Ⅰ 都市伝説の秘密結社

「――フン。あまりにも非魔術的な話だな」


 東京・JKR御茶ノ水駅の聖橋口を出て、ニコライ聖堂の緑青色をしたドームを背に橋を北へと向かいながら、となりを歩く同僚の司馬仙次しばせんじに俺は鼻で笑うようにして言った。


 神田川の濃い緑の流れにかかるモダンなコンクリのアーチの上では、俺達のように改札から溢れ出る、または逆に改札へと吸い込まれて行く無数の人間達がひっきりなしに行き交っている……橋の欄干から左手を望めば、ホームの向こう側に見える鋼鉄製の御茶ノ水橋の上でも、やはり通勤・通学の者達の列がうねるように流れている……いつもと変わらぬ、見慣れた朝の風景である。


「仮にそうした事件があったとしたら、今頃もっと大騒ぎになってるだろうし、第一、マスコミが黙ってないだろう? そんなものただの都市伝説に決まっている」


 人々の波に身をゆだねながら、さらに俺は司馬の愚かな話の矛盾点を親切にも指摘してやる。


 それはつい先ほど、駅のホームでいつものように司馬と顔を合わせた時のこと。


「――おい、土御門! おまえ知ってるか? 昨日の夜、豊洲の研究施設から日本と米帝が共同開発してる最新鋭のゴーレムが盗まれたらしいぜ?」


 と、俺の顔を見るなり、どこで仕入れてきたのか、まるで信憑性のない噂話を開口一番してきたのである。


 まあ、朝刊に載せるには時間的に間に合わないとしても、今朝見たテレビのニュースでもそんなこと一言も言っていなかった。日本国内で米帝のゴーレムが強奪されたなどというふざけた事件、もうそれだけで非現実的なあり得ない話なのだが、さらに司馬が言うには……。


「しかも賢者の石機関を動力とする世界初のゴーレムだって話だ。犯人はあの〝母なるガイア騎士団〟の線が有力みたいだな」


 なんて、いくらゴシップにしても、あまりに非魔術的な話である。言うにことかいて、まだ研究途上の魔法技術で動くゴーレムに、実在するかもわからない都市伝説の秘密結社とは……。


 だから俺は……


「そもそも実用に耐えうるそんなゴーレムはまだ存在しないし、その開発がこの国でなされてるなんて話も聞いたことがない。それにガイア騎士団なんて都市伝説で語られてるだけの幻の環境秘密結社だろ? まだグリーンビーンズやシーハスキーの方が現実味がある」


 と、彼の矛盾に満ちた話を論理的に批判してやったのである。しかし司馬は……


「あのね、土御門晴美つちみかどはるみ大先生。ご高説もっともだけど、だからこそ米帝軍もこの国の政府も極秘にしてて、マスコミにも情報が流れてこないのだよ」


 と、そんな俺の極めて魔術的な論説に鼻メガネを指先で直しながら、どこぞの批評家のような口調で異を唱える。


「この国には〝非賢三原則〟ってのがあって、賢者の石使った兵器にはとかくうるさいからな。その開発に手を貸していた上に、間抜けにもエコテロリストに盗まれたなんて話、表に出せるわけないだろ?」


「確かに本当なら大間抜けだな……」


「それにガイア騎士団は実在するよ。世界中で彼らの仕業としか思えない環境保護のための大規模テロ事件が起きているからな。今回のもその一つだ。こんな大それたこと弱い者にしか反対しない腰抜けの緑豆やシーチワワの仕業とする方がむしろ非現実的さ」


「まあ、おまえの説にも一理あるとしよう……だが、いくら隠したところで巨大兵器が一体盗まれたんだぞ? 少しも騒ぎになってないというのはやはりおかしいだろ? 知っての通り、俺は賢石研究についてそれなりにアンテナを張っているが、そんなゴーレム開発については聞いたこともない」


 俺はあくまで魔術的観点に立って、司馬のいう可能性もとりあえずは認めた上で、それでもその論拠に乏しい説にきっぱりと反論する。ところが…… 。


「いや、それがネットで調べてみたら、賢者の石にはまったく触れていないものの、確かに豊洲の篠浦工魔術大学では米帝軍と共同で新型ゴーレムの研究開発を今やってるんだよ。それだけじゃない。ウィスパー・・・・・には今日の午前0時頃、豊洲で大きな爆発音のようなものを聞いたって囁いてる・・・・やつがいっぱいいるし、ツヴァイちゃんねる・・・・・・・・・にはもう石板・・が立ってて、そのちょっと後ぐらいに自衛軍の特殊車両が豊洲に向かったなんていう書き込みもあるんだ」


 司馬はいつそんなことする時間があったんだ? とツッコミを入れたくなるようなネットで集めた傍証をこれ見よがしに出してくる。この男、噂話が大好きな上にヘブンズ・ネット・・・・・・・・を駆使して情報を集めることにも無駄に長けている。


 そうか……まあ、ネットに氾濫している情報など当てにならないが、篠浦工魔大でそんな研究をほんとにしてるんだとしたら、あながち根拠のない話でもないのか……。


「賢者の石機関で動く、世界初のゴーレム……か」


 魔術師として、少々癪ではあるがつまらないプライドに目を曇らせることなく、新たな司馬情報に自分の考えを微調整しながら、誰に言うとでもなくそうぽつりと呟いたその時。


「土御門せんせーい! おはよーございま~す!」


 突然、俺の名を呼ぶ黄色い声が前方より聞こえてきた。


 見ると、道を挟んだ向こう側で、寺の山門のような造りの校門おまえに三人の少女がこちらに向けて手を振っている。


 チャイナ服の要素を取り入れた紺のブレザーにミニスカートというその制服は、明らかに我が校の女生徒だ。俺の授業をとっている生徒で、確か、ポニーテールのが式部しきぶ、ロングの髪を下ろしてるのが納言なごん、オカッパが孝標たかすえという名だったと思う。


 どうやらとるに足りない話をしている内に、俺達は目的地へと到着していたらしい。


「ヒューヒュー、さすが土御門先生。女生徒にモテモテですなあ~」


 社会人が守るべき礼として、とりあえず俺が手を上げて彼女らに挨拶を返すと、それを見て司馬が茶化すように言った。


 自身では客観的判断の難しいところなのだが、司馬の見立てによると、どうやら俺はけっこう女性ウケする顔立ちをしているらしい……。


 それでその伸びるがままにしてある前髪をバッサリ切って、もっと愛想よくすればイケてるのに…とは同じく司馬の言であるが、俺としてはそんなことに気を回している暇があったら、もっと錬金術の研究に専念したいところである。


 ちなみにそう言う司馬の方は細マッチョな体型に短髪をスポーティに跳ね上げ、健康的に日焼けした顔に細いフレームのメガネをかけている。


 見た目からしても彼の方が爽やかで弁舌も立ち、不健康そのものな俺なんかよりもよっぽどモテそうに思うのだが、やつ曰く、自分はガールズトークには難なく加われても、異性としては見られない悲しいタイプの男なのだそうだ。


「フン。女生徒の人気などに興味はない」


 そんな悲しき男・司馬に俺は素っ気なく答えて横断歩道を渡ると、いまだその前で女生徒らが手を振り、同様のシノワズリー制服を着た学生達が入って行く重厚な校門の方へと足を向けた。


 碧い瓦屋根の載った校門の向こう側に見える、やはり伝統的中国建築を模した鉄筋コンクリートの校舎……俺や司馬が務める職場・私立昌平坂しょうへいざか高校である――。

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