第4話
僕はある仮説を立てた。それは、『僕が組織の人間である』というもの。
記憶を敵の攻撃によって失ったのではなく、 長谷や来海たちの手によって記憶を消去された。
なんでそんなことをしなきゃいけないのかっていう理由はわからないけど。考えられるのは、僕をスカウトしたかったとか、どうしても邪魔だけど殺すわけにいかなかったとか……剣呑な話だ。
『協会』は善の能力者団体だという話だが、そんなのは長谷が言っているだけで、実際は『組織』の方が良い団体だということもあり得る。そもそも善悪なんて、見方によっていくらでも変わるのだから。
喉にこびりついたコーヒーの香りを払拭するために水をがぶ飲みし、飲みすぎて気分が悪くなったのでもう一回吐いて、しばらく休んでから部屋の外に出た。
出るなとは言われてないし、別に構わないだろう。
まるで、記憶喪失という壁で囲まれた部屋に閉じ込められている気分だ。その部屋には小さい穴が開いていて、そこから手紙が差し込まれてくる。しかし、その真偽の判断は全くつかない。
僕は一体、誰を、何を信じればいいんだろう。
廊下には誰もいなかった。まだ10時ごろなはずなのに、非常灯しかついておらずかなり暗い。節電か?
あてもなくフラフラさまよっていると、聞き覚えのある声が聞こえてきて、思わず足を止めた。
「……大丈夫だよ。コーヒーに睡眠薬混ぜたし、疲労と合わさって今頃ぐっすり寝てるって」
自販機が何台か並んだ、ちょっとした休憩スペースに、長谷と来海がいるのが見えた。とっさに身を隠し、耳をそばだてる。
「上手くいくかな……こんな作戦」
「上手くやるしかないでしょーが。名取くんの能力が必要なんだから」
自分の名前が出てきて、思わず声を出しそうになった。
「でも、ほんと無茶苦茶な作戦だわね。記憶喪失に見せかけて仲間に引き込むって。絶対そのうちバレるじゃん」
「まぁ実際一年分の記憶はないから、辻褄は合うんじゃないか。何せ、一年間ずっと眠ってたんだから」
……あぁ。そういうことか。
記憶を失ったのではない。元から、去年一年の記憶なんてないのだ。
いや、でも待てよ。じゃああの、見覚えのない僕の写真はどうなる。
それに、一年間ずっと眠っていたにしては、リハビリもなしに今日歩けているのはおかしくないか。
「一年間は、来海くんが憑依してあいつの体使ってたじゃん。証拠写真もそれで撮ったし。それじゃダメなの?」
「俺が他人の体に憑依できるのは、十分間だけだからな。いくら名取の能力が強力でも、十分しか使えないんじゃ十全に発揮できない。……仲間に引き込むより、確実な方法だとは思うんだけどな」
「うんうん、かなり厳しいよね。名取くん、組織とも協会とも関係ない一般人だったんだし、いくら能力が強くっても、戦う度胸があるとは思えない」
「そこは上手く誘導するしかないな。正義感をあおるとか、使命感を与えるとか……協会が、別に正義の集団でもなんでもないってことがバレたとき怖いけどな」
「まぁ、その時は、本当に記憶喪失になってもらえばいいでしょ」
カチャン、とゴミ箱に缶を捨てたような音がした。
「いくらでもやり直しは利くじゃん」
……すべて。すべてではないかもしれないけど、理解した。
目がちかちかして、立っていられなくなった。壁に寄り掛かって、そのままずるずると座り込む。
一年だ。たったの一年。僕にとってはほんの一瞬。
それだけの時間で、どれほど遠くまで来てしまったんだろう。
この記憶喪失の部屋を出ても、僕はまた部屋に戻されることが決定している。
それなら、僕は。
記憶喪失の部屋 真樹 @masaki1209
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