Ⅶ 賢者の石力発雷

「――はあ? 海に飛び込んだ上に隅田川の中を歩いただとっ?」


 高所作業台の上でしゃがみ込む防護装束姿の俺は、思わずとなりの工魔術師の方を呆れ顔に振り向いた。


 俺達の目の前ではゴーレムが腹部の装甲板を開き、その心臓部たる賢者の石機関を惜しげもなく披露しているのであるが、ドーナツ型をした〝ウロボロスヘスティア〟の周りに付いた水分が炉内の液体窒素で凍結し、雷気系統もショートしたらしく、あちこち黒く焼け焦げてもいる。


「そうなんだよ。どっかの誰かさんがそんな乱暴な扱いするもんで、もらって来れたはいいものの、着いた瞬間にこれこの通り、僕のカワイイXLPG‐1はボンだよ! ボン!」


 工魔術師は焦げたウロボロス炉を見つめたまま、オーバーな身振り手振りで嘆いて見せる。


「これ、水中戦用じゃないんだよな? まあ、それでもそれなりの気密性はあるんだろうが、まだ試験段階の実験機をそんな長時間水に浸すとはなんと無謀な……」


「ね! そう思うでしょ? 言ってやってよ、Dr.ツチミカド。あの子はそういうゴーレムちゃんの繊細さがぜんぜんわかってないんだよ!」


 唖然とした声で呟く俺に工魔術師も賛同し、「ゴーレムちゃん云々」というところはちょっとアレだが、この奇人変人っぽいメガネな技術者とも意見が一致したようである。うれしくはないけど……。


「知るか、そんな変態フェティシズム。なら、あの状況でどうすればよかったというのだ? もしわたしがあの時飛び込んでいなかったら、今頃この機体自体ここにはなかったんだぞ?」


 すると、俺達の会話を耳にして、ゴーレムの足下にいたデンジャラス・ロリータ少女が、こちらを見上げながら反論を返した。


 これも俄かに信じ難いことなのであるが、どうやらこの小娘がゴーレムを奪取して、ここまで使役して来たらしい。


「キーッ! また君は僕をド変態扱いして……それでもねえ…」


「確かに、君にはその選択肢しかなかったようだな。しかし、一歩間違えれば大変だったぞ? 水中で立ち往生していたかもしれないし、まあ、結果的に事なきを得たが、これでもしショートの衝撃でウロボロス炉にまで浸水していたら、それこそ流出物質汚染水が漏れ出して大惨事だ。特に使役者である君は確実に被曝していただろうな」


 となりで奇声を発する変た…もとい、工魔術師を俺は無視し、足下の少女を見下ろしながら冷静な意見を述べる。


「そうだ! そうだあ!」


「ああ、それなら大丈夫だ。ちゃんと機内の測量計は監視していたし、それに、そもそもわたしは消耗品・・・だからな」


 俺の言葉に工魔術師は合いの手を入れて勢いづくが、対する少女は淡々と、その幼い顔に似合わぬ妙に大人びた口調で意味深な台詞を口にした。


「……?」


「っとゆーことで、Dr.ツチミカド。ユーにはこの停止した賢者の石機関を再覚醒させてほしいんだけど、どうだい? 直せそうかな?」


 だが直後に発せられた工魔術師の問いに、それについて推論する間もなく思考は遮られる。


「…あ、ああ……まあ、開いてみないと確かなことはいえないが、とりあえずウロボロス炉自体は大丈夫そうだ。おそらくは配線がショートしたことで、炉内の火相元素サラマンドラを固定するための雷磁石コイルに雷気が供給されなくなったのが一番の要因だろう。だから、そのショートした部分を交換して、もう一度、最初から覚醒プロセスを踏めば動くようになると思うが……」


 俺は少女の無表情な顔から視線を戻すと、ウロボロス炉の脇に付いた原質タンクのゲージを見ながらそう答えた。


「その前に、原質のミュオニック・ジ・アクアとソーマを補充しておかないと。替えの原質はどこだ? 当然、用意してあるんだろうな?」


「ううん。ないよ、そんなの」


「………………はあっ?」


 暢気な笑顔でさらっとふざけたことぬかしてくれる工魔術師に、俺はしばしの間を置いてから素っ頓狂な声を上げる。


「ないって……それじゃ、動かしてもすぐに止まるぞ? 運用するには原質が足りな過ぎる」


「………………ええっ?」


 すると今度は、同じくしばしの沈黙の後、工魔術師も驚嘆の声を発する。


「そうなの? 僕はてっきりそれくらいでも足りるかと……なんといっても賢者の石だし」


「足りるものか! いくら賢石機関だからって原質は消費する。炉の超伝導雷磁石コイル自体、相当な雷力を必要とするし、これだけの雷気食う兵器を積んでるんだ。タンクの残量見る限り再覚醒させても持ってせいぜい1分がいいとこだ。内蔵蓄雷地も漏雷して空のようだしな」


