第8話

最近では慣れてきた朝の食事に今日もパールの姿は無く、仏頂面のリードがてきぱきと配膳を任されている。


「……」

「……なんで、俺のだけこんなんだよ」


トレーにのせられた皿には遠慮がちにあるポテトにパンだけだ


「みんな同じ物を食べているが文句があるのか」

「あるに決まってるだろうが!俺よりチビの方が量がはるかに多いぞ!」


隣にいたレイヤのトレーを指差す、レイヤは冷ややかな目線を送りながらにやりと笑う


「レイヤは育ち盛りだからな。文句があるならそれを完食してから並び直せ。」

「そうだぜ、並び直しな」

「レイヤ覚えておけよ!」


三人のやり取りに周囲の子供起ちも笑いあう


ザイルは席に着くとふと壁際で食事をとるマザーに気が付いた。ここに来たときにからあまり接点はなかったがあの襲撃事件からはなおさらに避けられている気がしている


じっとその様子を伺っているとはたと目が合う。

さっと目線を逸らしてしまった


俺はなにをやってるんだ‥‥‥


ガタリと席を動かす気配とともにマザーは配膳を片付け食堂を後にしていった


マザーの背中を見送ってはぁっと深い溜息が漏れる


気まずい思いをしているのは何も最近に限ったことじゃない、最初っからだ、どうもこうも身を置きにくいならさっさと記憶を消してもらってここを出たほうがいいに決まっている

ただ、あの事件から言い出す機会がないだけだ


今日とて瓦礫を片付けるという地味な仕事をこなし、食べて寝る

身を落ち着かせるという事は実につまらないもんだ。旅をしてその場限りを楽しむ

それでよかったはずなのに、何はともあれ食べるに事欠くようになってそこに舞い込んだ夢のようなコロニーに浅はかにも飛び込んだ始末がこれだ


何も考えず、他人にも介入せず、心を移さない。それが世界で生きていけるルールだとそう言い聞かせていた

はずだった

柄にもなく他人の行動がいちいち気になる


『ねぇここから逃げたい?』


頬杖を突きながら肩できっちり切り揃えた黒髪がさらりと揺れる

目の前の机の上でこちらに微笑むその女はめずらしい紫の瞳でこちらに問いかけている


『逃げてもいいのよ、だって貴方は歪だもの』


機械化された右腕がひどく疼く


『ぼくはここ以外でどこでどうやって生きていったらいいかわからない…』


はっと隣を振り返る

幼い自分がそこで座っている

細すぎる体は太陽を浴びていないせいか真っ白だそのせいで真っ赤な髪はまるで血をかぶったようだ、目だけがぎょろりと大きくて薄気味悪い


『どこでだっていいじゃない?だって生きているんでしょ』


よくとおる声でまた目の前に視線を戻す


だがそこには、ぼろぼろのイスがあるだけ、その向こうは打ちっぱなしのコンクリート壁があるだけ


「あ‥‥‥夢?」


どちらが夢だ‥‥‥?

幼い俺が夢を見ているのか?


「なぁ大丈夫かよ?」


思わず体を硬直させる

声の主であろう隣の席の人をじっと凝らしてみる


「なぁ‥‥‥あんただいじょうか?」


真剣な顔をして覗き込む少年に自分が白昼夢を見ていてこちらが現実だとやっと思い知る


「‥‥‥あぁ…?何ともない‥‥‥」


何事もなかったように食事を続けようと意識する

馬鹿げてる、あれは過去だ。何で今頃思い出す!?何もかも捨てて生きてきたはずじゃないか‥‥‥!


そうだ…ここに来たのがそもそもの間違いだったんだ‥‥‥

早く出よう、ここでの記憶もさっぱり消してもらって旅を続けるんだ


ザイルの蒼白な横顔にレイヤが心配をかけていたのを知ることはない


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