第9話

コンクリート壁の一室、唯一の窓から朝日が差し込んでいる

その光の中でちらちらと輝き揺れるのは微細な塵だ

それの行方を途方もなく追いかけるマザーの前でベッドで項垂れるパールは嗚咽を漏らしていた


「そ…んな……まだ私では…っ」


背を丸くして膝をかかえるパールを見向く事もなくマザーは静かにそして言い含めるように話す


「よく考えてごらん、ここはもうだめだ――――外壁は殆どが破壊され修復は無理だろう。動くなら今がいい東部遠征から戻ってきたら年長者を対象に有志を募る

けれども君とリードは参加を許さない、君たちにはすべきことがある。

 わかるね?」


「わっわかりません!なぜなんです!?わたしには貴方のような力もないのに!」


泣きながらマザーに縋る。きしむイスに座ったマザーは微動だにしない


「力か‥‥‥どうなんだろうね、本来人間が備えるべきものなんだろうか?」


パールの頭をそっとなでる


「昔の人々は力などなくても、地を耕し生命を育て繁栄してきたというのに、今の人々は力を持てども衰退していく一方で何も生み出せない、争い奪い合う

わたしはね、無くしたいんだこの世界を」


勢いよく顔を上げたパールは泣きはらした顔を驚愕にそめる


「‥‥‥マザー‥‥‥?」


その頬にそっと手をあてる


「まっさらにして次の世代に運命を委ねたい。それは過酷で残酷だろう

このコロニーで育った子供達もはたして生き残ることができるだろうか‥‥‥それでもこの星にこれ以上に生き残る術はもうないだろうと思わないかい?

水を撒こうとも植物を育てる土壌すら年々と減り続け、海だったそこには砂漠が進む

この星はもう何かを育む力をそれほど残しているとは思えない」


「‥‥‥そ、そんなのもう人間の力でどうにもできないじゃ……」


「地殻変動を起こすほどの衝撃を加え、強制的に活動状態に陥らせる」

「地殻、変動?」


しばらくの沈黙の後にさらにマザーがぽつりぽつりと話し始める


「星に巡るマグマの流動を促し、地を海に海を陸に。大昔この星はそうやって幾多の生命を生みだしてきた、それを強制的にするんだよ

もちろん‥‥‥今生きている人々がどのような状態になってしまうかはわからない」


途方もない話をされたパールはなかば茫然とそれでも恐怖のためかわなわなと震えているマザーの服をにぎったその指先は白くなっていた


「わたしたちは‥‥‥どこへいけばいいんですか‥‥‥?」


はじめてマザーの眉尻が下がり、哀しみをたたえた瞳がかすかに揺れる


「ここではないどこかへ‥‥‥」


そういって頭をなでるマザーをみてパールは思い知った

ここは‥‥‥いやどこへいこうとも安全な場所などないのだ‥‥‥

この方はどこまでだって本気なのだと


パール達を思いやる心も

子供達を愛する心も

そしてそれら全てを捧げても星を再建するという心も


なんという愛、そしてすさまじき執念


パールは生まれて初めて恐怖と畏敬を抱いた

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