Ⅴ 象牙の塔の住人たち

 その日の夕刻、篠浦工魔術大学・工魔術科の堺鉄郎さかいてつお教授の探求室に、イェーガー少佐と近藤一等陸尉の姿はあった。


 日が沈みかけても豊洲沖の海底捜索はいまだ続いているが、二人はその立場上、一時的に現場を離れ、奪われたXLPG‐1の日本側開発責任者である堺教授と、それから同じく賢者の石機関の開発責任者・東京皇国大学の賀茂保雄かもやすお教授に事態の説明をしに来たのである。


「テロにゴーレムごと賢石機関を盗まれるとは……君らはいったい何をやっていたんだね?」


 丸眼鏡に白い顎鬚を蓄えたツィードスーツの細身の老人が、金切り声で二人を罵倒する。


「その上ずっと連絡もつかんと思ったら、XLPG‐1の在処はおろかまだ何も掴めてないだと? わしの探求と努力の結晶である小型ウロボロスヘスティアをどうしてくれるんじゃ?」


「申し訳ありません。奪取された機体と犯人の捜索に手を取られていたため連絡が遅れました。しかし安心してください。米帝海軍と我が国の各機関に協力を要請し、完璧な包囲網を布いています。見つかるのも時間の問題でしょう」


 応接セットの椅子に座り、テーブル越しに唾を飛ばしかけて来る老人に対して、近藤は努めて慇懃に頭を下げると現在の状況を簡潔に報告する。


「フン! どうだかな。今回の一件で米帝軍や衛兵団の底も知れたというものじゃ。こんなことなら神聖ヨーロッパ連合や新帝政ロシアからの誘いに乗っとくべきじゃったわい。あんた、近藤さんとか言ったのう? それから、そこの…ミスター・イェーガーとか言ったか? あんたらにはこの責任を取ってもらうぞ?」


「まあまあ、賀茂先生、そんなカッカせずに落ち着いて……しかし、こちらとしても手塩にかけた最新鋭のゴーレムを失ったとあっては見すごすわけにいきません。本学もこのプロジェクトには多大な予算と設備を注ぎ込んでいたわけですし……」


 沸騰したヤカンのように今にも頭の血管が切れてしまいそうな老人を制し、そのとなりに座る白衣姿の堺教授も、穏やかな口調ながらに近藤達の責任を問う。堺は賀茂とは対照的に、ずんぐりむっくりとした、ちょっとメタボなギョロ目の中年男性である。


「お二人とも、少々ご自身のお立場を誤解なされているようですな……」


 すると、今度は近藤になり代り、左の席で深くその身を沈ませていたイェーガーが狼のように鋭い視線を上げて言った。


「これはもう、そんな他人事ひとごとのように言っていられるレベルの話ではありません」


「ひ、他人事とはなんだ?」


「そうですよ。だから、我々は開発に携わった当事者として…」


 声を荒げる魔術師二人だが、まるでなだめる素振りも見せることなく、イェーガーは続ける。


「ええ、お二人はまさに当事者なのですよ……この大不祥事のね」


「な、なんじゃと?」


「なにせ我が国・日本双方にとっての最重要軍事機密がテロリストの手に渡ったのですからな。しかもこの国では開発の禁止されている賢者の石を用いた兵器……その開発責任者だったあなた方お二人がこのまま無事にすむわけないでしょう? もしXLPG‐1を取り戻せないなどという最悪の事態に陥った場合、我々同様、お二人にもそれ相応の処分を受けていただくことになる。ま、運よくブタ箱行きにならなかったとしても、象牙の塔・・・・からの追放は免れん」


「そ、そんな……」


「わ、わしらは被害者なのだぞ?」


「そこも誤解なさっているようだが、あれはゴーレム本体からその中のウロボロス炉に到るまで、すべて我々米帝軍の所管するところの兵器であって、あなた方日本人魔術師の玩具ではない。莫大な製作費の大半はこちら持ちだし、お二人の使われている探求費に関しても、国から〝日米安保〟の名目で多額の補助を受けてまかなわれているはずでしたな? むしろ被害者というのであれば、盗まれたそれを日本へお預けしておいた我々米帝軍の方です」


「うぐ……」


 降って湧いた己の身の危機に、図らずも青ざめる賀茂と堺の二人であるが、そんな小心者の彼らにもイェーガーは容赦しない。無言を美徳とし、腹切りの精神を持つ日本軍人の近藤とは違い、米帝人のイェーガーはドライで厳しいのだ。


「つまり、日本側の開発責任者たるあなた方お二人も、我ら同様その責めを負うということですよ。意図的・非意図的であるかは別にして、事件の張本人であるPh.ドールトンに極秘情報を漏洩した疑いもありますからな」


「そ、そうだ! Ph.ドールトンは亡くなったと聞いたが、今の口振りだと彼もテロリストの仲間だったということか?」


 イェーガーの言葉に思い出したのか、賀茂が突然、話題を変えるように尋ねた。


「まあ、そんなところです。詳しい話はまた事情聴取の折りにでも聞いてください。あなた方もご自分の身がかわいければ、包み隠さず素直に知ってることを話すことです」


「じ、事情聴取って……私達は別に何も……」


 どんどんと深刻になっていく自分達の置かれた立場に、堺は血の気の失せた顔でガマのように脂汗を滲ませている。


「ええ、わかっています。捜査のためですよ。ああ、念のためもう一度言っておきますが、外部への他言は一切無用に願います。ある日突然、なぜか急な心臓発作で亡くなるなんていう人生の終わり方はお嫌でしょう?」


「……ゴクン」


 真顔のまま、そうオブラートに包んだ表現で脅しをかけてくるイェーガーに、賀茂も真っ青い顔をして鶏ガラのような喉を鳴らす。


「ま、いずれにしろ、XLPG‐1と犯人が早く見つかるよう、我々の捜査に全面協力していただくことをお勧めします」


 来た時の勢いも完全に失せ、すっかり黙り込んでしまった二人の哀れな魔術師に、近藤は多少同情の念を抱きながら、そう慰めの声をかけやった――。

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