Ⅳ 狙われた天才錬金術師

 それより数分の後、俺が連れて行かれた場所……それは、意外にもこの学校の保健室だった。


「――いい加減、これはなんの冗談なのか、ご説明願おうか」


 普段なら生徒が座る診察用の椅子に腰をかけ、目の前で悠然と脚を組んで座る人物に俺は引きつった顔で質問をぶつける。


「あ~ら、そんなに急かさなくたっていいじゃな~い。焦る男は嫌われるわよ?」


 だが、相手はタイトなスカートから伸びる黒タイツに包まれた長い脚を妖艶に組み換えながら、青く〝アスクレピオスの杖〟を染め抜いた白衣も目に眩しく、妙に癇に障る甘ったるい声で無駄なことばかりを口走る。


「あ、ハルミン、コーヒー飲む? それともお紅茶がいい? あ、でも、ハルミンはアメリカ帰りの帰国子女だから、やっぱりコーヒーよねえ」


「……そんなことより、なんであんたがここにいるのか? その理由をとっとと答えろ!」


 常に冷静でいることを標榜する俺ではあるが、いい加減、頭にきているのでついつい言葉尻が荒くなってしまう……ってか、あんたも〝ハルミン〟呼ばわりか! 俺はどこぞの手を触れないでも音の出る静雷気使った楽器(註1)ではない! (※註1 テルミン)


「んん? ……理由も何も、保険呪医が保健室にいるのは当たり前じゃな~い」


「いや、俺が訊いてるのはそういう意味じゃなくてだな…」


 連れて来られたのが保健室だったこと以外にもう一つ。予想外だったのは、そこに保険呪医の蘆屋満梨子あしやまりこがいたことだ。


 いや、確かに彼女のおっしゃる通り、保健室に保険呪医がいるのは至極当然なことなのであるが、無論、問題はそこではない。俺が言いたいのは「なぜ、この状況下において、この女がここにいるのか?」ということである。


 まあ、ここが保健室であるのは別にいい。拳銃持った危険極まりない少女……アテナと言ったか? とにかく、その少女にわけのわからぬままここへ連れて来られた俺は、最初、中には彼女の仲間達か待ち構えているものと予測していた。


 俺の勝手なイメージ的には屈強な傭兵崩れのマッチョな男達か、あるいはこの国には珍しい、米帝にいるような銃持った少年ギャング集団かだ。


 しかし、入れと小突かれて入った夕方の保健室にいたのは、この無駄にセクシャルなフェロモンを周囲に振り撒く、妙に妖艶な巨乳保険呪医だったのである。ちなみに見た目


 年齢は俺より少し上くらいだが、正確な歳はけして教えてくれない……。


 その他に衝立の向こう側のベットも含め、この夕日に染まる狭い空間には他に誰もいる気配はない。


 なので、やはりこれはこの目の前にいる女が仕組んだ悪戯か何かなのではないか? とも思い返してみたが、背後で俺にプレッシャーを与え続けている少女の態度は相変わらずだし、「やーい、だ~まさ~れた~!」とか、日頃から俺を玩具にして楽しんでいる保険呪医がムカつく笑顔ではしゃぐ素振りもなかなか見せようとしない。


 では、このシチュエーションはいったいなんなのだ? 純粋に固定観念などを排除して考えれば、彼女もこの危ない少女の仲間ということになるのだが……。


「つまり、銃で拉致されて来た先に、どうしてあんたがいるのかってことを訊いている!」


「んもう、ハルミンったら、せっかちなんだからあ……わかったわ。お姉さんが、あなたの求めるままに答えてあ・げ・る?」


「なっ……」


 もう一度、改めてよくわかるよう言い直して尋ねる俺に、芦屋は大人な違う意味に誤解されそうな台詞を吐きながらウィンクをしてみせる。


「土御門晴美……有名私立中学を主席で卒業後アメリカへ留学し、飛び級でマサチューセッツ工魔術大学に入ると弱冠20歳で錬金術の博士号を取得。その後、日本に帰ってからは一年間、この国の最高学府・東京皇国大学大学院の工魔術系研究科に探求師として勤める……」


