0 ゴー奪(ゴーレム略奪)

 聖暦20××年5月中旬。日本皇国首都 東京・江東区豊洲……。


「……こいつが、例のゴーレムか?」


 深夜の静寂に満たされた暗闇の中、少女は黒い巨影を碧い瞳で見上げながらそう尋ねた。


 銀に近いアッシュのショートヘアをした、中学生くらいに見える小柄な碧眼の少女である。なんの衣装だろう? その発展途上な身体のラインをよく浮き立たせる、ウェットスーツのようにタイトな灰色のツナギを身に着けている。


 ここは、豊洲運河に面する篠浦しのうら工魔術大学の敷地内に建てられた研究用の巨大プレハブ施設……高い天井を持つ簡素で広大な空間には、奇怪な影を映す大小様々な雷子機器やエーテル・ボンベなどがひしめき合い、コンクリート打ちっ放しの冷たい床には何か得体の知れない生物の如くコードの束がうねっている。


 だが、時刻は先程午前0時を回ったところであり、非常灯だけが灯る薄暗いプレハブ内には、大量の無機質な機械類とは対照的に彼女達二人以外に人の姿は見られない……否、正確にはもう一つ、生身の人間ではないが、人の姿・・・をしたものが置いてある。


「ああそうだ。これが我が国と日本が共同開発している新型ゴーレム試作機、XLPG‐1だ」


 となりに立つ彼女以外のもう一人の人物――両サイドの白髪だけを残して頭部が見事に禿げ上がったメガネの老人が、同じように巨大な人影をその足下から見上げて答える。


 少女同様その顔立ちは明らかに欧米人であるが、メタボなその身に白衣を纏うアカデミックな姿は大学の教授か何かのようである。闇によく映えるその白衣の背中と襟元には赤い〝ヘルメス神の杖――ケリュケイオン〟があしらわれているので、錬金術がその専門なのだろう。


「実験機ではあるが、世界初の〝賢者の石ラピス・フィロソフォルム機関〟を動力源とするゴーレムだ。つまりはまさに最先端魔術の結晶……この機体が我々のものとなれば、今回の中革連での作戦はもちろんのこと、今後の活動においても計り知れない恩恵を与えてくれることになるだろう」


 白衣の老人は、少女の方へ顔を向けることもなくそう続ける。


 淡い照明に照らされ、鉄骨で組まれた整備用のラックに彼らが見上げるもの……それは高い天井に頭が届くほどの巨大な人の形をしており、周りの闇に溶け込むかのような暗灰色ダークグレイの鎧に全身を覆われ、顔にあたる部分には未完成のピラミッドの上に


 大きな一つ目が輝く意匠――〝プロヴィデンスの目〟が描かれている。


 また、伝統に則って胸の装甲板の上にはヘブライ文字で「emeth〈エメト〉」の文字が刻まれているが、そのヘブライ文字がすべてを象徴する、金属の肉体とそれに見合う強大な力を持った巨人の兵士――この世界で〝ゴーレム〟と呼び称される巨大人型兵器である。


 ただし、それは中世の伝説に語られているような、ユダヤ教のラビが作ったカバラの秘術で動く土くれの人形などではなく、雷神の気――雷気を動力としたオートマタではあるが……。


「さすが軍事大国米帝と魔術立国日本の合作というところか……ではいただくとしよう」


 少女は歳不相応な口調でそう呟くと、白衣の老人とともに鉄骨むき出しの作業用リフトの上に乗る。そして、男がリフトの昇降ボタンを押し、二人はゴーレムの胸の位置にまで上がった。


「これ、一人乗りだろ? 二人も入るのか?」


 冷たく重い質感を持った暗灰色の装甲を見つめながら、少女は老人に尋ねる。


「なんとかな。まあ、グラマラスでボン! キュッ! バーン! なアメリカ女ならいざ知らず、おまえさんのつるぺたな胸とちっこい尻ならぜんぜん余裕じゃわい。それに、身体を密着させて仲よく二人乗りするのは運用艦のとこまでの僅かな間だしの」