 浮かれ態度から一転。俄かに青ざめる工魔術師に、俺は若干、怒り気味な口調になって、その〝賢者の石〟への過大な幻想を打ち砕いてやる。


「1分? ……それじゃ、賢潜を奪うどころか日本が誇るインスタント・ヌードルですら作れないじゃないか! ……かといって、ミュオニック・ジ・アクアやソーマなんてどこにでもあるってもんじゃないし……そうだ! Dr.ツチミカド、君の力でジ・アクアとトリ・アクアでなんとかならない? それなら比較的簡単に手に入るしさ!」


「バカを言え! 確かにそうした原質を使おうとしていた時期もかつてはあったが、それでは高速両性子が多量に生成されて炉壁が持たないし、そもそもそんな超高流出性の危険な機体、とても人間が乗れるような代物じゃない。いや、それ以前に巨大な発雷所ならいざ知らず、ゴーレム用の超小型炉では反応条件が悪過ぎて不可能だ!」


「あの~ちょっとすみませーん! あたし達素人は話が専門的すぎてぜんぜんついていけてないんですけど~」


 無茶な要求をする工魔術師と言い争っていると、他の者達同様、下でこちらをポカンと見上げていた蘆屋が割って入る。


「いったい何が問題なの? とりあえず燃料が足りないみたいなのはわかったけど」


「んん? ……ああ、つまりだな。その燃料にあたる物質マテリアが非常に手に入りにくいものなんだ」


 面倒臭いが仕方ない、俺は無知蒙昧な者達のために優しく賢石発雷の仕組みを説明してやる。


「いいか? 現在、実用化されている賢者の石力発雷では〝ジ・アクア〟と〝ソーマ〟という原質を火相サラマンドラ化し、さらにそれを超高温にすることで熱極合一を果たして、その時に生じる膨大なエナジーを取り出して雷気を得ている。つまり、この二つの原質が古典的錬金術における〝硫黄〟と〝水銀〟になるわけだ」


「他に使える物質はないのか?」


 今度は同じくこちらを見上げている少女が、相変わらずの愛想のなさで質問する。


「残念ながらな。そこの工魔術師が言ったように、以前はジ・アクア同志やジ・アクアとトリ・アクアによる方法も試みられたが、ジ・アクア同志の場合、反応条件のハードルが高いし、トリ・アクアとでも流出物質が大量に錬成され、合一時に出る両性子線に耐えうる炉の建造が困難なことなど問題が山積みだった」


「つまり、そいつらを使うのは無理なんだな?」


「まあ、そういうことだ。その点、ジ・アクア‐ソーマ方式はほとんど流出物質は造られないし、極合一で発生するエナジーも憑雷元素である陽子だから、熱源として発雷機の羽根車タービンを回さなくとも直接雷力に変成することができる」


「それで、その二つに落ち着いたというわけか」


「そうだ。だが、それでもまだ賢潜やゴーレム用の小型炉には反応が悪すぎた。そこで出てきたのが負ミューオンというレプトス第一質量プリマ・マテリア元素線ビームを当て、ミュオニック元素エレメント化したジ・アクアを使うという方法だ。かなり雷力を喰うので商業用発雷には向かんが、この練成作業を行うことで格段に極合一反応は起きやすくなる。言うなれば、こいつが二つの性質を結び付ける〝第五元素クインタ・エッセンチア〟――エーテルやプネウマ、スピリットと呼ばれた存在といったところだな」


「ふーん。なるほどね……で、その二つ、そんなに入手困難なわけ? ケミスツ・ストアやドミヌス・キホーテでも置いてないかしら?」


「ああ、そうなら苦労しないんだけどな」


 冗談とも本気ともとれぬ蘆屋の問いに淡々と答え、俺はさらに解説を続ける。


「ジ・アクアは普通の水からでも作れるありふれた物質マテリアだが、それをミュオニック元素化するとなると特別な装置と膨大な雷力がいる。その上、もう一方のソーマといえば、それが豊富に存在するのは太陽の中か、インド神話で〝月の霊薬〟を意味するその名の通り、吹き付ける太陽風によって表面に堆積している月の上しかない。人工的に練成することもできるにはできるが、作れる量は微々たるものだし、多量に作ろうとすれば時間がかかりすぎて、まあ非現実的だな」


