Ⅵ 因縁

「――フゥ…ここがおまえ達のアジトか」


 車を降り、歩くこと百数歩ばかり。目隠しを取られた俺の見たものは、工事中のビルなのかなんなのか、ガランとしたコンクリ吹きっ放しの空間だった。


 一瞬、幾つものランタンの光に目が眩んだが、その強力な照明を持ってしてもなお、だだっ広く天井も高いその場所の外縁部には黒々と深い闇を残している。移動中はずっと目隠しをされていたため、ここがどこなのかはまるで見当がつかない。


 夕日に染まる放課後の保健室でテロリスト達と悪魔の契約を交わした後、俺は学校の裏へと連れて行かれ、そこに停められているコンテナ車に押し込められた。


 おそらくは偽装のためなのだろう、コンテナの横っ腹には「引っ越しのフクロウ便」という聞いたこともない運送業者の名称と、愛嬌があるんだかないんだかよくわからない、前衛的なフクロウのゆるキャラの絵が描かれている。


 そこまで歩いて行く間にも、俺が心変えをして逃げ出さないよう、少女は俺に腕を絡ませ、ぴったりと密着させた幼児体型の影で銃口を突きつけていたが、もうこちらにそんな気はさらさらない。


 それよりもむしろ、こんな姿を誰かに見られた日にはなんと言い訳をしたらよいものか? とそちらの方ばかりが心配だったが、努めて人気のないルートを俺自らが教えてやったおかげで、幸いなことにも誰一人、学校内で出くわす者はいなかった。


 ちなみに蘆屋は俺達と分かれて職員室へ赴き、自分が帰宅する旨と俺も体調不良ですでに帰ったことを伝えて来た。無断で俺がいなくなって騒ぎにならないようにとの配慮だが、そうした細かい工作も忘れていないようだ。


 そして、少女と一緒にコンテナの中へ入れられた俺は、再び合流した蘆屋ともども、引っ越しの荷物よろしくここまで運ばれて来たというわけである。


 あともう一人、運転席には引っ越し屋にしては人相の悪い、茶色のニット帽被ったマッチョな日系人の男が乗っていたが、その男が顔に似合わず、コンテナ内でも快適に過ごせるくらいの安全運転をしてくれた。


「やあやあ、君がDr.ツチミカドだねえ? ナイストゥミ~チュ~!」


「……んん?」


 ランタンの明かりにもようやく目が慣れ始めた頃、その光に浮かぶ幾人かのシルエットの内の一つが、ゆらゆらと俺の方へ近付いて来て言った。


 光の加減で逆光にならない位置にまで来ると、それは細身の身体に白衣を羽織り、ボサボサの頭からはアホ毛がぴょこんと飛び出した若い一人の白人男性である。あと、メガネだ。


 歳は俺と同じくらいだろうか? 白衣の襟元にヘブライ語で〝emeth(エメト)〟と書かれた刺繍からして、どうやら工魔術に通じている人物らしい。


「emeth」というのは中世の伝説に出てくるゴーレムの額に刻まれていたという文字で、現在のゴーレムにも一応、伝統的に記されているし、また工魔術師を表す紋章としても使われている。


 錬金術を司るヘルメス神の杖〝ケリュケイオン〟を描いた俺の白衣もそうだが、魔術師の着る白衣は、こうしてそれぞれの専門分野が一目でわかるようになっているのだ。


 と言っても、別にそれを付けてるからといって何か特別な力が得られるというわけでもない。


 現代自然魔術からしてみれば、なんら魔術的根拠のないただの飾りなのであるが、やはり魔術の伝統からか、俺達の世界では何かとそうして仰々しいデザインのものが多い。まあ、そのイメージからの暗示による多少の精神魔術的作用というものはあるのかもしれないが……。


「僕はニコラ・ジェファーソン。GMEのゴーレムを一手に面倒みてる工魔術博士さ」


 俺がそうして相手の人となりをつらつら観察していると、彼はふわふわと踊るような身のこなしで握手を求めてくる。


「土御門晴美だ」


 俺も手を出すと、極めて簡潔に挨拶を返した。


「いや~僕らの頼みを快く引き受けてくれたそうで、感謝感激雨霰だよ~♪」


「フン。別に貴様らに感謝される憶えはない。それより、そのゴーレムとやらはどこだ?」


 どこで憶えたのか? 変な日本語を使って礼を述べる妙にハイテンションなこの工魔術師に、俺は愛想なく鼻を鳴らして背後に控える蘆屋と少女の方へ顔を向ける。


 すると、彼女達の視線は俺を通り越し、工魔術師やその後に居並ぶ、いかにも・・・・な風体の仲間達のさらにその向こう、薄暗い正面奥の壁へと注がれる。


 そこで俺も目を細めてよくよくそちらを凝視してみると、そこにはコンクリの壁と同系色のシートで覆われた、山のように巨大な物体が目立たぬよう置かれていた。


「フフン、やっぱり気になるう~? それではご紹介しましょう! これがっ、米帝軍の誇る最新鋭ゴーレム、僕の・・XLPG‐1で~す!」


 そう叫んで手品師のようにパチン! と工魔術師が指を鳴らすと、最初から仕込んであったのか? 突然、サーチライトが点灯し、左右から眩い光でその巨大物体が照らし出される。