 老人は胸の装甲板にあるスイッツを押しながら、そんなセクハラ発言で彼女の質問に答える。すると、そのエロジジイな発言に少女が反応する間もなく、プシュウ…という油圧制御の空気音とともにゴーレムの胸部ハッチがゆっくりと開いた。


「動かし方はわかるな?」


 開いたハッチから使役者の玉座コクピットを覗き込む少女に、今度はエロジジイの方が尋ねる。


「ああ。既存の米帝製ゴーレムとほとんど一緒だろ? なら問題ない」


 その問いに、少女は使役桿や各種計器の位置などを素早く確認すると、やはり歳不相応な淡々とした口調でさらっとそう言ってのける。なんだか妙に大人びた雰囲気を持つ少女だが、そういえば先程来、自分より5倍くらいは年長者の老人に対しても彼女は終始タメ口である。


「ハァ……まったく。おまえさんはほんと、見た目と中身とのギャップが大きいのう。まさか、こんな子どもがガイア騎士団きってのエスピオン(※スパイ)とは誰も思わんじゃろうよ。よくそれで学生の振りして紛れ込めたのう」 


「仕方ないだろう? わたしは誕生してからまだ13年目だ。女性の平均的な成長速度からいえば身長も胸の大きさもこんなもんだと思うぞ? それに日本人には童顔・貧乳の女子が多いからな。大学生でもとりあえずは通用する」


 溜息混じりに呆れる老人に、少女はやはり無愛想な調子でそう言葉を返す。とはいえ、その無愛想さはデフォルトであって、別に老人のセクハラに対して怒っているとうわけでもない。


「まあ、それはそうとこいつの使役系じゃが、基本は旧来機と大差ないものの、一つだけ大きく異なるのは〝EPシステム〟を搭載してることだ。こいつは少々扱いが厄介じゃから無暗に作動させるなよ? ほれ、一応、魔導書・・・も渡しとく。それから賢石機関に使う原質じゃが…」


 相変わらずその年代らしからぬ、かわいげない反応を示すその自称十三歳の少女に、いい加減からかうのをやめてさっさと話題を変えようとする老人だったが、そう嘯いて小脇に抱えた魔導書を手渡そうとしたその時。


 カッ…!


 突然、プレハブ内は強烈な照明によって照らし出されたのだった。


「……?」


 その昼よりもなお明るい光に目を覆い、突然の出来事に驚く二人……だが、すぐさま何が起きたのかを理解し、後を振り返る。


 眩んだ目を徐々に馴らし、リフトから見下ろした足下に彼女達が見たものは……。


「動くなっ! 手を見える位置に挙げて膝を突け!」


 案の定、そこにあったのは小銃を構えた兵士十数名の姿だった。米帝兵と日本皇国衛兵団の兵が混ざっている。


「私は合衆帝国軍情報部のイェーガー少佐だ! 無駄な抵抗はやめて、おとなしく投降しろ!」


 その中で、独りだけ黒い制服に身を包み、同じく黒のベレー帽を被った金髪・碧眼の屈強なアングロサクソン系白人男性が、銃の照準を二人に合わせたまま威圧的に叫ぶ。


「なぜ、バレた?」


「わたしはミスってないぞ?」


 老人と少女は両手を頭の上に掲げつつ、小声でそう囁き合う。


「残念だったなPh.プロフェッサードールトン! 貴様がガイア騎士団の支持者であるとの情報を掴み、我々は密かに内偵を進めていたのだ! しかし、まさかここまで大胆な行動に出ようとは……明らかに祖国への反逆行為! スパイ及びテロリスト幇助の容疑で貴様の身柄を拘束する! そっちの子ど…子ども? ……まあいい! おまえもだ!」