 だが、その直後、不意に真面目な顔になると、それまでとは違うキビキビとした口調で、なんのつもりか、彼女は俺の略歴を述べ上げる。


「な、なぜ……」


 …それを知っている? と言おうとしたが、この学校の職員ならば、俺の経歴を調べることぐらい容易であろうと考え直したのでやめた。


 すると蘆屋は一呼吸置いてから、俺の目を真っ直ぐに見据えて告げる。


「そんなあなたの力をあたし達に貸してほしいの……あたし達、母なるガイア騎士団ガイア・マーテル・エクィテスにね」


「ガイア騎士団? フン。都市伝説のテロリストなんてこの期に及んでまだ冗談を…」


「これは冗談なんかじゃないわ。ぢつはぁ、あたし、ガイア騎士団の結社員なの。あなたの後にいるロリロリな女の子もね」


 だが、俺の口を塞いで、いつにない真面目な表情で蘆屋はそう突然すぎる告白をする。


「……?」


 呆気に取られて思わず後を振り向くと、アテネという少女も無愛想にコクリと頷いてみせた。


「それからテロリストじゃなくて環境保護結社と言ってほしいわね。ま、やり方は少々乱暴かもしれないけどね……実は昨日の深夜…正確な日付は今日になるけど、あたし達は豊洲にある篠浦工魔術大学の研究施設から日本と米帝が共同開発している最新鋭のゴーレムを一体盗み出したの。世界初の賢者の石機関で動くゴーレム、XLPG‐1をね」


 半信半疑で耳を傾ける俺に、蘆屋は話の先を続ける。


 それは今朝、司馬が言っていた噂話とほぼ同じ内容だ。まったく、どこからどこまでも非魔術的な話だが、とりあえず俺は相手に話を合わせながら、最後まで彼女の説明を聞いてみることにした。


 魔術師として、答えを出す時は色眼鏡をかけず、より多くの情報を集めた上で判断しなくてはならない。


「ほんとに賢石機関で動くゴーレムが開発されていたというのか?」


「ええ。そうよ。まあ、内容が内容だけに極秘にされてたわけだけどね。とはいえ、賢者の石を使うとなれば、放っといたって、あたし達みたいな環境結社の耳に入るわ。それに、その力は今度の活動で使う兵器としても魅力的だしね」


「今度?」


「ああ、今度、中革連で大規模な作戦を行わなきゃいけないんだけどね、ちょうどそんなのが欲しいとこだったのよ。で、首尾よく手に入れたは入れたんだけど、ところがよ。もらって来る時にちょっとしたトラブルがあって、困ったことにもその賢石機関が壊れちゃったのよね~これが。そこで! あなたに白羽の矢が立ったっていうわけ?」


 なるほど……普段の言葉使いに戻りながら語る蘆屋の話は一応、筋が通っている。


 今、高度経済成長真っ盛りな中革連――中華革命主義連邦では深刻な環境破壊が進んでおり、ガイア騎士団のような結社が目を付けるのもおかしくはない。それに本来、俺の専門はそっち・・・の方だし、俺に修理を依頼しようと考えた理由もそれならばわかる……しかしだ。


「噂によると、あんたらの組織は大きいと聞いている。部外者の俺なんか頼らなくたって、そんな人材、自前でなんとかできるだろう?」


 俺は、その話の論理を破綻させている根本的な矛盾を指摘してやった。


「大きいっていっても、この日本での結社員はまだまだ少ないわ。それに今回、ゴーレムと一緒に合流するはずだった専門家が残念ながら天に召されちゃったのよね。ま、国外ならそういう人材もいくらかはいるけど、きっと外国人の出入国は厳しく監視されてて呼び寄せることもできないし、たぶん領海境や海岸線も、在日米帝軍や衛兵団が見張ってるから密入国も無理ね」


 だが、蘆屋は俺の尋ねた質問に、考える間もなくさらりと答えてみせる。


「それなら無理に日本国内で直さなくとも、中革連に運んでから修理するという手もあるだろう? どうせ向こうで何かやらかすつもりなんだし」


「それも無理。いい? 今言ったように現在、すべての人間・物資の出入国は日本と米帝の両方から厳重に監視されてるのよ? 加えて今頃、ヤツら血眼になって国内の捜索も行っているはずよ。そんな状況下でゴーレムなんてバカデカい代物、運び出せるわけないじゃない。バラバラに小分けして運搬するのもおそらく気付かれるわね。よしんば、中革連に無事送り届けられたとしても、あっちの当局のやり方は、ぬるま湯みたいなこの国の比じゃないしね」


 続く質問にも言い淀むことなく蘆屋はすらすらと答え、逆に俺の方が浅はかであるかのように小バカにした言い方をする……だが、ちょっと待てよ。もしそうならば、より大きな矛盾が生じるのではないか?