「パ~パパパパ~パパパパ~パパパパ~♪」


 そして、彼の口ずさむ間抜けなファンファーレをBGMに仲間達の手によってシートに繋がれたロープが勢いよく引っぱられると、剥がされたその覆いの下からは、ついにその金属でできた巨人が俺の目の前に姿を現した。


「………………」


 普段、間近に見ることのない……しかも、世界初の魔法技術を搭載したゴーレムの巨体に、工魔術師のアホな演出も無視して、俺は呆然とそれを見上げる。


「これが、世界初の賢者の石機関で動くゴーレムか……」


 そいつは、なんとも威厳に満ちた重量感を持ち、それでいて女性のような優美さをも感じさせる形態フォルムをしていた。


 その闇よりもなお深遠な暗灰色の身をさらに神秘的に見せるようにして、顔の部分には世界を見渡す神の目とされる〝未完成のピラミッドの上で輝く大きな一つ目〟が描かれている。


「プロヴィデンスの目……メソニック自由協会が開発に関与してるってことか。それともヴァヴァリア・イルミナ団か?」


 俺はその意匠から、それを自分達の象徴とし、世界を影で動かしていると噂される秘密結社のことを連想した。特に前者の結社員は米帝の上流階級に多いと聞く。


「んまあ、米帝軍のもんだからメソニックの魔術や財力が投入されてるってことはあるかもしれないね。イルミナ団の方はただの都市伝説だけど」


 俺の独白に、となりに来た工魔術師が同じようにゴーレムを見上げながら答える。


「でも、その目の意匠はそうした意味じゃなくて、EPシステムに由来するものだよ」


「EPシステム?」


 俺は、目だけを工魔術師の方へ向けて聞き返す。


「そ。〝アイ・オブ・プロヴィデンス・システム〟。使役者パイロットに的確な未来予知をさせる画期的な使役システムさ。専門外だからよくわからないけど、トランス状態にすることで脳を霊子コンプレータ化させ、霊子もつれ・・・・・を用いて周囲の環境から高度な情報取集ができるらしいよ?」


「霊子もつれ? 陰・陽ペアになった二つの霊子が空間を隔ててもなぜか相関関係にあるというあれか。つまり、それで情報を霊子テレポーテーションさせるって言いたいんだろうが……そんなもの実用化されたなんて聞いたこともないぞ?」


「だから、僕もよく知らないって。けど、最新魔術はそれだけじゃないよ? 他にも高性能な隠形マリーチ装甲材〝ハーデス・ヘルム〟との重層式デュアルオリハルカル装甲に、賢石機関で作られる膨大な雷力を生かして、従来の機体では運用できなかった賢者の石力風熱機関エリクサー・エア・インゲニウムヘルメスの羽根靴ヘルメス・タラリア、さらには憑雷元素砲ポゼッショナルエレメンタル・キャノン〝ケラウノス〟なんていう夢の兵器まで付いてるのさ!」


「なるほどな……だが、そんなものより肝心の賢者の石機関だ。さっそく見せてもらうぞ。防護装束を貸してくれ」


 自分で造ったわけでもなかろうに、なぜか自慢げに早口で説明してくれる工魔術師の方へ手を伸ばすと、俺は催促するようにして言った。いくら密閉されているとはいえ、流出線・・・を伴う賢石機関を調べるのにこの軽装備なスーツ姿というわけにもいくまい。


「ヒュ~…クールだねえ……ま、こっちもそのために来てもらったんだし、そんじゃ、ぼちぼち始めるとしましょうか。スタッフ~! ツゥー防御装束プリ~ズ~!」


 まだまだ話し足りなさそうだったが、俺の注文に工魔術師はその細身をくるりと回転させ、他の仲間達に向かって間の抜けた声で叫ぶ。


 すると、それに答えて屈強な男達が薄暗い空間をバタバタと走り回り、暗闇から高所作業用の車が出て来たりと辺りは俄かに騒がしくなった。


「どうかしら? ハルミンも気に入ってくれた?」


 独り準備が整うまでそのままゴーレムを見上げていた俺に、今度は蘆屋がプレゼントの感想でも聞くかのように話しかけてくる。


「フン。賢石機関を見てみるまではなんとも言えん。外見など二の次だ……それより、ちょっと気になったんだが、なぜ米帝はこれを日本との共同開発にしたんだ? 軍事転用の魔術なら、この国よりあちらの方が進んでるだろうし、しかも、こっちじゃ禁忌タブーの賢石兵器なんかを……」