 そこに場違いな少女の姿を認めて少々困惑しながらも、イェーガーと名乗る米帝軍の少佐は白衣の老人の罪状を声も高らかに勧告する。


「ああ、そういうこと……わし、ぢつは見張られてたのね……」


「ほら、やっぱりわたしのミスじゃなかった」


 彼の言葉に図らずも謎が解け、Ph.ドールトンと呼ばれた老人と大人びたロリータ少女は、こうした危機的状況にも関わらず、ひどく落ち着き払った様子でそんな会話を密かに交わす。


「…ガガ…ピー…緊急連絡! グラウクスからアテナへ! 駄目だ。運用艦の確保に失敗した…ピー…ヤツらこっちの動きに気付いたのか警備を強化してやがる。あれじゃどうにもならん……」


 すると、さらにツイてないことにも、今度は耳にかけたインカムを通して、またしても悪いお知らせが少女にもたらされた。


「だろうな……こっちもバレて、今、困ってたとこだ」


 しかし、その重大な報告にも相変わらず淡白な反応で、少女はそうマイクに返す。


「……ガガ……やっぱり気付かれてたか……この状況じゃ逃走ルートを確保できない。どうする? 今夜は諦めて出直すか? …ガー…」


「いや、もう出直すには遅い状況になってるんだがな……」


 少女は小銃を構えた眼下の兵達を見下ろし、まだ幼さの残る眉間に皺を寄せる。


「……ピー……そうか。では、Ph.ドールトンと協力して、なんとかしてもらうしかないな。もうじきここら一帯のエリアは封鎖されるだろうから、こちらはその前に撤収する。とにかく健闘を祈る。グッド・ラック! ……ガガー…ピー…」


「グッド・ラック……と言われても、なんとかなるような状況ではないんだがな」


 こっちの事情などお構いなく、勝手なことだけ言ってまた勝手に通信を切る同朋に、相変わらず表情乏しくも少女は不満げに呟いた。


「んん? ……なんじゃって?」


 そんな少女の独白を聞いて、インカムを付けていないPh.ドールトンが訝しげに尋ねる。


「埠頭の試験場に行ったやつらからだが、逃げるのに使う船を確保できなかったらしい。あとは自力でなんとかしろとのことだ」


「ハァ……弱り目に祟り目じゃの。首尾よくこいつを奪えたとしても、周りを海に囲まれたこの埋め立て地に置き去りというわけじゃ……」


 少女のよくないお知らせに、Ph.ドールトンも大きく溜息を吐くと、最早、夢も希望もないと人生を悲観する若者のようにガックリと肩を落とす。


「……で、この絶体絶命な危機的状況をどう切り抜ける? わしは武器持っとらんぞ? こうなれば致し方なし。おとなしく捕まるか?」


「わたしは拳銃一丁持ってる。が、仮に小銃があったとしてもこの敵の数では無理だ。勝ち目はない。逃げ道以前にここで終わりだな。残る選択肢は捕まって情報を吐かされないよう自害するか、それとも無謀に戦いを挑んでヤツらの手で殺させるかだが……」


「勝ち目はない……か。じゃが、どちらか一人が犠牲になるとしたら、どうじゃろうな?」


 淡々と悲観的なことを述べる少女の口を塞ぎ、Ph.ドールトンはニヤリと不敵な笑みをその顔に浮かべて言う。


「わしが合図したら、機体に飛び込んでハッチを閉めるんじゃ。なに、賢石機関の覚醒実験はすでに成功しとる。わしがいなくとも運用に支障はなかろうて」


 そして、不意に真面目な顔つきになると、眼下の兵達には聞こえぬよう、こっそりと少女に耳打ちした。


「……わかった。どの道死ぬのなら、その可能性にかけてみる価値はある」


 ほんの僅かな考える間をおいて、少女は無表情に頷く。


「おい! そこで何をこそこそ話している? 早く膝を突け! それからボタンを押して、リフトを下に降ろすんだ!」


 足下では十数丁の小銃をこちらに向けて、先程の少佐殿が苛立たしげに怒号を上げている。


「では、いくぞ……スリー、トゥー、ワン…今だ! いけっ!」


 そんな気の短そうな少佐をPh.ドールトンは一瞥すると、短いカウントの後に少女へ合図を送る。と、瞬間、少女は鉄板でできたリフトの床を思いっ切り蹴って、後ろ向きにハッチの中へと飛び込む。


「なっ…撃てっ!」


 ダラララララッ…!


