第7話 パンスラヴ社【定例ミーティング】

「彼らは個人としてではなく、社の一員として物事を考えます。自分に与えられた役割。そのなかでどうふるまうべきか。個人の自由意思は社というシステムのなかにうまく落とし込まれ、洗練されたかたちで表現されます。定められた枠組みから大きく逸脱することは決してありませんし、社員自身がそれを望まないでしょう。彼らを攻略するうえで、鍵となる人物は存在しない、というのが私の見解です。特定の個人ではなく、社の総意を知ることが彼らを攻略する一番の近道だと考えます。以上です」

 スロヴィオは一息つくと、演壇のうえに両手を置いた。大理石の冷たさが手のひらに伝わってきて、火照った身体に心地いい。


「それでは、第八号議案に対して質疑のある方、ご発言をお願いします」

 議長団の一人が発言を促す。

 それを合図に、スロヴィオは傍聴席へと目をやる。

 演壇を囲むように半円形に配置された傍聴席。そこには軍事副顧問や開拓局長といったお歴々が二十人ほど揃っている。戦略協議室全体が薄暗いせいか、彼らの表情ははっきりしない。


 一刻もはやく帰りたかった。

 スロヴィオにとって、週に一度の定期戦略予備会議がもっとも気の重い仕事だった。会議資料を準備する手間や登壇の緊張感、指示事項を全うしなければいけないプレッシャー。どれをとっても苦痛でしかない。せめて何も質疑がなければいいのに。

でも、演壇と傍聴席の間に浮かんでいる核晶フルスターリを見る限り、その望みが叶えられる見込みがないことは明らかだった。紫色の光が渦巻いているということは、傍聴者の心が疑念に満ちている証拠だ。

 視界の右端に淡い光。

 見ると、席上に置かれていた「蠟燭ろうそく」に火が灯っていた。灯火の向こうに、フェイスガードのように無表情な顔と補助脳インプラント施術のせいで肥大化した後頭部が浮かびあがる。


「中央幕僚副長、ノヴゴロド」

 議長団の一人が指名する。

「今の話を言い換えると、国粋公社の意思決定者と交渉を図ろうとする作戦行動はそもそも成立しないということかな? 判断できる人間がいなければ交渉にならないのは当然の道理だ」

 左端の蠟燭が灯る。

 顔に派手に保護テープを巻きつけているのが見える。今回本社から派遣されてきた兵甲省直属の役付軍人だ。先の戦闘で顔にケガを負ったのだろう。戦闘は熾烈を極めたという噂だったが、あながちデマではなかったらしい。


 兵甲省特派大使ブニェヴァツ、という議長団の言葉に被せるようにして、ブニェヴァツは「それはちがう」と言った。

「社としての総意が末端まで浸透しているのだとすれば、わざわざ意思決定者を探し出すまでもないということだ。捕虜一人捕まれられないからといって手をこまねいてる必要なんかなかったんだ」

 中央の核晶が紫から真っ赤に変わっていく。二人の激しい怒りの感情に呼応している。

 中央の蠟燭に火が灯り、軍事副顧問の名前が呼ばれる。

「国粋公社に交渉が通用するかな?」

「開拓局特任主査、スロヴィオ」

 議長団に呼ばれ、スロヴィオは三者を見やりながら回答する。

「そうですね、もし交渉という行為そのものが社への背任行為だという共通認識があった場合、難しいと思われます。敵の捕虜になるくらいであれば自決するよう教え込まれているくらいですから、あるいは交渉のテーブルに着くことそれ自体が敵前逃亡に等しいとみなされる可能性はあります。しかし、直接彼らと対話したわけではないのでそこは何とも言い難いところがあります」


 国粋公社の戦闘員を捕虜として身柄確保する試みはこれまで一度も成功していなかった。彼らを捕獲するのは、飛翔するミサイルを爆破させずに手に入れるのに等しい。それにせっかく捕らえても、彼らは自分が絶体絶命だと悟るや否や、進んで自ら命を絶ってしまうのだ。


