第2話 ゲートキーパー狩り

この魔力の持ち主は何者なのだろうか?


微かな花のような芳香を持つ魔力。その持ち主を捜し求めて、もう何年になるのだろう。


ユリウス・ヴィクトリアヌス II世、こと、魔王ユリウスは、その魔力の持ち主が女であることを知っていた。顔も年もわからない、美しい魔力を纏う娘。


ユリウスが知っていることは、その魔力の持ち主の女に、自分が惹かれ恋い焦がれていると言うことだった。


─ まだ顔も見たことがない娘だと言うのに。


ユリウスは腹の中で、自分に対して苦笑いを向けた。宮廷では、女など幾らでも吐いて捨てる程いる。けれども、ユリウスが心の底から興味を惹かれるのはこの娘だけであった。


異世界へ亡命したはずのゲートキーパー、通称、「クロノスの門番」。


「扉よ、開け」


今日も、微かなクロノスの門番の魔力を感じ、ユリウスが魔力を使って命じれば、そこにぽっかりと空いた空間が現れた。それは異世界へと通じている。


そこは、一切の魔力のない世界。魔法の変わりに、機械が人間の用を足す慌ただしくて、殺風景な場所だ。灰色のガラスとコンクリートで出来た建物が乱立し、空気は汚れ、その世界の気は乱れている。


無機質な機械立ちが従者の役割をこなしてはいるが、そこを行き交う人間は、せかせかとして、まるで己自身が機械のように身を粉にする。


ユリウスの目には、その世界がとても奇妙で殺風景に映る。王族の追求の手を逃れ、リュージュとミユは早々と異世界へと逃げたようだが、今、ユリウスは彼らの魔力を切実なほど必要としていた。


強大な力を持つ魔王である自分。けれども、クロノスの門番たちの魔力は、ユリウスの魔力とは一線を画する。この世界の瘴気を浄化出来るのはクロノスの門番のみだ。


瘴気のよどみが早く、ユリウスでさえ手がつけられないほどに広がっている。早く娘を見つけてこちらの世界につれて来なければ。


開くように命じた扉から感じる魔力は、いつにまして、強い。


─ 今日は、娘が残した魔力の残渣が一段と際立っている。これなら、娘を見つけられるかもしれない。


ユリウスは、形の整った唇を軽くほころばせ、満足げに微笑む。

ユリウスは、整った顔立ちに 、闇を思わせるような深い紫色の瞳。女たちはユリウスを一目見るなり、蕩けるような笑顔を浮かべるのだ。自分が醜い男でないことをユリウスは知っている。


―何がなんでも見つけてみせる。王宮へ召し上げてみせるぞ。


扉から異世界へと行こうとした時だった。 


「また、異世界へ行かれるのですね?」


側近のラファエロがユリウスへと問う。


「ああ、何が何でもゲートキーパーを見つけなくては」


 父であった前魔王が交代するときに、王位継承権をめぐり、大量のゲートキーパー、通称、「クロノスの門番たち」を巻き込んだ泥沼の争いになった。そのために、主要なゲートキーパーたちは、王位継承権の戦いの犠牲になり、そのほとんどが命を絶ってしまっていた。


「クロノスの門番たちも、今や圧倒的な数が足りておりませぬし。何とも愚かな結果になったものです」


「本当にその通りだ。おかげで、この時代になってこんなに苦労するとはな」


ユリウスは、忌々し気に口を開いた。


「早いうちに手を打たなければ、瘴気の循環量が増え、手に負えないことになりそうですね」


ラファエロは、尊敬にも似た眼差しで、目の前のユリウスを見つめた。王の中の王、と呼ばれるくらい、器が大きく、堂々としている魔王ユリウス。


「本来のゲートキーパーの仕事は、王位継承権の争いに加担することではない」


「仰る通りです。陛下」


そんなラファエロに、ユリウスは苦々しげに言う。


「全く、皮肉なことになったものだ。クロノスの門番のトレースは、王族にしかできないとはな。 そのために、ゲートキーパーたちは命を落として行ったと言うのに」


ユリウスは、口元は形よく締まった口元に、皮肉は笑みを浮かべていた。魔王になってからと言うもの、皮肉な笑いをすることが多くなったような気がする。


そもそも魔王国は、魔力が自然に発生する場所に位置する。自然界から立ち上ってくる魔力, 瘴気とも言うが、その影響をうけて、人間も、動物も、植物までもが魔族化する。その瘴気を、「クロノスの門番」と言われるゲートキーパーが管理し、適切な量の魔力が循環するように調整するのが、ゲートキーパーの本来の役割なのだ。