 同時にイェーガー少佐の号令で、すべての小銃が彼女目がけて火を吹く。


「ぐふっ!…」


 だが、放たれた小銃弾は彼女に当たることなく、その代わりハッチの前で手を大の字に開いて仁王立ちする、Ph.ドールトンの老体を無惨にも貫いていた。


 羽織った白衣を深紅に染めて、着弾の衝撃に身を躍らせるPh.ドールトン……その死のダンスが披露されている短い公演の合間に、少女は急いでハッチの分厚い扉を閉める。


 ……ギン! ギン! ギン! ギン…!


「Ph.ドールトン……あなたの尊い犠牲を無駄にはしない」


 なおも浴びせられる銃弾が閉じたハッチや周囲の装甲板に眩い火花を散らす中、玉座シートへ座ると同時にゴーレムの覚醒操作に入った少女は、慣れた手つきで次々とスイッツをONにしながら、その台詞には似つかわしくない薄情な口調で淡々と独り呟く。


「…ゴホっ…コードネーム・アテナ……か…ゴホ、ゴホ……そのゴーレムは…ゴホっ…我らの…この地球ガイアの希望だ……後は任せたぞ…グフっ…うら若き知恵と戦の女神よ……ゴハっ…!」


 無論、その心が籠っているようにも聞えぬ少女の独白が彼の耳に届くことはなかったが、そんな遺言代わりの言葉とともに赤黒い血を口から吐き出すと、それを最後にPh.ドールトンはその場で息絶えた。


「チッ…至急応援を呼べ! 対ゴーレム用の兵器の準備だ! 装甲をぶち破るぞ!」


 一方、頑強なハッチが閉まるのを見たイェーガー少佐は、すぐさま次なる指示を飛ばす。


「し、しかし、あれは統合戦力軍所管の新型兵器でして、我々が勝手に破壊することは……」


「うるさい! ではこのまま黙って最重要機密をテロリスト風情に渡せとでもいうのか! そうなるくらいなら、いっそぶっ壊してしまった方がまだマシだ!」


 だが、そうして所属問題におよび腰な米帝兵と言い争っている間にも、少女はゴーレムの覚醒に成功する。


 ブウゥゥゥゥゥン…。


 賢者の石機関が低く不気味な覚醒音を立て、プレハブ内の冷たい空気を微かに震わす。


「賢石機関で作戦遂行可能時間はほぼ無制限……おまけに賢者の石力風熱機関エリクサー・エア・インゲニウムと足にヘルメスの羽根靴ヘルメス・タラリアも内蔵か……こいつは楽しい玩具だな」


…グガガガ……ガシャン! …ドォォォーン!


 少女――アテナを乗せた暗灰色ダークグレーのゴーレムは、頭部のちょうど〝プロヴィデンスの目〟の位置に配された光学マイヌ・カーメラを赤く光らせ、胸の前を塞ぐ昇降用リフトを押し退けながら、その大質量の足を一歩前へと踏み出す。


「う、動いたぞ!」


「うわああぁ!」


 ダララララララっ……ギン! ギン! ギン! ギン…!


 動き出した巨人を前にして、動揺した兵士の幾人かが小銃を放つ。しかし、その金属の肉体を貫くことは無論できず、弾は耳障りな金属音を立てて虚しく跳ね返されるだけだ。


「バカ者っ! オリハルカル装甲に小銃弾が効くか! 跳弾でこちらがやられるぞ! それよりもミッシレ・ローンチャーを早く持ってこい! それからJKDの方、そちらのゴーレム部隊を大至急お願いしたい。さすがに日本国内で我々のゴーレムを出すわけにもいかんのでな」


「ああ、わかっている!」


 イェーガーの言葉に、皇国衛兵団の士官と思しき人物が言わずもがなとばかりに叫んで走って行く。


「皆、踏み潰されんようヤツから離れろっ! なに、敵の逃走経路はおおおよそ察しがついている! このトヨスからは一歩も外には出られん!」


 ……ドォォォーン! ……ドォォォーン…!


