I wish this radiance will last forever ③
午後の柔らかな日差しを受けながら木立の中を歩いていく僕たち。季節は春であるらしく、図鑑の中で見たように木立の遊歩道の路傍には様々な植物が萌え出ており、その隙間を温い風が穏やかに吹き抜けていた。ある時ツグミちゃんは思い出したように自分が掛けていたショルダーバッグの中をごそごそとやり始めた。
「そう言えばまだご飯食べてなかったよね――はいっ」
そうして差し出されたものを僕は見遣る。彼女の手に載せられたそれは、濃い紫を下地として頂部にひらがなの”の”の字のような模様が焼き付けられた扁平な球体だった。彼女が取り出したもう一つに迷いなくかぶりついたところを見るに、恐らく食べ物なのだろうが……。
「えっと、これは」
戸惑いながら訊く僕に、ツグミちゃんは口をもぐつかせながら答えた。
「それは”ジャパまん”。フレンズたちは基本的にこれを食べてるんだ~。元の身体と同じ食べ物じゃお腹いっぱいにならないでしょ?」
言われて、改めて手元のそれを眺めてみた。確かに結構な大きさで食い出がありそうだ。僕は恐る恐るながらその側面からかぶりついてみる。そして、びっくりした――手触りから淡白な味を予想していたのだが、その反面、フルーティな味が口腔に広がったからだ。食べた個所から中を見てみると、なるほど、その中には外皮と同じ色をした詰め物が入っていた。そしてまた一口と食べてみて気付いたのは、その味に馴染みがあるということ。
「これ、
「そうそう、うたちゃんも好きでしょ? 家に残っててよかった~」
思えば、昨日手に入れたブルーベリーは件の化け物からの逃走時に全て落としてしまっていた。昨夜も結局寝食を忘れて本を読んでいたから、これが丸二日以上ぶりの食事になるのか。今更思い出した空腹に駆り立てられて、僕はあっという間にジャパまんを食べつくしてしまった。
「ふふっ、わたしのも食べる?」
半分食べ進めていたジャパまんをこちらに差し出してくる彼女。流石に気が引けて遠慮しようとした矢先に、腹が鳴ってしまった。軽く赤面しつつそれを受け取った僕は、口を付ける前に念の為訊いておく。
「本当にいいの? これ、また手に入れるのが大変なんじゃ……」
「それは全然心配しなくて大丈夫! ジャパまんは毎日配られるんだ、あんな風にね」
彼女はある方向へと指を向けた。指先を目で追った先には、ジャパまんが沢山載った籠を背負った見慣れない青い動物と、それに群がるフレンズ達の姿があった。僕の手を握ったツグミちゃんは、そちらの方へと早足で歩いていく。集まっていた彼女たちは足音で気付いたのかこちらを一斉に振り返ると、快活な様子で手を振ってきた。
「クロツグミちゃーん! 久しぶり~」
一人が声を掛けてくる。
「ニホンジカちゃん、久しぶりだね~! 他の三人は新しいお友達?」
「そうそう、この子がノロジカのノロちゃんで、こっちがミュールジカのミュルちゃん! あとこっちが今日友達になったばっかりのプーズーちゃんだよっ」
「相変わらずコミュ力高いねぇ。お友達の多さで言ったらパーク一なんじゃない?」
「ぜーんぜん、クロツグミちゃんには負けるよぉ。……それで、そっちの子は? 新しいフレンズ?」
ニホンジカちゃんの質問と共に四人の目が僕の方へと集まった。うぐっ……途端に緊張して声が出なくなってしまう。と、そこで不意に強く握られる片手。横を見ると、微笑みを湛えるクロツグミちゃんがいた。大丈夫、と勇気付けるかのように頷き返されたので、僕はそれを受けて、思い切って口を開く。
「……僕はクロウタドリ、よ、よろしく」
と、たどたどしい挨拶を終えるや否や、目の前の彼女に思いっきり抱きつかれたので僕はひっくり返りそうになってしまう。
「なっ――」
「よろしくねぇ~! 森に新しいフレンズが増えて嬉しいよっ! ほら、他のみんなも!」
ニホンジカちゃんに誘われてツグミちゃんを含めた五人に抱きつかれる僕。彼女たちの熱と香りと恥ずかしさでのぼせ上がりそうになってしまう。このジャパリパークとか言う場所、全体的に距離感が近くないか?