「フン…言ってることが本末転倒だな。だったら、そもそもゴーレムを直したって意味ないんじゃないか? 直したところで、どうせ日本国外へは持ち出せないんだからな」


 これではっきりした……やはり、これは俺をからかって遊ぶためのドッキリか、さもなくば、こいつらがデンパな妄想に取りつかれた中二病かである。


 ああ! もしかしたら朝の司馬の話も、このドッキリのための壮大な前振りだったのかもしれない。そうか、あいつもグルなのか。司馬のヤツ、今もどこかでこっそり様子を覗っているに違いない。


「それが、大ありなのよ!」


 ところが、司馬の姿を探して辺りをキョロキョロと見回す俺に、蘆屋は我が意を得たりとばかりにポンと手を叩いて声を上げる。


「……お、オオアリ(大蟻)?」


「そう! あなたが動くようにしてさえくれれば、国外に運び出す方法が一つだけあるの!」


 突然の大声に思わずオヤジギャグ的に違うものを連想してしまった俺の勘違い(※あくまでも故意ではない)も軽くスルーして、蘆屋は弾んだ調子で続ける。


「豊洲の研究施設にはそのゴーレムの他にもうひとつ、それを運用するために開発された専用の小型賢石力潜水艦も運び込まれているんだけどね。あなたが直したゴーレム使って、そいつもいただいちゃおー! っていう寸法なの。それには高性能の穏形マリーチ機能が付いてるから、深い深い海の底を米帝海軍にも気付かれることなく脱出できるわ」


「おい、ちょっと待て。小型賢潜まであるってのか?」


 その興味をそそられる夢の乗り物の名に、俺は思わず興奮した声を上げる。


 先程の確信は早くも揺らぎ始めていた……蘆屋の語る内容は作り話にしては細部ディティールがよくでき過ぎている。


 それに俺を騙すんだったら、こんな複雑じゃない、もっと簡単明瞭な筋の嘘を吐くはずだろう……いや、そんなことよりも何よりも、先程から次々と出てくる〝賢者の石〟魔術にまつわる魅惑的な言葉に、図らずも俺は抗いがたい好奇心を抱き始めてしまっている。


「ええ。あるわよ。ゴーレムが一体だけ入る、強襲揚陸用超小型賢潜がね。少しは興味持ってくれた? そもそもの計画でもそれ使って逃げるはずだったんだけど、事前に気付いたヤツらに押さえられちゃったのよねえ……でも、まだ豊洲にはあるはずだから、今度こそ手に入れるためにもゴーレム直すの手伝ってほしいの。それがあ、お姉さんからの、お・ね・が・い?」


 そう説明をし終え、芦屋はいい歳してかわいらしく手を合わせると、パチンと長いまつ毛で艶かしいウインクをして寄こす。


「わたしからも頼む」


 すると、黙って俺を見張っていた背後に立つアテナという少女も、ガチャリと拳銃の銃口を俺の後頭部に突きつけて助力を求める。相変わらずのストレートすぎるものの頼み方だ。


「ああ、この子はアテナちゃんっていってGMEジームきってのエスピオンなの。あ、GMEってのは母なるガイア騎士団ガイア・マーテル・エクィテスの略ね。あなたが騒ぐと困っちゃうからこうして来てもらったの。でも、どう? うちの制服けっこう似合うでしょ? きっとロリ属性の男性諸氏はもうハァハァ欲情全開だわ?」


