雪のクリスマス
moco
【 Perhaps a gift from God.】
ソウくんが悪い!
12月24日には、絶対に決まってるって言ったから。だからチチとハハがハワイ旅行に二人で行くっていうのOKしたんだ。
「合格祝いと、クリスマスプレゼントはワ・タ・シ」
って言う予定だったんだ。うち、私ひとりよ!って。
二人で食べるのに、わざわざ有名な[angel]のケーキ予約したんだ。数限定だから11月末に!どーすんの?コレ!
なーに落ちてんだあーー!!
付き合い出して一年ちょっとのソウくんは二歳上。正確には一歳と少し。私4月生まれで、ソウくん2月だから。誕生日は2月14日って、アンラッキーなやつ。だってイベント一回減るもんね。
高三のソウくんは11月の推薦入試で決まるって言ってたんだ。親には滑り止めって言ってるけどそこでいいって。
センターは受けるだけで、11月に決まったらもう勉強しないって。だからクリスマスはユキと二人で過ごすって!
ちょうどそんなラインを読んでた時に、一階から嬌声が聞こえた。驚いて下りたらチチハハが踊ってた、ラジオ持ち上げて。
ハハがラジオの抽選でハワイ旅行が当たったらしかった。でもペア。
私の分だけ負担して、三人でって話もあったけど。私は辞退したんだ。『新婚旅行、国内だったんだから二人で行っといで』って、超良い子したんだ。
数日間、一人なんて平気だからって。
固いって言ってた滑り止めに落ちたソウくんから、悲惨な泣き顔のラインスタンプと必死で慌ててる熊のスタンプと土下座熊のスタンプと一緒に、
『センター受ける。クリスマスごめんm(__)mm(__)mm(__)m』
っていうラインが届いたとき、ハハは特大のトランクを購入していた。私が入れそうな。
「ユキ!ありがとうね。このトランクにいっぱいのお土産買ってくるから!」
もう、やっぱり嫌だって言えないし。
◆
12月24日早朝、巨大なトランクをゴロゴロと転がしながら、ダウンの下にアロハシャツを着たチチとハハは、何回も振り返って手を振りながら、二人でハワイに旅立った。
あまりのショックに[angel]のケーキのキャンセルを忘れた私も悪いけど、固いとかって気抜いてたソウくんが最も悪い!朝から心の中で何回も言ってた。チチハハ出発してからは、ひとりの部屋で何回も
「ソウくんのバカー!」
って叫んでた。
でもイブの時計は周る。私は一人でケーキを取りに行くために、わざわざ電車に乗って街に。
せっかくもらった数日間の生活費とお小遣いの三万円の中から8000円を使った、誰が食べるんだ?ってホールのケーキを受け取った。
駅から離れたところにあるケーキ屋さん[angel]は遠い上に高い。でも最近、雑誌に載ってて、ソウくんと宝くじが当たったら買おうって話してたんだ、ラインで。
11月の推薦が本当は本命ってことで、10月の文化祭終わってから一回も会ってない。ラインでメッセージはしてたけど、ビデオはガマンしてた。ソウくんの受験が終わって、ハッピークリスマスを二人で迎えるために。
で~も~、ソウくんはクラスの文化祭打ち上げ行ったよね?!
カオリのお兄ちゃんから聞いたから!カオリのお兄ちゃんは行かなかった。それで滑り止めの推薦受かってる!もぉ~~!
