Ⅱ 狩人たち

 土御門達の通勤時刻より少し遡って、ようやく視界も開けてきた明け方のこと……。


 東京湾の豊洲埠頭と晴海埠頭に挟まれたその海域では、キラキラと金色の朝日に輝く波間に散り落ちた一枚の木の葉の如くゆらゆらと揺蕩たゆたい、海上衛兵団所属の小型艇が一艘、その船体を綺麗なオレンジ色に染めながら浮かんでいた。


「どうだ、何か見付かったか?」


 その舳先に立つモスグリーンの軍服姿の男――近藤勇次郎こんどうゆうじろう一等陸尉が、精悍な浅黒い顔に厳しい表情を浮かべ、やはり厳しい口調でインカムのマイクに尋ねた。


「……ガー…いえ、相変わらずっすよ。見えるのはゴミの山と江戸前の魚くらいなもんです」


 耳に着けたイヤホンからは、不快なノイズ音混じりにやはり耳触りな返事が返って来る。


 その声の主は現在、近藤の足下、彼の乗る船の底よりもさらにその下の、暗く冷たい東京湾の海中深くをぐるぐると宛てどなく彷徨っている……米帝から日本皇国衛兵団が購入した海戦用ゴーレムGS‐4Jに乗って、昨夜、奪取されたXLPG‐1を必死に捜索中なのだ。


「赤外光探知にも引っ掛からないし、盗んだやつは一体どこ行ったんです? ほんとに海ん中飛び込んだんすかねえ?」


 ライトブルーの機体を水中で旋回させ、頭部と胸部に付いたサーチライトで暗い海底を照らし出しながら、まだ若き美青年将校・沖田司おきたつかさ三等陸尉はその使役者の玉座コクピットで文句を垂れる。


「おい、文句言う暇があったら任務に集中しろ! 犯人は確かに海に飛び込んだ。いくら最新鋭機といえども水中戦用には作られていない。それほど遠くへは行けないはずだ」


 すると、外界を映す玉座の壁面に小さなウィンドウが現れ、その四角い枠の中、同じく海中で捜査を行っている土方歳哉ひじかたとしや二等陸尉が甘いマスクを険しくして沖田を嗜める。


「へいへい、わかってますよ。でも、さすがにこう何時間も冷たい海の底にいるとねえ」


「……ガー…昨夜から休まずの慣れない水中捜索、二人ともご苦労なこととは思う……だが、警備する我々の眼の前でテロリストに最新鋭・最重要機密の兵器を盗まれるなど、皇国軍人としてあるまじき失態! なんたる耐え難い恥辱! なんとしてでもXLPG‐1を取り戻し、こんな舐め腐った真似したヤツらをひっ捕らえるのだ!」


「了解!」


「了解っす!」


 はるか頭上の波の上で、眉間に深く苛立たしげな皺を刻む近藤のその言葉に、土方と沖田はそれぞれに玉座コクピットの中で敬礼を返すと、気を引き締めて再び任務に戻って行った。


「まったく、あんな小娘一人になんとも無様なことだな……」


 小型艇の突端で冷たい海風に吹かれながら、近藤はテロリストの少女の姿を思い浮かべる。


 彼も、そして海中で捜索中の土方と沖田も、XLPG‐1の警備を任されていた皇国衛兵団側の担当官であり、昨夜、あの場に居合わせた事件の当事者達でもある。


 しかも、エリート・ゴーレム部隊の使役者パイロットである彼らにとって今回の一件は初めての大失態であり、テロリストとは言え、まんまと年端もいかぬ少女に出し抜かれた屈辱感と自責の念はそれ故にひとしおだ。


「チッ…ガイア騎士団め……あんな子どもにコソ泥させて、なにが〝大地母神の騎士〟だ。その大それた名が聞いて呆れる……」


 そうして近藤が吐き捨てるように呟いたその時、ラルクアンシェル・ブリッジのある方角から、こちらに近付いて来る一艘の小船が彼の視界の隅に映った。こちらと同じような大きさ・形状をしているが、あちらは米帝海軍の小型艇である。