「重要な役割を持つゲートキーパーが、今では、魔王国に両手の指で数えられるほどしか残っておりませんしね」


「ああ、なんとか不足しているゲートキーパをいかに補うかが、悩みの種だな」


そうして、ゲートキーパー不足の対策をどうしていくのか、悩みに悩んだ後で、老人たちの話に聞くところによれば、20数年前、王族の権力争いを忌み嫌い、数人のゲートキーパーは、異世界へと亡命していたそうだ。


「亡命したゲートキーパーを連れ戻しに行かれるのでしょう?陛下」


「ああ、その本人か、その子孫を回収して、本来の役割を果たさせなくてはならぬ。特に・・特にだ、ゲートキーパーの中で、中心的な役割を果たした伝説的な力をもつった存在、「リュージュ」と「ミユフィア」の二人は絶対に欠かせないだろう。年にすれば、もう50近いだろう」


そうやって、ゲートキーパー狩りを初めて、すでに数人は確保していたが、絶対数的にはまだまだ足りなかった。


魔王国の中では、魔力が漏れ出すゲートの調節が十分にできず、危険な魔物や、エネルギーの不安定さから、いろんな問題が持ち上がっていた。


「・・・この魔力を感じるか?」


ユリウスが、ラファエロに問えば、彼は顔を横にふる。


「いいえ。陛下。私には全く何も感じないのです」


「そうか」


最近、魔界に、少しずつではあったが、ゲートキーパーの力によるものと思われる異世界への「通路」ができていることは知っていた。興味本位で、それをたどっていくと、いつも同じ世界に到達する。おそらく、未熟なゲートキーパーが力の加減ができていないせいだろうと思った。普通、「通路」は、役目を終えれば、閉じておくものだからだ。それが、開いたままになっているのだ。ただ、その通路が、時間によって、閉じたり開いたりしているのが不思議なことなのだが。


(リュージュたちが、この世界にいるのは間違いない。)


ゲートキーパーが開いた「通路」は、一年から二年に一度移動する。場所は違えど、同じ世界につながっているのだ。そこから、魔力の残渣を追っていくのだ。


「では、行ってくる。後を頼むぞ」

「はい、お任せください。陛下」


ラファエロに見送られながら、開いた通路に足を踏み入れる。異世界の人間に見つかると厄介なので、姿が絶対に見えないように自分自身に術をかけてある。万が一、術が抜けて見られてもいいように、念のために、服装を整えてあった。


最近、またゲートの出口が変わったようだ。いつも、うっすらとゲートキーパーの残渣を感じるのだが、ふとした時に、それが途切れてしまい、捜索を困難なものにした。


それに・・・ユリウスは、宮廷内で未だにくすぶる王位継承権争いについても、懸念していた。ユリウスには弟が二人いる。第二王子のロレンツォと、第三王子のラティファだ。


ユリウスは、正妃から生まれた嫡子だが、ロレンツォと、ラティファは、側妃の生まれだ。ラティファはまだ6歳だし、その側妃の母親はすでに他界しているから、なんら問題はないが、ロレンツォの母親は未だに生存している。ロレンツォを次期魔王として、相当期待していて、未だに、ユリウスの命を狙っていた。


ロレンツォも、虎視眈々を王位を狙っているはずだ。


・・・おそらく、ユリウスの両親と、ラティファの母親を抹殺したのも、ロレンツォ絡みの誰かだろう。


しかし、証拠がつかめない。


しかし、そんな内輪の争いより、優先させるべきは、ゲートキーパーを呼び戻して、循環する魔力の量を調節させることだった。


異世界への通路は確保できているのに、肝心なゲートキーパーの所在がつかめない。


花のような芳香を放つ媚薬のような魔力を持つ女。


ユリウスは、今も探索を諦めてはいなかった。

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