 その指示に、兵達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す内にもゴーレムはさらに二歩、整備用のラックからプレハブの中央へとその金属でできた重たい足を歩み出す。


「ゴーレムでは実用化初の風熱機関エア・インゲニウム羽根靴タラリア……どんなものか、さっそく使わせてもらおう」


 ……ウィィィィィィーン……ゴォォォォォォーッ…!


 続けて使役者の玉座コクピットの壁面に映し出されるデジトゥス化された外界の映像を覗いながら、少女はゴーレムの足の裏より大量の熱風を吐き出し、その巨体を幾分、宙に浮き上がらせた。


「うわああぁーっ!」


 地面に吹き付けられ、周囲に溢れ出すその強烈な風圧に、付近にあった研究レポートの束は無秩序に宙へと舞い上がり、イェーガーを含む兵士達も危うく吹き飛ばされそうになる。


「右腕部に憑雷元素砲ポゼッショナルエレメンタル・キャノン…こんなもの、本当に使えるのか?」


 強風から逃れようと大きな雷子機器の後に隠れたり、地を這うコード類にしがみ付いたりする兵士達……だが、そんな彼らにお構いなく、少女はプレハブの搬入口を塞ぐ巨大な鋼鉄の門扉と使役者の玉座コクピットの雷子パネルを素早く見比べ、その可愛らしい眉根を疑わしげに寄せる。


「とはいえ、他に適当な武装もないか!」


 …キュィィィィーン……ピシュン! ピシュン! ピシュン! ピシュン…!


 そして、使役桿に付いたトリガーを躊躇なく押すと、ゴーレムは右腕おまえ方へ掲げ、その掌に穿たれた砲口から加速された憑雷粒子の元素線ビームを高速で連射する。と、同時に命中した元素線ビームは鋼鉄をドロドロに溶かし、穴だらけの鉄屑と化した扉はひしゃげて地面に崩れ落ちる。


「ほおう……意外に使えるな、これ」


 ゴヲヲヲォォォー…!


 その最新兵器の威力に少女は満足げな笑みを浮かべ、今度はゴーレム背部のノズルから賢石機関の熱で圧縮された空気を爆発的に放出すると、足を地面スレスレに浮かせたまま、開いた搬入口の方へと巨体を高速で滑走させた。


「こいつを使えば奪取は簡単だが、わたし一人で積み込んで逃げるのは無理だな……」


 周囲を埋め尽くす機械類の間にポッカリと空けられた、ゴーレム搬入出用の一直線に伸びる空間を突き進みながら、少女は独り呟く。


「それに、のんびりしてると応援部隊も着いて囲まれるか……やはり、ここはこれしかない!」


 ドッバァァァーン…!


 そして、プレハブから勢いよく外に飛び出すと、そのまま真っ直ぐ運河へと突進し、その巨体を深く暗い夜の川へと投じたのだった――。





 それから約二時間後、隅田川沿岸・某所……。


 ……ザバァァァ…。


 隅田の流れに面して建つ、工事用のビニールシートで全面を覆われた廃墟のビル……その地下駐車場から密かに川へ向けて穿たれた隧道トンネルを潜り抜け、XLPG‐1はその暗灰色の巨体を水飛沫とともに出現させた。


