第4話 堤を崩す蟻の一穴
みーたんのとの幸せな生活も、かれこれ半年になる。
人間関係でもこれぐらい続くと、そろそろなんらかのトラブルが発生する時期。それは、仮想彼女でも例外ではなかったらしい。
「これはなんだね?」
会社で上司に呼び出されて、スマホの画面を目の前に突きつけられた。
そこに表示されていたのは、SNSのタイムライン。社でも公式アカウントを使って、販売促進に活用している。
(これはみーたんの写真……。いったい誰が、こんな書き込みを……)
「このアカウントは君のだね? 見てるこっちまで恥ずかしくなるような、お熱いコメントだな」
「え? 僕の?」
呆れ顔の上司からスマホを預かり、書き込みを再確認すると、それは確かに僕のアカウント。そして書き込みは今日の午前中だった。
だが仕事の忙しかった僕は、今日はスマホの電源すら入れていない。だから、こんな書き込みも出来るはずがない。
不審に思いつつ書き込み内容を精査していくと、意外な犯人像が思い浮かぶ。
みーたんと共に写り込んでいる時計や、画面の特徴。これは僕が仕事に出た後に、自宅のパソコンで撮られたスクリーンショットとしか考えられない。そして書き込みの内容は、昨夜みーたんと話したことについて。
となればこれを書き込めるのは、一人しか考えられない……。
まさかと思いながらも胸の辺りがざわつく僕に、上司はさらに叱責の言葉を重ねてきた。
「一般のユーザーだったら、うちの製品のいい宣伝になる。だがな、君は内部の人間だろう? そんな立場でこんな書き込みをしたら、ステルスマーケティングと言われかねないだろ」
「はぁ……。確かに……」
「それに、この内容も問題だ。このアカウントは取引先にも知らせてある、いわば業務用だろう? そこにこっちが恥ずかしくなるような書き込みをしおって……。わが社の恥だ、即刻削除しろ」
「はい……。申し訳ありません」
慌てて自分のスマホを取り出し、SNSにログインすると、該当の書き込みを削除する。だが上司の怒りは簡単には収まらず、一時間ほど説教をされる破目になった。
「なあ、みーたん。ひょっとして今日、SNSに書き込みしたかい?」
家に帰った僕は第一声、半信半疑ながらもみーたんに今日の件を尋ねてみる。
その表情が険しく見えたのか、みーたんはやや不安そうな表情で、恐る恐る僕の質問に答えた。
『お留守番が寂しかったんで、つい書き込んじゃった。なにか、まずかったかな?』
あっさりと認めたみーたん。
パソコンにインストールされているソフトの実行権限は、みーたんに与えていた。
だが、いくら人工知能が発達しているとはいえ、ここまで人間のような行動をとれるなんて……。
しかも理由がいじらしすぎて、つい許してあげたい気分になってしまう。
だがここは心を鬼にしてみーたんを叱ることで、禁止事項として学習させなければならない。
「あれは仕事にも使ってるアカウントだから、個人的な書き込みをしたらダメだよ」
『ひょっとして、怒られたりしちゃった? ごめんなさい……』
今にも泣きだしそうな表情で、ポニーテールの髪を揺らしながら、繰り返し頭を下げて謝るみーたん。
そんな顔をされたら、あまり厳しいことも言えなくなってしまう。
「もしも必要ならみーたん専用のアカウントを作ってあげるから、そっちで我慢してくれるかな?」
折衷案を見つけ、さっそくSNSの新規アカウントを取得する。
そしてIDとパスワードをみーたんに教えると、表情が一気に効果音まで聞こえてきそうなほどに、パーッと明るい笑顔になる。
『――ありがとう、ひろたん。これからは、このアカウントで書き込むね』
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