その場に卒倒しそうになったところでようやく熱っぽすぎる歓迎から解放された僕が隣でぜいぜい言っている中、構わずニホンジカちゃんは話を続けた。
「そう言えば、何処かに行こうとしてたの? それともただのお散歩?」
「図書館に行こうとしてたんだ、今日って博士たちいるかな?」
「どうかな~、最近パトロールを強化してるって言ってたからもしかしたらいないかも?」
「――あぁ、セルリアンの。増えてるもんね」
ツグミちゃんは合点して頷いた。
「それじゃあわたしたちはそろそろ行くね。みんなも気を付けるんだよ~」
「はーいっ」
ニホンジカを含めた四人は快活にそう返事をした。彼女たちとはそこで手を振って別れ、僕たちは再び木立の中を歩き始める。
「どう? みんないい子たちでしょ?」
少ししてツグミちゃんが訊いてくる。
「うん。でも、あそこまでぐいぐい来られるのは少し苦手かな……」
僕が忌憚のない感想を返すと、彼女は朗らかに笑った。
「あははっ、まあニホンジカちゃんはフレンズの中でもとりわけ元気っ娘だからねぇ、合う合わないがあるのは仕方ないよ。――でもこれで、うたちゃんのことが一つ分かったんじゃない?」
「え?」
「あなたは大人しめで、静かな方が好きなフレンズってこと。これで目標に一歩前進じゃない!」
この調子でどんどんみんなとお話ししていこう、と意気揚々と言う彼女に、僕は苦笑いを返す。とは言え、彼女の言う通り、確かに誰かと関わることで初めて分かることがあることには違いなかった。動物であった時分から他者と関わるのは得意としていなかったが、自分を知る為ならこれを活かさない手はない。早速新たなフレンズを発見した彼女にぐいと手を引かれる僕は、新たな緊張を胸に、歩を進めてゆくのだった。
***
様々なフレンズとの交流を重ねつつ辿り着いたのは、木立の開けた場所に広がる小高い丘。春も盛りなのか、種々の花々が丘一面に咲き乱れている。そしてその丘の頂上、丁度地面がなだらかになっているところに、まるで林檎を四方から齧って残った芯を載せたような、独特の意匠をした建築物が鎮座していた。
「あれが、図書館?」
「そ! 博士たちいるかな~」
そう言いつつ丘を周るように整備された遊歩道を上っていくツグミちゃん。僕もその後に続いた。
近付くにつれて、そのユニークなデザインがよく見えるようになってきた。遠くから見た時から分かっていたが、建物の中央には随分と大きな樹が心柱のように屹立している。外壁の一部は崩落していて、その図太い幹と、壁面一杯に並べられた書棚を覗かせていた。見上げると視界に入るのは、屋根よりも更に外側へと伸ばされた分厚い枝葉から垂らされた複数の梯子とその所々に配された木製のベンチ。それらは地面にまで伸びているわけではないため、あそこに至るためにはあの大樹を伝っていくか、飛んでいくしかないわけだが……彼女の言う「博士」たちとは僕らと同じく鳥類のフレンズなのだろうか?