 対して俺はぶっきら棒に答えると、見上げたゴーレムにふと浮かんだ疑問を尋ねてみる。


「ああ、それはね。超小型賢石機関を日本の探求者の方が先に完成させちゃったからよ。もちろん米帝でも探求はされてたんだけど、先を越されちゃったから共同開発ってことでそれを取り込もうって魂胆ね」


「なるほどな。自国産の完成を待つより、ほぼ属領のような同盟国のものをいただいた方が手っ取り早いってわけか。さすが米帝らしいやり方だ……しかし、そんな小型賢石開発を日本人が成功させていたとはな。そんな話、初めて聞いたぞ。どこのどいつだそれは?」


 芦屋の説明に納得する俺だったが、その世間には秘匿されていたらしい重大ニュースに、俺も同じ探求師として少々ジェラシーを覚える。


「開発した魔術師の名前は、確か東京皇大の賀茂博士っていったかしら? あ、ハルミンも皇大にいたから知ってるんじゃない?」


「なっ……賀茂ってあの賀茂保雄か? 東京皇大の?」


「ええ。その賀茂保雄博士。〝達人アデプト〟の称号を持つ、その道の第一人者みたいだけど……」


 不意に蘆屋の口を吐いて出たその想定外の忌まわしき名に、俺は思わず声を荒げた。


「そうか。あのクソジジイが一枚噛んでいたか……俺としたことが失念していた。ちょっと考えればすぐにわかることだ。日本での賢石機関開発という時点でその可能性に気付くべきだった……」


「あ、やっぱりお知り合い?」


「ああ、知り合いたくもなかったがな……」


 無邪気な声で尋ねる蘆屋に、俺は嫌悪感を露わにして吐き捨てるように言う。


 賀茂保雄錬金術博士――その名前は忘れたくても忘れることができない……俺の東京皇大時代の上司にして、俺を探求室から追放した張本人である――。



「――おい、土御門、おまえ、そんなこと言ってどうなるかわかってるのか?」


「土御門のヤツもバカだなあ。そんな些細な間違い、見て見ぬふりしてりゃいいのに」


「あ~あ、MIM出の若き天才だかなんだか知らないけど、これで土御門もお終いだな」


「土御門くん! 君、賀茂先生に立て付いて、ただで済むと思ってるんじゃないだろうね? ――」


「まあまあ土御門くん。気持ちはわかるが、ここは一つ、君の方から賀茂先生に頭を下げて」



 ――あの頃、俺の耳に入って来た同僚やヤツの取り巻き、大学の事務職員なんかの言葉がふと脳裏に蘇る……。


 MIM(※マサチューセッツ工魔術大学)の大学院で博士号を取った後、俺は家の都合で日本へと帰国し、東京皇国大学大学院の工魔術系探求科で賢者の石機関の探求を続けることになった。そこに日本錬金術界の権威として君臨していたのが賀茂だ。


 まあ、確かにそれ相応の知識と経験を持つ魔術師ではあったが、あの老いぼれ、俺のような若僧のことなど卑金属程度にしか考えておらず、こちらの革新的な意見にもまったく耳を貸そうとしないその驕り高ぶった態度に、いつしか俺は事あるごとにヤツと対立するようになっていった……。


 そして俺が務めて一年近くが経とうとしていた頃、ヤツの論文にケチをつけたことでその芳しくない関係は決定的なものとなり、ヤツのかけた圧力によって、俺は東京皇大を去る羽目になったのである。


 まさか、こんなところで、またあのクソジジイと対峙することになろうとはな。いわゆる宿命というやつか……いや、そんな非魔術的な言葉で語るまでもなく、同じ錬金術の世界に身を置いていれば、必然的にこうなるということだ。


「そうか。これはあの野郎が作った代物か。どうりで不具合が出るわけだ……フン。上等だ。これはますます、こいつに関わらないわけにはいかなくなったな」


「ほ~い、ドクター・ツチミカド、防護装束ヒア・ユー・ゴ~! ま、流出線測定器の値見るのに大丈夫のようだけどね」


 捻じ曲がったモチベーションに口元を歪めつつ、俺が一つ目の描かれたゴーレムの顔を挑戦的に睨みつけていると、工魔術師が踊るように浮かれたステップを踏んで、白地に流出能を現す魔法円の描かれた防護装束を一着持って来てくれる。


 彼もいつの間にか同じものを着込んでおり、どうやら準備万端整ったようである。


「それじゃあ、あのクソジジイの失敗作を謹んで拝見させていただくとしますか……」


 俺も素早く防護装束に袖を通すと、ヘルムの透明な覗き窓越しに再びゴーレムを見上げ、その物知り顔な〝一つ目〟を睨むようにして強く見据えた――。


※挿絵↓

https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16817330667790656682

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