第10話

夕闇に酷薄な月が浮かぶ

夜は好きだった

昼の様に太陽が地を焦がすこともないただそこに静かにあるだけ


怜悧のような寒気をまとった空気でさえ心地よい


ぼんやりと月を眺めていると父を思い出す。

優しくて、美しい

そして

残酷だった。


その存在も。


その娘も。


いや、むしろ残酷だったのは母なのだろうか?

母?


「なんと呼ぶべきなんだろうね‥‥‥生みの親…?かな」


伝えておかなければならない事項は全てパールに話した、幾日後には帰って来る遠征隊を待つばかりとなった


どのみち多くの荷物を運ぶ事はできない最低限の身支度とともにこのコロニーは破棄されるのだ


ここにはたくさんの思い出がある、物心がついたころには大勢の大人が集まってきていた、まだ生まれて間もないコロニーではいざこざや喧嘩もあったがそのたびに父がなだめていた

そうこうするうちに赤ん坊が生まれた、リードやパールもそのうちの一人だ

よく走り回ってやんちゃをしていた


ふわりと笑みがこぼれた


それから間もなく、大人が消えるようになった。あいつらが攫っては実験道具にしていることは明らかだった

父は立ち上がった、いやむしろこのコロニーを建設したころより計画していたのかもしれない

あの巨大な装置を誰に知られることもなく長い月日をかけて作り上げていたのだから‥‥‥


コンコン

鉄扉をノックすると答える間もなく客人が顔をのぞかせる


「悪いな、邪魔するぜ」

「‥‥‥何か用か?」


まったく行儀の無いやつだと内心思いながらも、ザイルに応える


「いやぁさ、ここを出ていこうかとおもってな」


見事な赤髪を掻きあげながら、ばつが悪そうな顔をして見せる


「そうか、なら好きなところへ行くがいい。」

「‥‥‥じゃぁ、まぁ…記憶を消すんだけな?それとこの首輪もとってくれるんだろ?場所はどこがいいんだ?」


「記憶はそのままで結構だ、首輪もリードが認証キーをもっているだろうから外してもらうといいよ

まぁもともとそれには爆弾なんてついていないからね」


仮面をつけていないマザーがくつくつと笑う


「は!?」

「それは、GPS機能がついているだけ、さぁ話は終わりだ。出ていくといい」


マザーが窓に向き直る。その背にはもうザイルは不必要だとありありと浮かんでいる

いや、もともと俺など必要でもなんでもなかった

胸がもやもやする。

なんなんだ‥‥‥言うとおりに働きもしたし、子供等の避難にも付き合ってやった

それだけじゃない、あの襲撃の功労者は間違いなく俺だったはずだ

なのに引き留めもしないのか


「!!」


自分の心の声に驚く

これじゃぁまるで‥‥‥!


「なんだい?まだ何か用が?」

「――――っ!」


そう言って不思議そうに顔を傾けたマザーの表情にひゅっと喉が震える

今までどうして何事もなくいられたんだろうか、柔らかそうな髪に色素の薄い肌

均衡のとれた顔立ちに濃い木々のような碧の瞳、顔半分を火傷で覆われたそれでさえ美しく見える


思わず瞠目する


一気に身体が蒸気したかのようで戸惑う


「‥‥‥じょ、冗談だ。」

「は‥‥‥?」


思いっきり顔を歪ませたマザーが怪訝そうに聞き返してくる


「何の冗談なんだろうね‥‥‥遊びに付き合ってやれるほど暇じゃない、さっさと出て行ってくれ」

「あ‥‥‥あぁ‥‥‥」



「‥‥‥おやすみマザー。」




どれくらいの間、放心していたか知りたくもないが

あいつが部屋を出ていく際に、なにやらもじもじしながら おやすみと言った

思わずぶるりと寒気が走る


「何か良くないものでも食べたのか、それとも先日の戦いで頭でも打ったのか‥‥‥?」


これから起こる戦いの事を考えるだけでも頭が痛いのに、さらにザイルの行動に悩まされるなんてまっぴらだ、頭からザイルのことを締め出そうと決めた


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


ザイルの一室


薄っぺらな毛布を頭からすっぽりかぶって枕に顔を沈めた男は呻いている


『俺ってああいうのが趣味だったのか!もっと考えろよおれ!』


そういってあらとあらゆる女性を想像してみてもまったく揺れない自分にまた藻掻く

考えれば考えるほどに、マザーの事ばかり頭によぎる

何時間もそうこうしている間にふと心にひっかかっていた事が思い出される


『記憶はそのままで結構だ――――――』


なんでだ?



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世界の終わりで君と生きる 波華 悠人 @namihana

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