お隣は魔王様

中村まり@「野良竜」発売中!

第1話 プロローグ 逃亡者たち

「ミユ、一緒に逃げよう」


リュージュは、妻のミユの耳元で、必死になって囁く。最近の魔王国は、王位継承権を巡って、王族が剣を交え、毎日のようにどこかで戦が起きている。その火の粉がいつか自分たちに向って降りかかってくるのでは、とリュージュは懸念していた。


自分達は、クロノスの門番という名のつく魔族だ。時間や空間を操る魔力は、王族の格好の手駒となる。


ゲートキーパーと呼ばれる特殊な能力をもつ魔族。 


それは、空間と空間をつなげ、時を支配し、正義の力を持つ者たち。クロノスと言う時を司る神から特殊な能力を授けられた一族だった。


魔族と言う魔力を纏う者が集う魔族の国では、魔力量がモノを言う。


そして、王族は、最強の魔力を誇る一族だ。そして、現魔王が交代することになれば、必ずや王位継承権をめぐって、血みどろの争いが繰り広げられるのだ。


クロノス神の力を授けられたゲートキーパーを得た王族は、王位継承権で圧倒的に有利になる。


二人の子供を身ごもっているミユのお腹ももう目立つほどに大きくなってきている。


─ 王族の手から、自分達は逃げ切れるだろうか。


そんな不安が常にリュージュの脳裡をよぎる。


「俺たちのようなゲートキーパー(門番)は、王族のターゲットになりやすいんだ」

「そうね。今の情勢を考えたら、逃げたほうがいいかもしれない」


ミユも同じ考えだった。正義を司る神力を、政治の駒に使われるなどまっぴらだ。


それに・・・ミユはお腹の中にいる子に思いを馳せた。


ゲートキーパー同志の「番(つがい)」から生まれる子。普通、ゲートキーパー同志では、番にはならない。その例外中の例外が自分たちだった。


ゲートキーパーとして最強の能力を馳せるリュージと、それに近い能力をもつミユ。二人は、惹かれあい、お互いに結ばれた。生まれてくる子が、史上最強のゲートキーパーになるかもしれないと言うリスクは、常に承知していた。その子の能力は、きっと神に近いものになるだろう。


王族がそれを放置するとは思えなかった。絶対に、目を付けられるだろう。そして、王族の血みどろの争いに幼い子が巻き込まれるなどと言うことは、絶対に避けなければ。


ミユも、同じ様に感じていた。


「いいことを考えついたんだ」


リュージュが得意げに言う。


「異世界へと逃げてしまえば、誰も追ってこれやしないさ。例え、それが王族でもね」


ふふ、と笑うリュージュをミユは信頼した目で眺めていた。


「そうね。あそこなら、絶対に追って来れない。空間のゲートをこじ開けられるのは、クロノスの門番である自分達だけだもの」


身重になりつつあるミユも、ほっと安堵のため息をついた。異世界に逃げてしまえば、絶対に安全だ。


二人は簡素な身支度を整え、空間のゲートを開いた。持っていた魔力で、自分たちの姿を変えた。黒髪、黒い瞳、移住先の国に馴染めるように。


生まれてくるこの赤ちゃんの安全のために・・・


空間を開き、その中へ二人は身を投じた。平和で、安全な国へと―



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