[angel]の8000円のホールのケーキを持って、トボトボ駅に向かう。誰もいない家に帰るために。
昔見た映画の中の少年は、ひとりでホールのケーキ食べて喜んでたけど、16歳にもなってそんなこと魅力的じゃないから。
駅に向かう途中の大きな歩道橋で、立ち止まって溜息が出た。目の前の百貨店の外壁には、何人ものサンタが壁を登ってるディスプレイがある。時々、少し風に揺れる。視線を下に落とすと、巨大なクリスマスツリー。夜には点灯するんだろうなあ。
眼下ではいくつものカップルが、それぞれにくっついて巨大なツリーを見上げている。ソウくんと来たかったなあ。
「まったく、クリスマスの意味わかってんのかね」
いきなり隣で声がしてビビる。知らない女の人が私とおんなじように、歩道橋の手摺に凭れている。お酒の匂いがする。まだ明るいのに。アブナイ人だ。
「あんたは正しいクリスマスをするんだね。そのとうり!クリスマスっていうのは家族とケーキを食べる日なんだ」
私の方は向かないけど、私に向かって言ってる。でもチゲーよ。
「クリスマスはイエス・キリストが生まれた日です。家族で教会に行くならわかるけど、ケーキ食べる日じゃないですから」
私もお姉さんの方は見ずに言った。毎年、家族でケーキを食べてたけどね。
酔っ払いのお姉さんは、私の左手に持たれた[angel]のケーキの紙袋をちらっと見る。
そうですけどね!持ってますけどね!
「それは?誰と食べるの?」
絶対に聞かれたくなかった質問だよ。
ソウくんが悪い!
「ひとりで食べます!」
お姉さんは、私の答に目を丸くする。
「変わってるね。家族いないの?」
いねーよ!いるけど、今日はいねーよ!
心の中で叫んで、なんだか悲しくなってきた。今日から5日間、私はひとりぽっちだ。
クリスマスイブなのに。カップルだらけなのに。
巨大なクリスマスツリーをもう一度見ると、小さな女の子の手を繋いでいる家族三人の姿が見えた。左手をお父さんに、右手をお母さんに繋いでもらっている。
その様子を見て、また泣きたくなってきた。
「なんかワケありっぽいね」
じわっと滲みそうになってきた私を酔っ払いのお姉さんが見つめてくる。
淋しくて涙滲んでるなんて思われたくない。
「手袋、手袋無くしたんです!」
それは本当。さっきケーキ買ったときだ。お金払うのに外した。多分[angel]に忘れてきたんだ。100均で買ったのだからいいけど、ケーキ持つ手は冷たいけど、あそこまで戻るのなんか嫌だから。
「手袋?今夜は雪になるよ。冷たいでしょ?」
「夜になるまでに帰るから大丈夫です」
私はそう言って、その場を離れようとした。
「帰る場所はあるんだ。よかった。いいのに、淋しい女に同情して嘘つかなくても」
なんだか薄ら笑いながら言われてムッとする。
「嘘なんかついてませんから!帰る家はあるけど家族はいませんから!」
今日から5日間。
お姉さんは、バイバイと手を振りながら「はいはい」とやっぱり薄らい笑いながら。
信じてないよね?なんかムカついてきた。
「嘘なんてつきませんから!同情なんてしてませんから!ほんとにひとりぽっちなんです!」
言ってからまた悲しくなってくる。私はなぜこんなとこまで来て、ぽっちクリスマス宣言してるんだろう。
もしソウくんが最初からクリスマスには会えないって言ってたら、今頃、常夏だったのに!初めてのハワイで家族とアロハだったのに!
もし、ソウくんがちゃんと合格して推薦で決まってたら、二人でラブラブクリスマスで、プレゼントはワ・タ・シで、二人で8000円のケーキ食べてたのに!
ソウくんがワルい!
そう思ってしまったら、やっぱり涙出てきた。
「ちょっとやめてよ、なんか私が泣かせたみたいじゃない」
酔っ払いのお姉さんは、なんか慌てて近寄ってきて私の右手を持った。
「冷たいね」
お姉さんの手はとっても暖かくて、8000円消費税込みの上に108円の手袋まで置いてきたことも悔しくなって、ますます泣けてきた。
「信じる!信じるから泣き止んで」
嘘だ、信じてないよね?
