SPARK!~アンプラグド

鉄砲犬

第1話

 どういう訳だろう。俺は人生に絶望し、首をくくったはずなのだが、まだ意識はある。

 深呼吸してみる。呼吸もちゃんとできる。肺の動きにあわせて胸が上下しているのがわかる。

 手も動く。

 おそるおそる目を開けると眩しい、なんだか白っぽい部屋に居た。

「キミはそんなつまらない死に方をするもんじゃないよ」

「イチローか、久しいな」

 皮肉屋だけど物腰柔らかな優男、長髪にニット帽をかぶった姿が懐かしい。

「久しい、か。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「相変わらず難しい表現するよ、おまえは」

「そういうわけでもないさ、的確な言葉を選べないだけでね。語彙力が無いからさ」

「よく言うぜ。とにかく会えて嬉しいよ」

「僕もそう言いたいところだけれども、さっきも言ったとおり、まだキミはここに来るべきじゃない」

「ここってあの世だろ?」

「そうとも言えるし、そうじゃないのかも知れない。そもそも、僕の生死は不明だろ?」

「まあな、隕石が落ちて死んだって話だけれども、俺は葬式にも出なかったからな。すまないな」

「ふふ、キミに来られたら本当に死んだことになってしまうからね、あれで良かったのさ」

「まるで俺が世界の有様を決定しているような言いぐさだな」

「だってそうだもの。“見る”キミが居てこその世界だからね」

「結局俺は、何も見ていないんだ」

「そう、だからもう一度、世界を見て回って欲しい」

「数少ない友達の頼みだ。断る理由もない。どうやら死にそびれてしまったみたいだしな」

「決まりだね。さあ、また旅に出るんだよ、その青い階段を上っていけば現実さ」

「そっちが現実だったらこっちは現実じゃないのか?」

「どうだろうねぇ、現実じゃないこともないけど、あやふやかな」

「向こうの現実だって俺が見ないことにはあやふやなんだろ」

「まあそうだけどね。どちらが現実かを決めるのもキミってことでいいんじゃないか」

「そんな重責を俺に背負わせるなよ、友達遣いが荒いな」

「ふふ、それだけ信頼してるってことだよキミを。おっと、そろそろ時間かな。またどこかで会おう」

「ああ、また……どこかで」

 青い階段を登ると、青空が広がって、頭の上をジェット機が通り過ぎていった。

 騒音が遠ざかると、見知らぬはずなのにどこかで見たような、デジャブを感じる町

街。青い空の遠くに飛行機雲、黒いアスファルト、白い壁の家が建ち並び、立ち並ぶ電柱から電柱や家々に延びる電線が蜘蛛の巣のようだ。

 ふむ、まずはどうするか。

 財布は持っている、幾ばくかの日本銀行券と硬貨、使えるかどうかわからないキャッシュカード、期限がいつかはわからない運転免許証、どこで作ったかも忘れたポイントカード、そんなものが入っていた。

 左手には安物のデジタル腕時計。

 少し逡巡したけど、時計をはずして青空に向かって投げつけた。

 うん、これをしないと何も始まらないからな。


「コマスケ、コマスケったら! 何ぼさーっとしてるのよ」

「んあ? うぇあっ! な、ナギ……」

 若い時分に知り合った少女、本城凪が当時そのままの姿で俺の目の前に立っている。

「おまえ、若返った?」

「はぁ? なに言ってるのぶっ飛ばすわよ、アタシはこれでもピッチピチの女子高生なんだからっ!」

「そうか……これは夢なのかもしれないな」

「夢を見てたのはアンタでしょ。もう、昼間っから頭がぶっ飛んでるわね。ヤバい薬でもやってるんじゃないの?」

「失礼な。キノコは食っても葉っぱやケミカルはやらずというのが俺のポリシーじゃん」

「キノコはいいのね……ま、人の趣味にどうこう言うつもりはないけれど、捕まらないよう程々にするのよ」

「ああ、そんなへまはしないぜ」

「抜けてるアンタが言っても説得力無いのよね~」

 記憶の中での凪はいつも制服姿であったが、今は白っぽい涼しげなワンピースを着て大きめの麦わら帽子をかぶっている。

 そうか、今は夏か……この濃い空の色は夏だもんな。そう言えば俺もアロハにハーフパンツ、サンダル履きという浮かれた格好をしている。

 耳を澄ませば蝉の声、盛夏も過ぎようという一番暑い時期だ。

「こんなところで、お前はなにをしているんだ?」

「何って、入院した雲雀のお見舞いに行く途中じゃない。マジでボケてんの?」

「この暑さだからな……全ては夏のせいだろ」

「早く行くわよ、いつまでも外にいたら茹で上がっちゃうわ」

 汗ばむ凪の首もとは、押さえきれない色気が漂っていた。いいね、こういうのも。

「エロい目で見るの禁止!」

「見てないってば」

「見ーてーまーしーたー! まあ、このアタシの魅力に参っちゃうのは無理もないけど……ほんと、アタシって罪な女だわ」

「ところで、見舞いの品って買ってあるのか?」

「ちょっと行ったところに果物屋さんがあるから、そこで調達してから行こうって話だったじゃない」

「なるほど、早く行こう、確かに炎天下で立ち話するもんじゃあない」

「それもアンタが突然ぼけーっと立ち止まったからでしょ!」

 暑い中を、塀や街路樹の影から影へと照りつける太陽を避けながら少し歩くと古ぼけた果物屋があった。

「へいラッシャイ!」

「見舞いに行くんだけど、適当に見繕ってくれるかしら。ある程度日持ちするのがいいわね」

「予算はいかほどで?」

「せん……三千円で!」

「奮発しましたな」

「さすがに千円じゃショボいもん、もちろんアンタも半分出すのよ」

「わかってますって」

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