「軍事副顧問、ポラーブ」

「社の総意を知る手は?」

「開拓局特任主査、スロヴィオ」

「リーバイ社の人間と対話ヂアロークするなかで、ひとつ国粋公社を識る重要な手がかりとして『騎譜』の存在を確認しています。彼らは過去の自分たちの戦いを網羅的に記録していて、彼らはそれを譜面のような形で残しています。それが騎譜です。彼らは過去の成功事例と失敗事例を極端に気にしていて、騎譜はいわば指南書の役割を果たしています。騎譜の研究が進めば、いわゆる社の総意を理解することができると推測されます」

「中央幕僚副長、ノヴゴロド」

「そもそもリーバイ社の人間を信用していいのか疑問だ。捕虜である自分の立場が悪くならないように、リップサービスをしているだけのように思えて仕方ない」

「開拓局特任主査、スロヴィオ」

「彼らとの対話は深層心理層で行われています。彼らが損得勘定によって嘘をつくことはできません」

「軍事副顧問、ポラーブ」

「騎譜について詳しく聞くことはできるかな?」

「開拓局特任主査、スロヴィオ」

「先程お伝えしたとおり、対話は深層心理層で行われています。深層心理層から有益な情報を引き出す作業は簡単ではありません。『ホムンクルス』を捕まえておなじテーブルに座らせてから根気強くこちらの意図に沿うように誘導しなければいけない。被験者への精神的負担が大きいので、一度にかけられる時間も限られている。とても時間のかかる作業です」

「中央幕僚副長、ノヴゴロド」

「我々が悠長に構えていられる時間がないことは理解してくれているかな? 本社はいつ資源が枯渇してもおかしくない状態にあるんだ」


 スロヴィオは静かにうなずく。

 パンスラヴ社は資源を求めていた。設立から約千年。植民した惑星の鉱物資源や水資源はすでに底をつきかけており、近傍の衛星に頼っていた金属資源も終わりが見えていた。このままでは社の存続が危うい。

 三○○年前に始まった「本社移転」計画は、そんな絶望的な状況を何とかしようする試みだった。しかし、探索船による移転候補地の選定は難航し、一〇〇年ものあいだ目立った成果を上げることができなかった。いくつもの宙域をさまよい、ついに二○○年前発見したのが、パンスラヴ社とおなじように企業国家によって統治された星が集まる「六連星プリヤードゥイ」だった。豊富な天然資源と企業資産を手に入れるため、パンスラヴ社はすぐに六連星と交戦状態に突入した。

 二○○年にわたる交戦の過程で、もっとも外周に位置するリーバイ・ディベロップメント社の実効支配に成功したパンスラヴ社は、続いて国粋公社への接触を試みている。しかし、この一〇〇年、両社の戦績は膠着状態のまま、一進一退を繰り返しており、一刻もはやい事態の打開が必要だった。


「開拓局特任課長、シレジア」

 スロヴィオは後ろを振り返る。上長のシレジアが演壇まで近づいてくる。白い海員制服の胸に社章の世界樹が浮かび上がる。スロヴィオの横に並んで立つと「わかりました」と応えた。

「次回の定期戦略予備会議までには、騎譜について分析の目途をつけておきます」

 スロヴィオは心のなかで舌打ちをする。シレジアが自分の所掌で安請け負いするならかまわないが、リーバイ社の人間と対話するのも、騎譜の分析を行うのも結局はこっちなのだ。


 演壇と傍聴席の間に浮かぶ核晶がゆっくりと赤紫色から白色へと移り変わっていく。傍聴者の心に渦巻いていた疑念が霧散していく。今日はここまでか。

「第八号議案に関して、その他質疑のある方は、ご発言をお願いします」

 議長団の人間が発言を促す。

「異議なし」

 傍聴者の複数名が発声する。

「確認します」

 議長団の人間が宣言する。傍聴席の蝋燭は消え、彼らの顔はふたたび曖昧になる。

「第八号議案について、異議がないことを確認し、ここに了承したいと思います。よろしいでしょうか」

 傍聴席からの拍手。

 ようやく、今日の会議が終わった。スロヴィオは大きく深呼吸する。実際は心痛の種がなくなったわけではなく、次回に先送りになったに過ぎない。それでも、とりあえず今日この瞬間をやり過ごしたことにほっとする。

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