を眺めていた。
彼女は今、傍から見てもわかるくらい非常にイライラしている。なぜ、それほどまでにイライラしているのかといえば、あの、見知らぬ謎の女生徒のためである。
謎の女生徒――その銀色の髪と碧の目を持つ日本人離れした顔の美少女は、突然、彼女の前に現れた。そして、いったいどういった関係なのか? 紗貴が密かに恋心を抱く新米教師の土御門晴美に、今日一日、べったりとくっ付いて離れないのである。
紗貴は朝からの一連の出来事をまたもや思い出し、その校内でもトップクラスに入る美貌を台無しにしてギリギリと奥歯を噛みしめる。
その悪夢は、予期せず今朝の登校時に始まった――。
「――あっ! 紗貴、来たよ」
親友の納言清香が、弾んだ声で彼女に待ち人の到来を伝えた。
校門前の横断歩道に、「今、ちょうど来たばっかで別に待ってたわけじゃないんだからね」…というツンデレなそれとなさを演出しつつ立ち、もう一人の親友、孝標更那とともにガールズトークに花を咲かせていた紗貴は、その言葉に道路の向こう側へと視線を向ける……そこには、信号待ちする生徒達の中に混じって、いつもの黒スーツで出勤して来た土御門の姿も見える。
「土御門せんせーい! おはよ…」
土御門の姿を認め、そう叫ぼうとした紗貴であったが、そこで急に口を「よ」の形に開いたまま止まった。
時刻は電車一本くらい早いものの、彼の服装も、立っているその位置も、まったくいつもの朝の風景と変わらないのであるが、ただ一つだけ大きく違うところがある……今朝は、土御門のとなりに見慣れぬ女生徒が一人いるということだ。
自分と同じ制服を着ているので昌平坂高校の生徒に違いはないのだろうが、外国人か? それともハーフなのか? 明らかに東洋人とは違う容姿をした、まったく見たこともない女生徒である。それも、さらに不都合なことにはけっこうカワイイ。その幼い見た目から察するにまだ一年生だろうか?
「おい、まさか、あの
「ん? ……ああ、ベレッタか。安心しろ。もちろん持参している。必需品だからな」
「がっ! ……んなもんが学校来るのに必需なわけないだろ!」
耳を澄ますと、その碧眼の美少女は何やら土御門と親しげに話をしている。
自分もこんな風には話したことのない、教師と生徒の枠を超えた異様なまでの馴れ馴れしさだ。いつもなら同僚の司馬がそのポジションにいるはずなのに、なぜ今日に限ってこんな少女と一緒に仲よく登校して来ている?
「……誰、あの子?」
同じく土御門と少女の遣り取りを見つめ、清香が怪訝そうに眉根を寄せて呟いた。
「見たことない子だよね。留学生かな? んー…顔立ちからして、たぶんギリシア系?」
紗貴の心情を知ってか知らずか、やはり少女の方を眺める更那は、そんなどうでもいいコメントを呑気な顔で入れてくれる。
「さ、さあ? そうなんじゃない? ……見かけないし、きっと今日転校して来て、それで先生が付き添ってるんだよ」
友人二人の言葉に、紗貴は自分の動揺を気取られないよう努めて冷静を装い、不気味に引きつった、どう見ても作り笑いな怖い笑顔を浮かべてそう答えた。それはまた、自分を無理矢理納得させようと彼女自身に向けられた言葉でもある。
「まあ、確かにあんな目立つ顔の子、前からいたらぜったい見覚えあるはずだもんね」
紗希のその言葉に、意外や清香も納得した様子で、そんな意見を述べている。無理矢理捏ね繰り出した紗貴の言い訳も、あながち間違いではないのかもしれない……。
などと、彼女が若干安心している内にも、信号が青に変わり、土御門達がこちらへ横断歩道を渡って来る。
「誰も学校生活に要るなどとは言っていない。おまえが裏切った際、始末するのに必要なんだ」
「ハァ……ったく、なんでこんな物騒なヤツが街中を自由に闊歩できてるんだ? この国の治安維持機構は一体どうなっている? ってか、もし職質されたらどうするつもりだ?」
「大丈夫だ。その時はそんな警官、最初からいなかったように
「……いや、すまん。訊いた俺がバカだった」
しかし、土御門は紗貴達にまったく注意を払うことなく、少女との会話を続けながら彼女達の目の前を90°左に曲がって校門の方へと歩いて行ってしまう。
「なんか、先生と生徒って感じじゃない話し方だったよね……内容はよくわからなかったけど」
三人、電線に止まった雀のように、ゆっくり同時に首を旋回させて土御門達を見送った後、清香がポツリと呟いた。
「……あ、ゴメン! 別にあの子とハルミンが特別な関係だとか、そういうんじゃ…ああっ!」
言った後、気付いて清香はフォローを入れようとするが余計に墓穴を掘ってしまう。
「えっ? あの子、ハルミン先生と付き合っ…うぎゅっ!」
天然すぎにもさらにストレートな言い回しを口走ろうとした更那は、清香のエルボウを腹に食らって沈黙する。
「べ、別に気にしてないから大丈夫だよ? ほ、ほら、土御門先生、ああ見えて実は面倒見のいいところもあるから。まだ日本に不慣れな留学生のためにああして登校にも付き添ってあげてるんだよ。もう先生ったら、カワイイ娘には優しいんだから…アハ…アハハハ…」
そんな二人の親友に、紗貴はいっそう引きつった笑みを顔に張り付け、まるで応えてはいないかのように無理矢理取り繕う。
「痛っっ……うっ、紗貴ちゃん、なんか、顔、怖いよ……」
「紗貴、そんな無理しなくても……」
「な、なんのこと? 無理なんて、ぜーんぜんしてないよ? さ、早くいかないと、学校始まっちゃうよ? ああ、今日もいい天気だなあ……アハ、アハハハ…」
そして、腹を抑えながら彼女の顔に怯える更那と、ひどく心配そうな様子で見つめる清香をその場に残し、不気味に固まった表情のままで紗貴も校門の方へと向かった――。
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