建物の麓に至るや否や、ツグミちゃんは躊躇うことなくその木製の戸口を叩いた。中からは特に応答が無かったので、彼女はそのまま館内へと入っていく。続いて入館した僕は、その内装を見渡して感嘆の声を洩らした。崩落した箇所を除いて隙間なく壁を覆った書棚が僕たちを取り囲んでいる。その様子は、図鑑で目にしたような図書館の内観とは大きく異なっていた。
「うーん、残念ながらいないみたい」
館内のあちこちを探し回っていたツグミちゃんが肩を落として帰ってくる。
「そのフレンズたちが居ないと本を借りられないの?」
「ううん、借りるのは自由だよ。ただ、昨日使ったトラップについて共有しておきたくて」
まいっか、と彼女は言って、続ける。
「改めて、ここがキョウシュウの中央図書館だよ――みんなは『ジャパリ図書館』って呼んでるんだ。さっきも話したように貸し借りは自由だから、気に入った本があればうたちゃんも持って行っていいからね」
一時間後に集合ということに決めて、僕らは散り散りになった。
館内に張り巡らされた複雑な階段の上で僕は右往左往する。ツグミちゃんの家にあった全ての本を読破してもなお自分の中の知的好奇心というものは衰えることを知らなかったが、それでもいざこれほどまでの大量の本に囲まれてしまうと、今度はどれから手を付けるべきか悩んでしまうのだった。
目に留まったものを書棚から抜き出し、暫く矯めつ眇めつしては戻す。それを繰り返しているうちに、いつしか崩れ落ちた壁の向こう側からは眩い西日が差し込むようになっていた。そろそろ時間になる。少し勿体無い気もするが、今日のところは何も借りずに帰路に就くとするか――そう思いながら階段を下りていた時、ある一冊が僕の眼を引いた。長らく手つかずだったのか厚く埃を被ったそれは、紐解いた僕の心を惹きつけて已まなかった。と、そこで、階下から彼女の声が響いてくる。
「うたちゃーん、そろそろ帰るよ~」
***
「あれっ、一冊だけでいいの?」
丘を下りながら、僕の手元を見てツグミちゃんは意外そうに訊いてきた。
「うん、取り敢えずはね」
「そっか。なに借りたの?」
「詩集。良さそうなのがあったから」
「詩集かぁ、わたしはあんまり読んだことないなぁ。面白かったらわたしにも見せてね!」
頷く僕に返される、眩しいほどの笑顔。そして次の瞬間に、彼女は遊歩道を駆け下りはじめた。丘の麓に辿り着いた彼女は、ふんわりとしたショートボブとスカートを揺らして呆気に取られている僕の方へと振り返る。
「うたちゃんもっ、やってみてーっ!」
首を傾げる僕に、彼女はもう一度、両の口の端に手を当てて叫ぶ。
「走ってくるの! 今わたしがやったみたいにっ!」
そうする
「どう?」
麓に着いて軽く息を切らしている僕に彼女は感想を求めた。
「なんか、よく分からないけど――」息を整えてから、返す。「気持ちよかった」
でしょ~、と鼻を鳴らして自慢げに胸を張る彼女。
「この時期はね、こうして帰るのが好きなんだ。この気持ちよさと幸せを、うたちゃんにも味わってほしくて」
そこであることを思い出した僕は、彼女に訊いた。
「今日の昼に、『沢山の輝きに満ちたパークを見てみたい』って言っていたよね」
「うん」
「その『輝き』って――上手く言い表せないけど、今みたいなものなのかな」
その僕の問いから一拍置いて、ツグミちゃんは表情をぱあっと明るくした。
「わかる?!」
「えっ、あっ、うん、今なんとなくわかったかも……」
「そうそう、そういうことなんだよっ!」
彼女にまたもがっしりと手を握られて、僕はたじろぐ。
「わたしが増やして、繋いでゆきたいものはこれなの。みんなの中にある、嬉しかったり、楽しかったり、幸せだったり――そういった、前向きで煌めいたものが、『輝き』」
なるほど、ようやく彼女の願いというものが腑に落ちた。輝きとは、生けとし生けるものたちが生み出す価値を帯びた概念のこと。彼女は、それでこのパーク中を満たしたいと考えている。
「……応援するよ」
僕は呟くように告げる。
「僕も、輝きに満ちたパークが見てみたくなった。出来ることなら協力させてもらえないかな」
「いいの? あ、でも、まずはうたちゃんの自分探しのお手伝いをしなくちゃ」
「――もういいんだ。多分、生まれてきた意味も、生きている意味も、見つかったと思うから」
眉を軽く寄せて不思議そうに小首を傾げる彼女。それすらも堪らなく愛おしかった。
『輝き』を増やして、繋いでゆく――それは今や、自分にとっての願いにさえなりつつあった。彼女に対して僕が抱くこの止まぬ想いも、彼女が追い求めるその一つにになるのだと固く信じて。
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