第17話 パンスラヴ社【PDCA】
「どうしたものかな」
シレジアは腕組みをしたままぼやく。いきなりのことにどう対応していいかわからず、途方に暮れていた。
スロヴィオにとってもこのパターンははじめてだった。そもそも非戦闘員である彼女にとって、銃で撃ち合うことは通常業務の範囲外だ。どう動くのが正解なのかまるで見当がつかない。
「あのコンテナの影まで移動しよう」
唯一の軍人であるブニェヴァツは二人を促し、とりあえず身の安全を確保する。
連続的な機械音。機械油が熱によって酸化した臭い。ヒトの気配はない。
三人はコンテナの影で射筒を握りしめたまま様子をうかがう。どこからどう攻めてくるだろうか。なんとなく、ソシュールが先に仕掛けてくるだろうという予感が三人にはあった。そしてその予感は的中する。
三人が身を隠しているコンテナを回り込むようにしてベルトコンベアが流れている。その上を大きな木箱がいくつも近づいてくるのが見えた。三人は射筒を構え、あやしい雰囲気を漂わせているその木箱に狙いを定める。しかし、木箱は木箱のまま三人の前を通過して工場の奥へ流れていく。
「思わせぶりな」
シレジアがそう言って射筒を降ろす。ふいに、先頭の木箱のフタが開き、射筒を持った手がにゅっと伸びて弾を撃ち込んできた。三人はすぐさまコンテナの後ろに回り込んで応戦する。危険を察知したソシュールは手を引っ込めると、木箱のフタが閉じ、木箱ごとそのまま奥へと消えていった。
「あぶなかったですね。三人で固まってるところを狙い撃ちされました。それぞれわかれましょう」
スロヴィオが提案し、三人はその場から離れる。おたがいの姿は見える程度の位置で待機して、ふたたびソシュールが仕掛けてくるのを待つ。
彼女は柱の陰に身をひそめながら、自分がソシュールだったらどう考えるだろうかと想像する。自分はひとり、相手は三人。弾数では不利だ。しかし、自分はこの工場のつくりをよく知っている。だとすれば、一度に三人を相手にするのではなく、地の利を活かして一人ひとり潰していく方が正解だ。つまり、三人がバラバラになってはいけない。
二人に声をかけようとすると、すでにそのことに気づいたのか、ブニェヴァツがこちらへ向かって走ってくるのが見えた。あとはシレジア。
「すいません、こっちに来てください!」
スロヴィオが声を張りあげる。シレジアが渋い顔でこちらを見る。用心深くまわりを見回してから、彼は立ちあがってこちらへ向かおうとする。ガンという大きな音。何かと思って彼はくぎ付けになる。次の瞬間、油圧シャーリングの影から姿を現したソシュールによってシレジアは狙い撃たれ、頭からスライムを垂らした姿のまま力なく首を振った。
「おそかったか」スロヴィオと合流したブニェヴァツはそうつぶやくと、彼女の肩を叩いて走り出す。「あっちの送風機の近くへ、急げ」
二人は走り、巨大な送風機の裏手に回る。息を切らすスロヴィオ。さすがにブニェヴァツは軍人というだけあって身のこなしが軽いなと彼女は思う。まったく呼吸を乱している様子はない。
送風機からは生産ラインの機械を冷やすために勢いよく冷たい風が吹き出している。台座にレバーがついていて、風の向きを調整できるようになっている。ブニェヴァツはさっそくレバーをいじると、送風機の向きを変えて一番近くの柱に向かって風が当たるようにした。
「ここは意外と死角だ。来るとすればあそこしかない」とブニェヴァツは言う。
「なるほど」
ブニェヴァツの言うとおり、そこはベルトコンベアやコンテナから少し離れていて、工場のなかをよく見晴らすことができる場所だった。しかも巨大な送風機が盾の役割を果たしてくれている。相手が身をひそめられそうな場所といえば大きな柱くらいで、そこにだけ注意を払っていれば不意打ちを喰らうことはない。がまん比べになってしまうとめんどうだが、ソシュールは仕掛けてくるだろうというのが二人の読みだった。
二人が送風機を盾に様子をうかがっていると、柱から人影が出てくるのが見えた。すかさずブニェヴァツは引き金を引く。送風機から噴き出す強力な風によって弾が加速する。命中し、人影が転がる。仕留めたと思ったらただの自動人形だった。
「弾を無駄に消費させる気かも」
スロヴィオが指摘すると、ブニェヴァツは「二度は通用しない」と言い切る。
ブーンという羽音のようなノイズが聞こえてくる。何事かと思って二人が射筒を構えると、柱の影からホバーカーゴが姿を現す。二枚扉のかご台車を思わせる機体の底面に回転翼が内蔵されていて、浮遊しながらこちらへ向かってくる。工場内を巡回監視するための乗り物らしい。ホバーカーゴには自動人形が乗っていて、中空に浮かんだままゆっくりと近づいてきた。
