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鬼ヶ島『キノジョウの山』、通称『キノ山』。


一鬼の鬼が声を荒げました。

「あんな美しい姿、まちがえるはずがない!お鈴さんは『オムタロ山』にいた!」

もう一鬼いた鬼が鼻先を尖らせながら、嘲笑を言葉に込めました。

「いや、その日は『オノギの里』にいたんだ。僕はこの目でしっかりと見た。君、変な嘘つかないほうがいいんじゃないか?」

「ちょいと待ってくださいな。あんたたちの話がどっちも正しかったとしたら『オムタロ山』から『オノギの里』まで一日でどうやって行くんですかい?あんな距離、男でも行けないんじゃ?」

二鬼の口論を聞いていた別の鬼が、手に持っていた針で刺すように会話をさえぎりました。

当然ですが、針を持っていることに二鬼は気づいていません。

「無理に決まってる!あんな遠いところ行けっこない!こいつがホラ吹いてるんだ!」

「僕は嘘なんてついてないし、そんな餓鬼みたいなことはしない。正直に誠実に事実を述べているだけさ。天地天明に誓えるね」

「俺だって誓えるぞ!」

お互い自分の主張をぶつけていますが、手は出しません。人間なら、自分の主張が通らなかった時、暴力でケリをつける非道徳的なやり方をする人もいますが、鬼はそんなことしません。なんせ平和主義ですから。見た目の割には冷静なのです。

「これは失礼。わたくし、坂田と申します。まあ、これはあだ名みたいなものなんですが、気に入ってましてね。気軽に坂田さんとでも呼んでください」

針を持っている鬼がパスしているボールを無理やり奪い取って反対方向に投げるように会話を切ろうとしましたが、残念ながら二鬼は坂田の話を聞きません。

「俺は何回もお鈴さんの絵を見に行って、そのたびお鈴さんと喋ってるんだ。見間違うはずがない!」

「君と話してもラチがあかない。僕は直接、お鈴さんのところへ行って真実を確かめてくるとするよ」

冷静な鬼は水掛け論だということに気づきました。

「確かに、ここで言い合ってもしょうがないか。俺も行って俺が正しかったって証明してやる」

冷静な鬼はすぐ行動にも移せます。翌日、真相を確かめるために鈴の住む『シタロ山』に足を運ぶことにしました。

二鬼が帰ったあと、その場に残っていた坂田は手に持っていた針を使い古された茶色い巾着袋にしまいながら独りごちました。

「私は酒でも飲みますかな」

坂田は、近くにある行きつけの酒場に足を運びました。

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