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歩いて十五分のところにあるおでん屋「きつね」。

坂田はこの屋台の常連で今日は一週間ぶりにそののれんをくぐりました。

外見はボロが来ていますが、味があるといえば良い雰囲気がします。椅子の数は四つ、店としては少なすぎといっても過言ではないですが、屋台だと思えばこれくらいでしょう。

木の車輪がかけられている見た目から移動式かと思われることもありますが、据え置き型屋台なのでいつでもそこで、近所の鬼たちを出迎えてくれます。

坂田もその一鬼、通い初めてもうすぐ五年。切り盛りしている店主とも気の置けない間柄でした。

「いらっしゃい。あ、坂田さん。こんにちは。いや、もうこんばんはの時間かな」

「こんばんは、おやっさん。もう日ぃ沈みはじめてきましたね。ちょいと肌寒い」

半袖から見える肌をさすりながら、特等席の左端の席に座りました。

「何にします?」

壁に掛けてあるメニュー表を少し見ながら、

「じゃあ、鬼山酒のたまごの黄身割りの上燗。あと卵と厚揚げと大根」

「たまご割りなんてメニューはないよ」

「たまごはあるし、作れないことはないでしょう?」

注文を受けた店主は冷めた目をしながら、温かい鬼山酒に黄身が入った徳利とおちょこ、おでんの種を一つの皿の上に乗せ、坂田の手前に出しました。

「はいよ。黄身割り鬼山酒と、たまごと厚揚げと大根」

「どうも、ありがとう」

おちょこに注いだ酒で口を潤しました。

「もう冬だねえ。足元が寒くなってきちまったよ」

外晒しの屋台でそれを身をもって感じている店主は慨嘆していました。

「おやっさん、今さら嘆くことじゃないでしょう。何十年前もからここで店やってるんですから」

「わかってないなあ。こういうもんは毎回新鮮に感じるのが良いんだ。いいか、新鮮さを忘れないことが若くいられる秘訣さ」

「その説教がなくなればもっと若くなれますぜ」

「月日が経つのは早いなあ」

店主は坂田の話を無視し、ボソっとつぶやきました。

「このおでん屋を構えてからどれくらい経つかももう数えてないしなあ」

「あっという間ですね」

「あっという間と言ったら、人の噂だよな。最近も、いるわけない生き物がいるとかいないとか」

話が急に変わったことに店主の老いを感じた坂田でしたが口には出しませんでした。

「あれですよね、鈴っていう若い女の子がその生物と一緒に目撃されたってやつ。ここに来る途中にもその子のことでいがみ合ってた奴らが、明日その子の家に押しかけて真実を確かめるって言ってましたよ」

「よくやるねぇ。若い鬼は気が向けばどこにでもいけるから、羨ましいよ」

「おやっさんもまだ若いんじゃないんですかい」

坂田が意地悪そうに店主の言葉の端を突きました。

店主はまた無視し、たまごで割った鬼山酒を美味しそうに呑む坂田を見ながら、

「それ、そんなに美味しいかい?」

「とても」

「あんたのバカ口を理解できる日、俺には来ないだろうな。普通に呑むのが一番旨い」

「いろんな味を楽しめるのは若い証拠ですよ。おやっさんもどうですか」

若いという言葉に敏感な店主は坂田に乗せられ一口飲んでみました。

「あ、意外といけるなこれ」

「でしょう?」

坂田は笑いながら、大根を食べました。

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きびだんご 浮遊 @yuyake2you

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