「一緒に来てください!見ればわかるでしょ?私が嘘つきじゃないって」
「はぁ?」
こうして私は生まれて初めてのナンパをした。
オモチカエリってやつだ。
◆
なんでこんなことになったのかよくわからないけど、私はお姉さんを従えて玄関のドアを開けた。
家の中がちょっとヒヤンとしている。いつもはハハが先に帰ってるから、私が学校から帰ったら部屋の中は暖かい。
鼻の奥がツンとしたとき、後ろから
「おじゃまします」
というお姉さんの声が聞こえて、ひとりじゃないことにほっとした。
でも・・
なんでオモチカエリしてんだ?チチもハハもいない家に、見ず知らずの酔っ払いお姉さんを連れて帰ってしまうなんて・・。もしワルイヒトだったらどうするんだ?
そんなことを考えながら、ケーキを冷蔵庫に入れて気がついた。
食べるものがない。
岩のりと味噌と梅干ししかない。
ハハ、私いるんですけど。なぜ冷蔵庫の掃除をして旅立つの?
冷凍庫にはアイス枕と保冷剤と、夏の名残りのガ◯ガ◯くん梨味。
コートを脱いで洗面所で手を洗ってうがいをする。
うがいをして、ふと前の鏡を見たら知らない人が映ってて叫びそうになった。
「手を洗おうかと」
鏡に映る驚いた私の顔を見て、お姉さんは言い訳をするみたいに言った。石鹸で手を洗って、イ◯ジンでゴロゴロとうがいをする姿を見て、まあワルイヒトではないかなと思っている。祈っている。
そして私はピンと閃いたのだい!
洗面所から戻ってきたお姉さんは、居間の中を珍しそうにぐるぐると歩いている。
チチとハハと私が三人で写った写真を見つけて、手に取って見ている。
「ひとりっ子なんだ。私は妹がいる」
お姉さんは写真を見つめながら言った。もう酔っていないみたいだ。
う~ん、オモチカエリして、家にまで上がってもらったけど、今夜私が一人のこと言っていいのか?危ないのか?もう言ってるけど。
まずは敵を知る、これ大事だ。ゲームでも。歴史でも。
「どちらのご出身ですか?」
お姉さんは、写真立てを元の場所に戻しながら
「ずっと北の方」
と遠い目をした。そんな様子はワルイヒトではなさそうだけど、いやいや明るいうちからお酒飲んでたぞ。
「妹さんはおいくつなんですか?」
「私がうちを出たとき、あなたくらいだったかな」
「何歳でうちを出られたんですか?」
「18、高校卒業してすぐ」
お姉さんは下手な刑事みたいな私の質問にスラスラと答える。ほんとはまだ酔ってるからか、イイヒトだからか。
「あなたは今、16歳くらい?」
ビンゴだ。
「・・・はい。どうしてわかるんですか?」
「この写真と全然変わってないから」
写真立ての写真は、高校入学の時のだ。デカデカと入学式と写り込んでいる。ソウくんが好きって言ったから髪型も変わってない。
やるな、お姉さん。
「正しいクリスマスをしましょう!」
手を洗ってうがいをしたのに、お茶も出さずに私はコートを持った。形成逆転しなければ!
「正しいクリスマス?」
不思議そうな顔をするお姉さんに、自信たっぷりを装って私は頷く。初めての正しいクリスマスを体験するために!
◆
教会には人がいっぱいいたけど、私たちが座るスペースはあった。
クリスマスイヴに教会に来るのなんて初めてだ。
私の初体験は、ソウくんのせいで正しいクリスマス体験になった。
お姉さんもキョロキョロしている。
二人で硬い椅子に腰掛ける。
前にはクリスマスツリーが飾られている。
小さな天使の飾りがかわいい。
賛美歌が始まった。後ろで歌ってる、上手。それから神父さんのお話。ちょっと長いお話だったけど、ところどころズキンと来ることがある。
隣を見たら、お姉さんが涙ぐんでいる。見てはいけないものを見てしまった気がして、目を逸らした。
お話が終わって、前に白い服を着たいろんな年代の人が並ぶ。おばあちゃんやおじいちゃんもいる。小さい子も。みんなベレー帽被っててちょっと笑えた。
合唱隊の皆さんが歌う『きよしこの夜』は下手くそで時々音程ずれるけど、なんだか心に沁みてくる。
そのままクリスマス会になるみたいだったけど、信者じゃないどころか、ミサ初参加の私たちはそそくさと教会を後にした。
外は雪が降っている。
なんて皮肉なホワイトクリスマス。
「雪降ってきたね、雪ちゃんと過ごすホワイトクリスマスって、ダジャレみたいだな」
お姉さんがポツンと言った。
なーんで知ってんだあ?