 ……ズシィィィン……ズシィィィン…。


 隧道を満たす漆黒の水の中から這い出し、重たい足音を響かせながらゴーレムが進んで行くと、一部、明かりの灯っていた辺りからわらわらと人が集まって来る。


 建設途中で放置されたその建物は一階と地下階を隔てていたコンクリの床が部分的に取り壊されており、ゴーレムでも立っていられるほどに天井の高い空間を有している。


 そのガランとした廃墟を中央まで進み、人々が手にしたランタンの光に照らされながらゴーレムは膝を突く。


「ふぅ……なんとか任務成功か……」


 そして、プシュー…という油圧制御の音とともに開いた胸のハッチから、コードネーム〝アテナ〟と呼ばれる銀髪碧眼の少女がまだ幼さの残るその顔を覗かせた。


「おい! ずいぶんと遅かったじゃないか? 心配したぞ」


 少女の姿を確認すると、ゴーレムを囲む者達の内の一人、茶のニット帽を被った髭面の日系人男性がイラついた声を上げる。その声は先程、インカムからよくないお知らせ・・・・・・・・をアテナに伝えて来た、あの男の声である。


「当然だろ。水中じゃ風熱機関エア・インゲニウム羽根靴タラリアも使えないんだからな。いくらゴーレムの足だって、川底を歩いて来るんだからそれなりの時間はかかる」


 対して少女は相変わらずの愛想のない口調でそう答えながら、ゴーレムの腕や膝をするすると伝って、うまいこと彼らのいる地面の上へと降り立つ。


 先刻、XLPG‐1を運河に沈めたアテナは水中を北西に進んで隅田川水系へと入り、〝人造の月〟を使った〝導きの星システム〟を道標にそのまま川底を歩いてさらに北上し、この廃墟を利用した秘密のアジトまで逃れて来たのだった。


「けど、よくぞこの機体を持ち帰ってくれた! おまえは俺達の英雄だよ、アテナ!」


「ああ。川に飛び込んだって聞いた時はびっくりしたけどな。こうしてなんとか作戦も成功したことだし、万事は結果オーライだ!」


 今度は長身長髪の男と小柄な男性がアテナに労いの言葉をかけ、残りの者達も口々に少女の大業を褒め称える。


 アテナを囲む者達は全部で6人。XLPG‐1運用のために作られた小型賢石力潜水艦の奪取に向かった別働隊〝グラウクス〟のメンバー5人と、白衣を着た20代のメガネな白人青年である。


「ひゃあ~! これが米帝軍の新型かあ~。いいねえ~この引き締まったセクシーなフォルム……このつぶらなマイヌ・カーメラ……まだ世間にも発表されてない初物のこの子に僕の手であんなことやこんなことができるだなんて……あああ、考えただけでなんだか興奮しちゃうね~」


 今度はその白衣のメガネが間近でゴーレムをまじまじと観察しながら頓狂な奇声を発する。


 そのひょろっとした細身の身体とアホ毛のはね上がった洒落っ気のない頭はいかにも仕事一筋の技術屋っぽい風貌だが、口走ってる言葉を聞くと、どうにも奇人変人の類らしい……。


「……壊すなよ?」


 アテナは不審感に満ち溢れた碧の瞳で変態技術者を見つめ、愛想なく言う。


「もう、相変わらずアテナちゃんは僕に信用ないんだから。あのね、ガイア騎士団で最もゴーレム工魔術に通じてるこの僕が愛しのゴーレムちゃんを壊すわけないでしょ?」


 釘を刺すアテナを「失敬な」という顔で睨み返すと、変態はメガネのブリッジを指先で押し上げながら続ける。


「とはいえ、Ph.ドールトンを失ったのは痛かったねえ。さすがに僕も彼みたいな賢者の石・・・・の専門家じゃないし、これで賢石機関が壊れでもした日には目も当てられないよ?」


「ああ、惜しい人材を失った」


 彼の死に様をすぐ傍で目の当たりにしたはずのアテナだが、そうとは思えないくらい素っ気ない態度で彼女は感想を述べる。


「これ、対水中戦は想定してないんでしょ? 君の方こそ無暗に川へダイヴなんかして、僕のカワイイXLPG‐1をスミダガワの水で壊したりしてないだろうね?」


「あの時はそれ以外に選択肢がなかった。なに、水中戦仕様じゃなくても賢石機関を積んでるんだから機密性はバッチリのはずだ。川に飛び込んだくらいで壊れるわけ…」


 今度は逆にその無謀な行動を批判する変態技師へ、そう反論しかけたアテナだったが。


 バジバジ…


 と、なんだか雷気がショートとするような嫌な音が、不意に背後で跪くゴーレムの方から聞こえて来た。


「……ん?」


 そして、その音に振り返った全員が何気に見守る中。

 

