ミルクチョコレート

さば あゆこ

第1話

 _古典の授業って、一番必要ないと思う。

 学生時代の私は、古典の授業を受ける度にそう思っていた。古語とか、書き下し文とか、漢文とか。これから先何があっても使わないでしょ、って。しかし、二年生に進級してからこの考えは改めさせられた。古典の先生が変わったのだ。

 その新しい古典の先生は若い男の先生で、穏やかで授業中よく雑談を挟んだ。私はその先生を見て、この人、古典って教科をよく分かってるなぁって思った。だって、古典は普通は寝る教科だから。前の先生はただ教科書の内容だけを話していて、退屈だった。ほとんどの生徒が寝ていた記憶がある。それを阻止するために、フリータイムをたくさん作って生徒を寝させないようにしていたんだと思う。私はその先生のことが好きで、褒めてもらいたかった。そのため私は、一番苦手だった古典の授業も一度も寝ずに受けた。先生は教えるのもとても上手で古典の面白さを知れた。教科書に書かれてないアナザーストーリーなんて、小説好きな私にとってとても関心があり面白かった。おかげで、テストも結構いい点をとっていた覚えがある。割と、100点近い点数。

 それで私はすっかり自信がついた。前から得意な方だった現代文も授業ちゃんと聞くようにして、家で勉強もした。

 私は主に国語科で、点数がぐんぐん上がっていった。最初から活字が好きだったのもあり、勉強しなくてもなんとなく点数はとれていたが、勉強すれば実はすごく伸びるタイプだったらしい。

 しかし、褒められるためにどんなに頑張っても、古典の先生は一向に褒めてはくれなかった。直球で「褒めて」と言っても、だ。



「将来の進路、どうするの?」「将来なんの仕事に就くの?」

 という質問が訊かれるようになる頃には、私は迷わず答えることが出来るまでに意思が固まっていた。

「国語科の教員になりたいので、教育大学の教育学部で」

 _私も、古典の先生みたいになるんだ。




「先生っ、先生っ!!合格した!合格しました!!」

 合格の報せがきてすぐ、私は先生のところへ駆け叫んだ。先生は小さく驚きの声を上げ、振り向いて私のほうを見ると口角を上げ「おめでとう、一旦おつかれ。頑張ったね」と言った。私はその時の感動を、今でも忘れることはできない。私がぽかんとしていると、先生はポッケからミルクチョコレートを取り出し、私に手渡した。

「それ、俺が一番好きなやつ。頑張ったから特別ね」

 褒めてもらうって目標を忘れてたから、もっとじんわりと胸に響いた。ちなみに、先生が職員室に入った後に嬉しすぎて少し泣いた。



 それから5年後、なんと今私は先生と同じ職場で教員の仕事をしている。再会してから、それとなく「教員になろうと思ったきっかけ先生なんですよ、ありがとうございます」といった主旨を伝えた。そしたら先生は前と変わらない様子で「そっか」とだけ答えた。しかしその顔は少し、嬉しそうな表情に見えた。

 あの時なんで褒めてくれなかったんだとも訊いたことがある。でも先生はそんなの忘れたよ、と逃げるように言った。でも今ならなんとなくその理由も分かった。私はあの時、褒められること_利益だけを目的に勉強してたからだ。将来とか、何も考えないで。


 私の夢はまだ始まったばかりだ。憧れの人に近づくように、超えられるように、憧れられるように。勉強しなくちゃいけないことが多すぎる。

 さぁ、今日も仕事頑張ろう。そう奮起し、ミルクチョコレートを口に入れた。

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