到達点(ピーク)に立った少年たち

「あっはっは! ごめんごめん。心配されたくなかったからさぁ」と重たい空気を払拭するかのようにノボルは大きく笑った。


次の日、学校に来ないかと思っていたが、昼過ぎにいつも通りの笑顔でやってきたノボルをみて拍子抜けをした。僕はすぐに聡と紀恵に連絡し、屋上で話し合うことになった。


「もうなるべく大きい声は出さないでください!」と紀恵も大きな声で言った。

「二人とも静かにしようよ」と僕が冷静を装って仲裁に入る。

「あっはっは! 何泣いてるんだよ紀恵」

ノボルは僕の話を聞かずにまた大声で笑った。

「何! はこっちのセリフですよ!」紀恵が目に涙を浮かべて叫ぶ。

「いやだから二人とも静かにしよう」とまた僕が伝えると、自然と全員が静かに笑い出した。笑いが収まると、ノボルが改まって話始めた。

「ごめん。でももう大丈夫。大丈夫だから、また今日から練習頑張ろう」

「昨日……ノボルの母さんから、バンドはもう辞めさせてくれって言われたよ」と聡は小さい声で言った。

ノボルは急に眉間にしわを寄せると「はぁ? 全然大丈夫だから」と苛立ちを隠さず僕たちにぶつけた。

「大丈夫じゃないだろう? がんなんだろ? 死ぬかもしれないんだろ? もう辞めた方がいいって――」と聡が言うのをノボルが遮る。

「大丈夫だって言ってんだろうが!」

ノボルの太い怒声が体の芯まで響く。

「……ごめん。本当にごめん」とノボルが掠れた声で呟くと、紀恵が静かに泣き出した。ノボルも目を潤ませながら、

「母親がなんか言ったかもしれねぇけど、俺はやっぱ皆とバンドがしたいんだ。死ぬかもしれないけど、バンドをやってるときだけなんだ。俺が生きてるのは。死んだ父さんと一緒にいる気分になれるんだ。バンドがやれねぇなら。死んだ方がましだ。結局死ぬんだけどさ。はは」と乾いた笑いをした。

「同情なんてされたくねぇし、そんな気持ちでバンドをやってほしくない。同情でバンドをやらないってことにもしたくない。ただ、俺と、俺らで俺らの世界を変えないか?」と真剣な表情のノボルが霞んでみえる。

「これから先、受験して、いい大学いって、いい企業に就職するのもいいさ。でも、俺らが出会ったこと、俺といる『今この瞬間』を俺の、お前たちの人生の通過点になんか絶対にさせない。あんなことがあったな。あの経験があって今があるなんて絶対思わせない! これからどんなに良い大学いったとしても、良い企業に就職したとしても、綺麗な女と結婚できたとしても! 俺とバンドをしたこと! バンドでしか見れねぇ景色! 興奮! 感動! 『今この瞬間』を人生の到達点(ピーク)にしてやるから!」とノボルは途中で泣きじゃくりながら言った。


「だから一緒に、この夏だけ全力でバンドやろうぜ」と泣きながら笑うノボルの姿に、以前この場所でみた演奏、汗だくのノボルの笑顔がフラッシュバックした。

僕らは泣きながら頷いた。


それから僕たち四人は全員でそろってノボルの母親に頭を下げに行った。「まったくもう」と呆れながら、ノボルが歌うのは本番だけという条件でバンド活動を続けることができた。

僕の母は最後まで反対していたが、父親が夏までの限定でバンド活動を行うことを許してくれた。今まで逆らったことがない僕の初めての反抗に驚きながら、どこか嬉しそうだった。


照明が僕らのバンドを照らした。決勝ステージの舞台はふわふわとした浮遊感があった。重力で倒れそうになる空気の重みも感じた。怒号にも似た声援と、暴力的な拍手。アマゾンに生息する鳥の甲高い鳴き声のような口笛も混じって聞こえてくる。数百人いる観客から目をそらすため舞台中央にいるノボルに目をやると、やっとこの舞台まで来たよと父親に報告するかのように、目を閉じ上を見上げている姿が僕の気持ちを落ち着かせてくれた。そして――


ノボルの弦が有刺鉄線のように荒々しく血生臭いギター音を響かせる。時限爆弾を積んだドラムが時を刻むようにリズムをとると――ノボルの声にならない叫びとともに、どっぷりとした重いベースと僕のギターに引火した。爆発した演奏は拡大を続け、観客は飛び跳ねる火の粉となった。

ノボルの歌声は――怒り、憎しみ、哀しみ、嘆き、喜び、無数の感情が交錯し――乾いた観客は潤いを求めるように、ノボルのさらに乾いた声を求め、炎上していった。

最後のサビを迎えたとき、事件が起こった。赤黒い血を吐いたノボルが、倒れるのを防ぐためにマイクスタンドを両手で強く握る。演出だと思った観客が血を見てさらに発狂する。歌声の出ないノボルが血を垂らしながらマイクに向かって叫んでいる。どうにかしなければと考えるよりも早く、僕は声に出してノボルの代わりに歌っていた。

脳内麻薬が濁流のように溢れ出るサビの高揚感――脳内に響くノボルの歌声が、僕の耳を鼓膜を脳を延髄を心臓を刺激し、観客の歓声と拍手が僕らの到達点(ピーク)を祝福してくれた。


――コンポに入っていたのは優勝特典としてシングルカットされたバンド甲子園のライブCDだった。三分余りの短い時間が、それ以上に短く感じた四か月間の記憶を湧き上らせた。


僕はあの時、確かに人生の到達点(ピーク)にいた。


ノボルを信じて突き進んだ。僕たちの到達点(ピーク)はあの時だけではなかった。


ノボルの、そして僕と聡と紀恵のバンド『THE・PEAKS(ザ・ピークス)』は、今でも多くの人を魅了し続けている。ノボルのギターは何かを変えたい人を勇気づけ、僕の歌声は、あの頃の自分にも届いていた。



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通過点にさせない。ここが到達点(ピーク)だ。 冨田亮太 @kobayashi7

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