 ボンっ! ……プシュゥゥゥゥ~…。

 

 小さな乾いた爆発音とともに白い煙が噴き出し、XLPG‐1の装甲の隙間からはゆらゆらと蒸気が立ち上がり始める。


 ヴゥゥゥゥゥン……。


 その上、灯っていたマイヌ・カーメラの赤い光も闇に吸い込まれるように消え、稼働させたままだった賢者の石機関の止まる音が虚しく静かな建物内に響き渡る。


「…………壊れた」


 皆が一様に唖然とそのままの格好で固まる中、ぽそりとアテナが呟いた。


「壊れた……って、どおーしてくれるのさぁっ? 今、賢石機関が壊れたら大変だって言ったばかりでしょーに!」


 僅かな沈黙の後、変態メガネが裏返った声を荒げ、大げさな身振り手振りを交えながらアテナに抗議する。一方、その他の者達は流出物質・・・・漏れを恐れ、蜘蛛の子を散らすが如く一目散に四方へと避難する。


「わたしが知るか。最新鋭のゴーレムなのに水入ったくらいで壊れるのがおかしい。それにまだ賢石機関が壊れたと決まったわけじゃないだろ? どっか他の部分かも…」


「いーや、あれはどう見ても賢石機関のある部分から煙上がってた! それに雷源切れたんだから明らかに動力系の故障でしょ! 発雷心臓止まったら最新鋭のゴーレムだってただの木偶デク人形だよ? 木偶人形!」


「なら、おまえが直せ。わたしはエスピオンであって魔術師じゃない。後はおまえの仕事だ」


「あ~あ、もうぜんぜん責任感じてない発言しちゃってるし! いい? 頑丈な君と違って、まだ試作段階の賢石機関搭載ゴーレムは繊細そのものなんだよ? わかる? 処女おとめを扱うようにやさ~しく、やさ~しく接してあげなきゃいけないのに、それをあんないきなり水に漬けたりなんかするもんだから……あああ~! 僕のカワイイXLPG‐1があああぁ~っ!」


 悪びれもしない相変わらず無愛想なアテナに対し、変態メガネ技師はすでに僕のもの・・・・にしているゴーレムの前で神を崇めるように両手を掲げ、なおも嘆きの声を喚き立てる。


「あああ! 頼みのPh.ドールトン亡き今、他に賢者の石に詳しいような人間もいないし……いったいどうやって直せばいいんだあああ!」


「あ~ら、だったら最高の人材を一人、あたし知ってるわよ?」


 と、その時、妙に艶めかしい女性の声が不意に闇の中から聞こえてきた。


 だが、そこにいる者達の中に驚く者や警戒の構えを見せる者は誰一人としていない。実はもう一人、初めからランタンの光が届かぬ場所に彼らの仲間が潜んでいたのだ。


「最高の……人材?」


 思いがけぬ発言に間抜けな声を上げ、メガネ技師や他の皆がその視線を向ける中、カツーン、カツーンとハイヒールの音を甲高く響かせながら、声の主は照明の中へと歩み出る。


 純白のブラウスにタイトな黒のミニスカート、そこからスラッと伸びた御御足おみあしに長い黒髪も麗しい、なんとも妖艶な色気漂う日本美人である。さらに付け加えるならば、しかも巨乳だ。


「……って、まさか賢者の石の専門家が知り合いにいるって言うのかい? Dr.アシヤ」


「ええ……同僚に一人ね」


 メガネ技師の質問に、その美女は橙色のランタンの光に神々しく照らし出されながら、世の男性を一瞬で虜にするような小悪魔的なウインクを返して愉快そうに答えた……。


※挿絵↓

https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16817330667746519524



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