 嫌な感触のする後頭部を気にする俺に、訊いてもいないのに芦屋が要らぬ解説をしてくれる。


「フン。そんな脅しに俺が屈するとでも思ってるのか? 俺を殺せば、おまえらの計画もおじゃんだ。よって、おまえらに俺を殺すことはできん」


 ちょっと癪だったので、俺は心にもない強がりを言ってみたりする。


「ああん、それなら大丈夫よん? アテナちゃんはあくまでハルミンが暴れた時の用心だから。ハルミンが素直ないい子になるための方法は別に用意してあるわ……あなたがどんなに拒んでいても、自ら進んでそうしたくなっちゃうような方法をね」


 しかし、芦屋はまるで応えているという風でもなく、よりいっそうふざけた口調になって不気味な笑みを浮かべる。


「あたし、こう見えても専門は精神魔術で博士号持ってるの。催眠魔術もお手のものよ。安心して。あなたがちょっと目を閉じている内に、なんだかあたし達に協力したくてたまらない心持ちにしてあげるから。ま、今回は念のため、ちょこっとお薬も使わせてもらっちゃうけどね」


 そして、事務机の引き出しを開けて一本の注射器を取り出すと、そのキャップを取り去り、細くて鋭利な針の先端からピュピュっと怪しげな液体を宙に飛ばす。その言動とは裏腹に、大変ニコやかな蘆屋の微笑みがホラー映画も真っ青だ。


「は~い、ちょっとチクっとちまちゅよ~」


「動くなよ? 動いたら頭が吹っ飛ぶぞ?」


「ぐっ…」


 さらにおちょくってるのか、赤ちゃん言葉で迫る蘆屋に俺が仰け反ると、今度は背後の少女が銃を突きつけ、その小柄な体型からは想像できないような力で俺の肩を押さえつける。


 今度こそ俺は確信した……これは嘘でも冗談でもなく彼女達は本気マジだ。これまでのあまりにも信じがたくデンパ極まりない話もすべて真実なのだ。


 この同僚の保険呪医は本気で何らかの精神に作用する薬剤を俺に投与し、催眠状態下で暗示をかけようとしているのである。


 薬物を用いずとも催眠魔術による暗示は強力だ。俺は無意識の内によろこんで彼女らのテロ行為に手を貸すようコントロールされてしまうのだろう。


 よしんば運よくその催眠魔術を強固な意志で退けたとしても、そのあとには銃を持ったロリータ少女に口を封じられるという、もっと悲惨な運命が待っている……どちらに転んでも、なんとも救いようのない状況である。


 なんの因果か天の悪戯か、まったく持ってふざけたことに、先程まで何事もなく営まれていた俺の日常は、突如、なんの前触れもなく不合理な非日常へと変わってしまったのである。


「フッ……」


 だが、次の瞬間、普通なら絶望に泣き叫びたくなるようなその境遇にあって、俺の顔にはなぜだか愉しげな笑みが浮かんでいた。


「フフ……フハハ……フハッハッハッハッハッハッ!」


 さらに俺は堪え切れず、狂ったように高笑いを上げる。


「ハハハハッ! …フフ…そんな小細工は不要だ。いいじゃないか、賢者の石機関を用いた世界初のゴーレム……俺は、この時をずっと待っていたんだ!」


 その予想外な反応を見て、唖然と目を丸くしている彼女ら二人に俺ははっきりと宣言する。


 ……そう。俺はずっと待っていたのだ。


 あの、理不尽に探求室を追いやられた日以来、ただ無駄に時が流れていく平凡な日常から俺を救い出してくれる何かを……。


「テロでも秘密結社でもなんでもかまわん。俺は賢者の石の探求ができればそれでいい……いいだろう。おまえ達のゴーレム、この俺が直してやる。ただし、俺の好きなようにやらせてもらうがな」


「……クス…さすがハルミン。やっぱり、あなたを選んで正解だったわね」


 精神魔術博士として何か察するところがあったのか、気を取り直した蘆屋がニタリと悪どい笑みを浮かべて頷く。


「なんだ、恐怖で気が狂ったんじゃないのか。もう使いものにならんと思って、危うく引き金を引くところだったぞ?」


「うっ……」


 そして、俺の背後に立つデンジャラス・ロリータガールは、またもやさらっと怖いことを、とても冗談には聞こえない調子で口にしてくれた……。

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