 浪を切るその船の突端では、米帝軍のエドワード・イェーガー少佐が、背に〝猟犬〟の紋章を白く染め抜いた黒い将校用外套オフィサー・コートの裾を潮風に翻している。


 彼を乗せ、小型艇は波飛沫を上げながら近付いて来ると、近藤達のすぐとなりに横付けして止まった。


 そして、側舷からアルミ板の橋が伸ばされ、それを渡ってイェーガー少佐はこちらの船に乗り込んで来る。


「どうかね? 様子は?」


 歩み寄ったイェーガーと近藤は互いに敬礼を交わし、初めにイェーガーの方が口を開いた。


「いまだに見付かりません。目下、部下達が海中を捜索中です」


 国が違うとはいえ、階級が上のイェーガーに敬意を表しながら近藤は答える。


「我々も兵を出したいところだが、さすがに他国の領内でしゃしゃり出るわけにはいかんからな。沖合を封鎖して海外逃亡を防ぐのが精々だ」


 イェーガーはそう不平を口にしながら、周囲を取り巻く日本皇国の領海と、その向こうにぼんやりと浮かぶ豊洲や晴海の建造物群を鋭い眼で見渡す。


「こちらも、もっと大々的に全軍上げて捜索したいところではあるのですが、いかんせん事が事だけに秘密裏にしか行動がとれません。この件を知る者自体、我々と上層部のごく限られた人間だけですし、海上衛兵団や海上衛門府の協力も得られない始末です。〝特別軍事演習〟などと胡散臭い言い訳をして、ようやく海戦用ゴーレムを二体借りられたような状態でして……」


 近藤も同じく海原の方を見やり、普段は口にすることのない愚痴を思わず零してしまう。


「確かに……目立たぬよう、わざわざ民間の大学まで使って極秘に開発していた賢石機関搭載ゴーレムを、環境保護結社風情に盗まれたなどと大っぴらに口にはできんな」


 鷹のような目だけを近藤の方へ移し、イェーガーも冗談交じりに自嘲の苦笑いを浮かべた。


「しかし〝ハーデス・ヘルム〟装甲材の隠形マリーチ機能がこれほど厄介とは……ソナーも効かず、赤外光探査にも引っ掛からず、ゴーレム二体だけではさすがに限度があります」

アレ・・はそうした戦術をコンセプトに作られた兵器だからな。もっとも、海に飛び込まれたのはさすがに想定外だったが……とはいえ、壊れて沈んでもいない限り、あれだけの熱源が赤外光探査に引っ掛からないというのも妙な話だ。そういえば陸路の方は?」


「はい。そちらも警察に偽情報をリークし、軍事転用可能機器の密輸犯という名目で首都圏一円に検問を布いて網を張っていますが、いまだ該当するような品を積んだ車両は発見されていないとの報告を受けています」


「ふーむ……バラして運んでいる可能性が最有力と考えたが、それも外れか……とはいえ、海戦用でもないXLPG‐1で長時間海中にはいられないだろうし、第一、せっかく盗み出した最新鋭機をそんな乱暴に扱うバカはいるまい?」


 近藤の言葉に、イェーガーは顎に手をやって考え込む。


「となると、いったいどこへ消えた? ……まだ、ここら辺の沿岸にでも潜んでいるのか?」


 イェーガーはそう呟き、豊洲や晴海埠頭の上に霞む建造物群を再び見やる。


「海中の捜索はこのまま続けてもらうとして、沿岸の使われていない倉庫やビルなどにも捜索の手を伸ばしてもらおう。キャプテン・コンドウ、国籍と所属は違えど、他の協力が得られぬ以上、ここは我々が力を合わせてなんとかするしかない。よろしく頼む」


「ハッ!」


 手を差し出すイェーガーに近藤ももう一度敬礼を返すと、その手を強く握った――。

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