「どうして知ってるんですか?!私の名前!」
神か?
「表札にあった。雪はユキと読むのがポピュラーでしょ?ユキちゃんでしょ?」
表札・・・盲点だったな。
雪は同じ名前のくせに、全然優しくなくて冷たい。心も、手袋のない手も。
擦り合わせた手にハァ〜って息をかけたとき、お姉さんが右手を繋いでくれた。
「合唱、下手だったね」
頷きながら、右手があったかいと思っていた。
駅前に来たとき、
「じゃあね、教会連れて来てくれてありがと」
お姉さんが離した右手が、急に冷たく感じる。
「あの、ケーキ一緒に食べませんか?[angel]のです」
お姉さんの歳の人でも、魅力に感じるのかな。
「家族で食べなよ、写真のパパさんとママさんと」
「だから、今日帰って来ないんです。明日も、明後日も」
私の目から、ポロンってなにかが落ちた。
お姉さんは、また慌てて近づいてくれる。
「わかった!わかったから泣かないで!」
◆
お姉さんはまた手を繋いでくれた。
ワルイヒトじゃない、そう思っていた。
家に入って、二人で手を洗ってうがいをしていたとき、お姉さんのおなかが鳴った。私も。買い物するの忘れてた。
外は雪がきつくなっている。また出掛けるのは嫌だ。
「晩御飯にケーキ食べようか?」
家にまで連れて来て、ご飯の用意もできない私に、お姉さんは言ってくれた。
「クリスマスだもん、ご飯がケーキでもいいじゃない」
空っぽの冷蔵庫の前で、立たずむ私の隣に来てお姉さんはそう言ってくれた。
チチのビールはある。ハハのチューハイもあった。
私はコーヒーをいれて[angel]の8000円のケーキをテーブルの上に置いた。フォーク2本と。
「このまま食べるの?オトコマエだねぇ」
ぶっ刺して食べたい、そんなことがしてみたくなっていた。
ソウくんが合格してたら、ちゃんと切って一番いいお皿に入れて、コーヒーと。並んで座ってラブラブで食べたはずなのに。
「毎年、クリスマスケーキは[angel]なの?リッチだねぇ」
フォークを持ちながら、お姉さんは最初にぶっ刺す権利は私にあるよという感じの視線を投げてくれる。
「違いますよ、スーパーのです」
そう答えて、フォークを刺しながら、なぜかまた涙出てきたけど、零さないように我慢した。
二人でホールのケーキを切りもせずに大胆に食べながら、私はソウくんがワルイ話をお姉さんにしていた。話すというより、ブツブツ文句言ってるみたいだった。
ちょっとだけ、心痛いのはさっきの神父さんのお話のせいかもしれない。
『他人の痛みがわかってこそ、本当の優しさを持つ成熟した人間と言えます』
お姉さんは、チチのビールを飲んでいる。
話を聞き終わって、私にもハハのチューハイを持ってきてくれる。
「まあ、飲みたまえ」
お姉さんに言われて、プシュとプルーフを開けて、グイッと飲んでみた、白桃味。甘くてジュースみたいだけど、ネ◯ターよりは苦い。
「ケーキをツマミにビールってのもありかも。それにしてもさすが[angel]!すっごい美味しいね。私的にはユキちゃんの彼氏に感謝かもね」
お姉さんはそう言ってフフと笑う。
「大人になって、子供いなければ食べ放題じゃないんですか?[angel]のケーキだって」
大きくとったケーキをパクリと食べる。オトナっぽい控えめな甘さとちょっとお酒の香りが口の中に広がる。
「私なんかには、宝クジでも当たらなきゃ無理だな」
お姉さんはそう言ってからパクリと食べた。
ソウくんと、宝クジの話をラインでしてたことを思い出していた。
「ほんと貧乏だもん。仕事もダメだしね」
そだ!オトナなんだから仕事してるよね。
「なんの仕事してるんですか?」
私の質問に、お姉さんは視線を逸らして小さな声で答えてくれた。
「一応、歌手」
かーしゅー?