「つまりだよ? ミュオニック・ジ・アクアもだけど、ソーマを手に入れるとしたら、それこそ月に行くか、月から採って来たものを貯蔵している警戒厳重な賢石力発雷所に侵入するしかないじゃない。他にも探求機関とかは多少持ってるだろうけど、いずれにしろ米帝軍や日本の衛兵団が僕らの動きを予想して待ち構えているはずさ……あああっ弱り目に祟り目とはまさにこのことだよ! アテナちゃん、Ph.ドールトンは原質のことなんか言ってなかった?」


「ああ、そういえば確かそんなこと言いかけていたような……」


 俺の言葉を引き継ぎ、少々発狂気味に尋ねる工魔術師だったが、少女は相変わらず起伏のない声で平然と重大な報告を今更してくれる。


「言ってたのお? じゃあ、なんで教えてくれなかったのさ?」


「言ってたんじゃなくて言いかけて・・・たんだ。話を聞く前にそれどころではなくなった」


「それでもなんか気になったり、察するとこがあったりするでしょ? ああ、もう、賢石機関が壊れたのといい、全部、君のせいだよ! どう責任取ってくれるのさっ?」


「うるさいヤツだな。蘆屋、こいつ殺してもいいか?」


「あら、ダメよ、アテナちゃん。まだ利用価値があるんだから」


 いっそう狂気じみた金切り声を上げる工魔術師に、いい加減ウザったくなったのか、少女は拳銃片手に怖いことを口走り、さらに蘆屋もそこに参戦して、彼らはまるで子どものように低レベルな言い争いを始める。


 他方、周りにいる他の仲間達の方を見れば、「やれやれ、また始まったか」というような感じで肩をすくめて笑い合っているだけだ。


 ……まったく。米帝軍からゴーレムを奪取するなんて大胆なことをしたかと思ったら、こんな間の抜けたミスを犯して呑気にガキの喧嘩だ。本気でやってるのか冗談なのか……ガイア騎士団といったら、もっと神秘めいたテロリスト集団だというイメージを持っていたが、都市伝説に名高い秘密結社が聞いて呆れるな……。


「り、利用価値ってねえ……僕はGMEきっての工魔術師だよ? Dr.アシヤももっと僕に敬意を払いたまえ!」


「蘆屋、やっぱりこいつ殺そう」


「ひいっ!」


「ああん。だから短気はダメよ、アテナちゃん」


 そんな彼らの他愛のないケンカを眺めつつ、俺は心底呆れてどっと肩の力を抜いた。


「ったく、本気で米帝軍から小型賢潜を奪う気があるのやら……」


 だが、彼らは一つ、この困難な状況を打開できるかもしれない、ある重要な情報をまだ知らずにいる……そう。さっきは言いそびれてしまったが、誰あろうこの俺が、その可能性を秘めたすべを持っているということを。


「フン。おまえ達そうとうに運がいいな。今、俺がここにいることを神にでも感謝するがいい」


 俺は不敵な笑みを口元に浮かべ、鼻を鳴らすとその口を再び開いた。


「……?」


 その、きっと「何こいつ言ってんだ?」と思うだろう台詞に、言い争う三人も他の仲間達も、そこにいる全員が訝しげな表情で俺の方を注目する。


「どういう意味だい? Dr.ツチミカド?」


「どういう意味も何も、俺ならそのミュオニック・ジ・アクアを練成できるということだ。これまでは解決できん難題が一つあって実行に移せずにいたが、貴様らが力を借すということならば、なんとかなるかもしれん」


「そ、それはほんとかい? Dr.ツチミカド?」


 思わぬ俺の言葉に工魔術師は目を皿のように丸くすると、藁にもすがり付くような勢いで聞き返してくる。同様に少女や蘆屋、他の者達も一様に驚いている様子だ。


「ああ。まだ成功するかどうかはわからんけどな。そうなると、残りはソーマの方だが……こっちも一つ心当りがある。発電所の保管庫よりはずいぶんと簡単に忍び込めるはずだ」


「レアリィぃ? ミュオニック・ジ・アクアばかりか、まさかソーマまで……で、でも、そんなとこいったいどこに?」


「なあに、俺の古巣ってヤツだ。ぢつはある因業ジジイが独りでがめて・・・てな。そいつを謹んで頂戴しようって寸法さ……フン。あのクソジジイめ、ついでに一泡吹かせてやる」


 半信半疑な工魔術師にそう答えると、俺はよりいっそう愉しげに口の端を悪どく吊り上げた。

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