第21話 国粋公社【フィードバック】
同期生が集まっているテーブルに顔を出す前に一息つこうと、シュウサクはプラカップにサーバから木香茶を注いで飲む。木香茶特有の鎮静効果のある香りが鼻から抜けて気持ちが少し落ち着いた。続けてもう一杯。
カップをゴミ箱に捨てて振り返ると、すぐうしろにジョウワ教官が立っていた。目が合う。叱責されるに違いないという予感がありつつも、会釈をしてその場を立ち去ろうとしてみる。しかし、案の定、呼び止められた。しかもご丁寧にこれだけ大勢の人がいるなかオープンチャネルのまま話しかけてくる。
「一八七番。なぜ呼び止められたかわかるか?」
ジョウワ教官はシュウサクをにらんだまま短くそう訊いた。シュウサクは気まずさに思わず目を逸らす。
ジョウワ教官は背が低く、腹も肥えてだらしない風体にもかかわらず、他の教官にはない凄みを持っていて、
「はい」シュウサクはラウンジにいる同期生たちの顔が自分に向けられているのを感じながら返事をする。「先ほどの演習で自分の班の先駆けをうまくマネジメントすることができず、何も指示ができないまま本人が飛び出してしまうような事態を招きました」
「なぜあのような事態に陥った?」
「あの質量炉には返しがついていました。質量炉の早期破壊と人命尊重という二つをうまく両立する方法がないか考えてしまった結果、判断が遅れました」
「失態はそれだけではない」
「はい」そう応えつつ、シュウサクは何のことを言われているのかすぐに思い当たらなかった。
「援軍への連絡も致命的に遅かった」
シュウサクはしまったと思う。すっかり頭から抜けていたが、援軍への退却連絡漏れは完全に彼の個人的なミスだった。
「先駆けも援軍も一八七番からの指示がなかったために自己判断で動かざるをえなかった。もし実戦だったならば命を落としてもおかしくない状況だ。しかも彼らは指示を受けないまま勝手な行動をとったかどで軍規違反として戦績の一部が評価対象外の扱いになってしまう。お前の行為は、彼らの勇敢な精神を貶める行為だった。そうは思わないのか?」
「思います」
「ひとつ前のケーススタディでは状況判断もはやく、指示は適切だった。一方、先ほどの演習ではまるで別人のようだった。どうしてあのようなことが起きる?」
「もうしわけありません」まさか予習していた騎譜じゃなかったからとは言えない。
「一八七番のように戦績にムラのある戦闘員をわれわれは好まない。単に能力がないだけならばわれわれはその者を能力がないなりに適切に配置する。逆に能力の高いものにはそれ相応の役割を担ってもらうわけだが、一八七番のようにムラがあると、リスクが高すぎてうまく使うことができなくなってしまう。そのことはわかるか?」
「わかります」
「もう一度訊くが、なぜさっきのようなことが起きる?」
「さっきの演習ではうまく集中できず、よけいなことをいろいろと考えてしまいました。それであのような判断の遅れが生じたのだと思います」
「戦地においてはよけいなことを考えずに心で戦うことが最重要であるとまずはじめに軍規で教わったはずだが、ちがうか?」
「ちがいません」
「下級戦闘員が交戦中に無い頭を絞ろうとすることは職務怠慢に等しい。この星の戦闘員にもっとも大切なのは、尊い精神だ。お前にはそれが欠けている」
「お言葉ですが」とシュウサクは反論する。「私はただ『質量炉の早期破壊』と『人命尊重』という二つを両立させたいと思っただけなんです。職務怠慢でも精神性が欠如していたわけでもないと自分では思っています」
教官の怒りの波動が伝わってくる。シュウサクは、今ジョウワ教官の目を見たら平静でいられないと思い、視線を団子鼻に集中させてしのいだ。
「目の前に質量炉があるならばそれは一刻もはやく破壊しなければならない。待っているあいだにも大勢の仲間が命の危機にさらされているのだ。そして、仲間の大いなる犠牲には最大限の敬意をもって対応すべし。万が一にも人命尊重との両立などとたわごとを考えているべきではない。これは戦闘員の心構えとして基本中の基本でもある」
「失礼しました」
「一八七番には実技演習よりも、座学だ。もう一度基本精神を叩き込んで来い」
シュウサクは自分のターミナルバンデイジに四百時限分の座学補修が追加登録されたのを確認し、心のなかで舌打ちをした。
教官が立ち去ると、待ってましたと言わんばかりに同期生が何人か近づいてきた。みんなニヤニヤしていてあきらかにからかう気でいる。
「さっきはとんだ災難だったな」
「まあ自業自得ではあるけど」シュウサクは嘯く。
「ジョウワ教官は一度目をつけられるとしつこいからな。おまえは完全にロックオンされたな」
「やめろよ」
「チャネル完全開放でお叱りだったわけだから公然とロックオンを宣言したのと同義だろ」
みんなが口々に好き勝手なことを言う。さっきは知らん顔していたくせに、その実みんなしっかりと聞き耳を立ててやりとりを受信していたということだ。
「まあ気を落とすな。そういうこともある。今日は夜呑みにでも行こうぜ」
同期生の一人が気を遣って呑みに誘ってくれる。シュウサクは「ありがとう」と礼を言いつつ首を振る。
「こんなことだろうと思って今日はすでに呑む約束を入れてきてあるんだ」
「さすが仕事がはやいな」
そう言って同期生たちは笑った。
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