「歌、歌う歌手?」
「まあ、そう」
「テレビとか出てます?」
「いや、無理。ドサ廻りの演歌歌手だから」
ドサ廻りってなんだ?
お姉さんは、フォークを置いてビールを飲んだ。グイグイと。
「ほんとはさあ、演歌なんか歌いたくないんだけど、事務所がそうしろって」
演歌は知らないけど、ヒバリさんはチチもハハも好きだぞ。
「どうして好きなの歌わないんですか?」
お姉さんは困った顔をする。
「そう簡単じゃないよ、事務所がダメだって言うんだから。ファドって知ってる?」
知らない。首を振った。
「ねっ、ポルトガルの歌なんだけどね、みんな知らないから」
「知らない歌だって聞いたら好きになるかもしれないです」
「優しいねぇ、ユキちゃんは」
お姉さんはそう言って新しいビールを持ってきた。
「どんな歌ですか?聴かせてください」
私はちょっと酔っ払っているのか調子に乗る。
お姉さんはニコッと笑って、少し歌ってくれた。なんだか胸が熱くなる。哀しくなる。
「上手です」
思わず、そう言って小さく拍手をする。でも、ヒバリさんの歌みたいだと思ったことは言わなかった。
「ありがとう」
お姉さんはまたニコッと笑って座ったままお辞儀をする。
「頑張ってきたんだ。高校生の時にアマリア・ロドリゲスって人の歌をたまたま聞いてさ。もういない人だけど感動してね、いろんな人に聴いてほしくて。彼女みたいに、貧乏から這い上がってさ。そんな風になりたいなって。死んだあとも人の心動かす歌、残したいなって。
でもダメだ。誰も知らないし、事務所もダメって言うしさ。
頑張ったんだよ、歌わせてもらうために、プロデューサーと寝たり、レコード会社の人と寝たり、他の事務所の偉い人と寝たり。でもダメだったんだよね。挙句に男に捨てられてさ。なんなんだろう、私の人生。なんで故郷捨ててここにいるんだろうってね、なんか自暴自棄になってたよ」
「そりゃダメですよ!」
私のひと言に、お姉さんはビールの缶を置いて、目をパチクリする。
酔っ払らいながら、ソウくんのことを思い出していた。
そうだよ、頑張ってるって言いながら、ラインしたらいつも
『寝てしまってた〜( ̄▽ ̄)』
って返ってきた!勉強しないで寝てても、賢くならないっつうの!