「たんなる巡回監視員に見えるけど」
スロヴィオの発言にブニェヴァツはどうかなと首を振る。念のため二人はレバーを動かしてホバーカーゴに送風機の狙いを定める。
「これを用意しておくといい」
ブニェヴァツが近くに放置されていた折り畳み式のパイプイスを手に取ってスロヴィオに渡す。そしてブニェヴァツ自身もひとつ自分の手元に手繰り寄せる。
ホバーカーゴが送風機からほんの数メートルまで近づいたとき、カーゴから射筒を持った手が伸びてきて、二人を上空から狙い撃ってきた。降り注ぐ弾。二人は手元のパイプイスを盾に応戦する。しかし、放たれた弾はカーゴに命中するばかりで、なかに身を潜めているソシュールにはまるで脅威になっていないようだった。分が悪い。送風機のおかげで弾の軌道をいくらか逸らすことに成功してはいるが、このままではソシュールの弾を防ぎきれず、二人とも撃たれてしまう。
「あとは任せた」
ブニェヴァツはスロヴィオに射筒を放り投げる。戸惑いながらも彼女は放り投げられた射筒を受け止める。ソシュールの放った弾が降ってくるなか、ブニェヴァツはパイプイスを両手で掴むと送風機の前まで飛び出し、全身の力を込めてホバーカーゴに向かって投擲する。投げ切った瞬間、ブニェヴァツは被弾し、そのままゲームから降りた。一方、投擲されたパイプイスは送風機の風に乗り、勢いよくホバーカーゴの回転翼に直撃する。カーゴが浮力を失い、バランスを崩して地面に落下した。
スロヴィオは送風機の陰から飛び出すと、二丁の射筒を撃ちながら落下地点へと走る。ソシュールはもげた自動人形の腕を盾にしながら走って逃げていく。
ソシュールは稼働中のベルトコンベアに飛び乗る。運ばれている荷物に身を隠しながら射筒を撃ってくる。スロヴィオも二丁の射筒の一方でソシュールの弾を受けながらおなじベルトコンベアに飛び乗った。荷物を盾に応戦する。弾数では彼女の方が有利だ。
ベルトコンベアを飛び移りながら、二人は工場の奥へと移動していく。撃ち合いを続けているうちに、いつしかソシュールはまるで射筒を撃ってこなくなっていた。どうやらそろそろ弾切れらしい。
スロヴィオは今乗っている高速コンベアがそろそろ終着地点にたどり着こうとしていることに気づく。この大きなカーブが終わったらその先はない。そこまで来たらソシュールは飛び降りなければいけないが、降りた先に身を隠すところはどこにもない。その瞬間、ありったけの弾を撃ち込んで仕留めようと彼女は思う。
ソシュールが荷物の陰から顔を出し、高速コンベアの終着地点を目で確認する。苦々しそうな顔。自分の末路に気づいたらしい。もう遅い。あと五秒。四、三、二、一、今だ。
ソシュールが脚に力をため、力いっぱいジャンプする。スロヴィオは立ちあがり、落下予測地点に向けて二丁の射筒を構える。その時、ソシュールが射筒を持っていないほうの手で終着地点の柱に設置されていた赤いボタンを押すのが見えた。足元に衝撃が走る。身体がバランスを崩して前のめりになる。高速コンベアが急停止したのだと気づいたときには彼女はすでにそこから転げ落ちていた。
床に転がったスロヴィオは、急いで体勢を立て直す。視界の端に走り寄ってくるソシュールの姿が見えて、焦る。慌てて射筒を向けると、飛んできた弾が射出口に直撃し、そのまま左手の射筒が弾き飛ばされた。右手の射筒を構えようと持ちあげるがふたたび手に衝撃が走り、もう一丁の射筒も弾き飛ばされる。弾き飛ばされるときに射筒がバンという大きな音を立てた。
両手を床についたまま座り込むスロヴィオ。その目の前でソシュールは射出口を彼女に向けて立ったまま薄笑いを浮かべていた。
「勝負あり」
ソシュールはそう言うと、出力最小でスロヴィオの左肩を撃った。彼女の肩からスライムが血のように垂れる。
「惜しかったね、あと一歩のところで力及ばずって感じかな」
勝ち誇った顔でうれしそうに話すソシュールに対し、スロヴィオは「どうでしょうね」と応える。
「ん?」
眉をひそめるソシュール。自分の勝利に疑いの気持ちがよぎる。次の瞬間、ソシュールの頭に落下物が直撃し、スロヴィオとおなじように赤いスライムが垂れた。
「射筒を弾き飛ばされる直前に上に向けて一発撃っておいたの。Uターンしてきた弾が君を直撃したというわけ。これで引き分け」
ソシュールは頭についたスライムを忌々しげに払う。
「たしか私たちは負けなければいいっていう約束だったよね。今回は引き分けだから約束通り、対話に参加してもう。いいわね?」
ソシュールは悔しそうな顔をしながらもおとなしく首を縦に振る。
「奥の事務室に行こう。そこで話すよ」
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