「寝てばっかりじゃないですか!寝てても歌、上手になりません。練習しなきゃ。寝てる時間で練習しなきゃ。睡眠学習なんてウソですから!みんな寝るの我慢して勉強したり、練習したりしてるんです!寝てて勉強できるようになったら、受験なんて意味ないですから!」
フォークをかざして叫ぶみたいに言ってた。私、酔っ払いだ。
でも、お姉さんは急にフいた。
「そうだよね、寝てちゃダメだよね、練習しなきゃね。それでたくさんの人に聴いてもらう機会作らなきゃね、今日の合唱団さんみたいにね、下手でも」
「下手じゃないですから!お姉さん上手です。『きよしこの夜』歌ってください!」
酔っ払いの私をやっぱり笑いながら、お姉さんは歌ってくれた、英語で『サイレント ナイト』。
伴奏も何もないのに、お姉さんの声は優しく震えて、声の余韻が伴奏の役目もしてるみたいだった。
「〜Sleep in heavenly peace .」
歌い終わったお姉さんに、思いっきり拍手をしながら、ポロンと溢れた涙はさっきまでの涙じゃないよ。
お姉さんも、泣かないでって言わなかった。でもお姉さんもちょっと泣いてる。
「ねぇ、ユキちゃん。慌てなくていいよ。大切なもの、プレゼントなんかにしない方がいいよ。そんな気持ちになったらそうなるんだから。だからゆっくりでいいんだよ。
それから、多分、一番落ち込んでるのは彼氏じゃないかな、自信あったなら余計にさ。だから応援してあげてよ。今、私にくれたみたいな真っ直ぐなエール、心の中で言ってあげてよ」
そう言って最後のビールを飲み干している。
ちょっとハッとしていた。その通りだと思う。ソウくんが一番ショックだよね。きっと今頃、必死のパッチで勉強してるんだよね。
怒ってばっかりいて、頑張ってってラインもしてないことに気がついた。
でも、最初の謎かけみたいな話の意味はわからないけど。
意味がわかるようになってからでいいのかもしれない。私の本当の初体験。
◆
そのまま、ソファで眠っていた。
ストーブが換気を告げるピーピーという音で目が覚める。
お姉さんはいなかった。財布の中のお金を確かめようとしてやめた。
玄関には鍵がかかっている。
ドアポストにキーホルダーについた鍵が入っていた。
もう一度、リビングに戻ると、ケーキの箱の上に
「ごちそうさま!ステキなクリスマスイヴをありがとう!頑張って練習するね!」
そんな手帳をちぎったメモが置いてあった。
ちょっとだけ、淋しくなる。
昨日の雪は、少しだけ積もっている。
別にすることもない日曜日、ふらふらと一人で教会に行ってみる。
今夜もミサがあるみたい。
今夜はクリスマス会の代わりに、昨日の合唱団の発表とか、クリスマスコンサートがあるって書いてあった。
昨日の下手くそな『きよしこの夜』と、お姉さんのファドと『サイレント ナイト』を思い出していた。
どの歌も心の中にふんわりと残っていて、思い出すと暖かくなる。
そのままスーパーに行って、カップラーメンと冷凍ピラフと冷凍パスタと納豆と、クリスマスカードを買った。
フードスペースで、ソウくんにクリスマスカードを書く。
ラインばっかりだったから、こうして字を書くの久しぶりだ。
だからスペシャルだから!
『誕生日とバレンタインデーには逢えるように頑張って!!
心の中でいつも応援してるよ!
メリークリスマス!
ソウくん、ダイスキ! from.YUKI』
最後に雪だるまの絵を小さく描いて、頭にリボンを描いた。
私の分身が見てるからね!
寝るなよ!
遠回りだけど、ソウくんのマンションまで、端っこに雪の残った道を歩く。
ここまで来てるんだから、ソウくんに会いたいなと思ったけど、我慢して郵便受けにクリスマスカードを入れた。
今夜も一人だと思うとやっぱり淋しい。一人で教会に行くのは寒いしなあ。
と、メールとライン。
『雪ー!ありがとう!ハワイ最高!^_^^_^』
メールはハハから。写真付き。サングラスとアロハは二人ペアだ。
『ユッキー!メリークリスマス!昨日はラブラブ大作戦成功したか?今夜は会える?みんなでクリスマスパーティーしよう!駅前のカラオケでオールナイトだあ!グループライン見て!』
ラインはカオリから。
ちょっと元気になって、早足で家に帰ると、郵便受けになにかが入っている。
袋に赤いリボンのシール。ボールペンで何か書いてある。
『昨日はありがとう!今年一、楽しかったよ^_^
(雪ちゃん飲んだのノンアルだからご安心!) 由紀より』
お姉さんもユキちゃんだったんだ。
袋の中を見るとモフモフの新しい白い手袋。
ちょっとだけ、泣けた。
メリークリスマス。
〈fin〉
2018.12.11
雪のクリスマス moco @moco802310
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます