第6話 国粋公社【所定労働時間内勤務】
右舷二○○の位置に複数の有機体反応。ピングを打つが、応答なし。こちらからの規定通信に応答しないということは、有機体の正体は敵戦闘員ということだ。
シュウサクはもう一子の
破壊された隔壁の数が二桁になったあたりで網膜上のビーコンディテクターに目標の質量炉が表示された。幸い、道程上には目立った敵勢力は存在しない。外周で活動していた船員はみな後方に避難してしまったようだ。全速前進。距離二〇、一〇、あと一枚。最後の隔壁を破壊すれば、質量炉を備えた動力室のお出ましだ。
広さ五〇平米くらいの空間に荷箱が積み上げられている。終身雇用契約を結んでいるのだろう、質量炉保全技師たちは防護衣をまとったまま、逃げ出すこともできずに積荷の陰に隠れるようにしてうずくまっていた。戦うことも逃げることもできない臆病者。
先駆けの三子が飛翔速度を上げようとしたその瞬間、壁の色が一瞬暗くなった気がした。ナカノが計測器に目をやる前にシュウサクは後方から声を上げる。
「『
飛び出した三子のうち、異変を感じ取った一子は踵を返して部屋の外に抜け出そうとする。しかし、残りの二子は一秒近く反応が遅れた。そして、それが決定的な差になった。
部屋の天井と床が白い光を放ち、局所的に重力場が発生する。部屋の中心に規定された「消失点」に向かって霧揉み状に回転しながら、二子はすごい勢いで吸い寄せられていく。消失点まで行きつくと、くの字に折り曲がった身体は擂りつぶされ、二子とも消滅した。
「重力場、解除」
殿のもう一子がターミナルバンデイジの拡張子を変更し、パンスラヴ社のコンソールを代理権限で操作、罠を無効化する。これで質量炉保全技師どもは裸の王様だ。あらためてシュウサクは怒りに震える。逃げようとする保全技師たちを残さず引き裂くと、返り血もぬぐわないまま、二・一・一に隊列を組みなおすよう指示を出す。
四子は艦体の中心、動力源である質量炉を目指し、動力室の奥へと進む。積荷を破壊しながら最深部へ。保全技師の姿がまるで見えない。まさかさっき始末した数十人がすべてではあるまい。彼らはどこへ消えてしまったのだろう。
「最終防護壁を確認。この壁の向こうが質量炉だ。どうやらわれわれの班が一番乗りらしい」
「おまかせあれ」
先駆けの二子が腕を振り下ろす。防護壁が砕けて人が通れるほどの穴が開く。四子は質量炉へと飛翔する。白い靄のような気体が充満していて視界が悪い。保全技師の姿はなく、やけに静かだった。質量炉が稼働する重低音だけが響いている。
「この霧、遮蔽効果がやけに高い。測量データがオールフラットだ」
ナカノの一子があきらめた口調でつぶやく。
シュウサクは、艦内に侵入した他の仲間がどうしているか戦況を確認しようとしたが、通信はすべてエラーになってしまった。もちろん本部との交信もできない。こうなってしまっては、現場ですべてを判断するしかない。もう一子の殿にも相談してみるが、手を出していいものか悩んでいるようだった。
動力室には、中央で稼働する球体の質量炉のほかに、発生エネルギーを動力に変換するための大型タービンや廃熱を二次利用するための蓄熱層が並んでいる。ベントがうまく働いていないのか、部屋のなかは異様な熱気に包まれている。白い靄が立ち込めているせいで、まるで水蒸気が充満しているような錯覚をおこしてしまう。
巡洋艦の心臓部ともいえる質量炉はそれ自体では何の防御機構も持たないため、手鎖を一振りすれば容易に破壊することが可能だ。しかし、質量炉のなかには壊れた時に過冷却誘導物質と反応して動力室を丸ごと氷漬けにしてしまう、いわゆる「返し」がついているものもあり、注意が必要だった。そして、この白い靄の正体こそ過冷却誘導物質なのではないかとシュウサクは心配していた。
「はやく破壊指示をください」
「今がチャンスです。目の前に質量炉があるんですよ」
先駆けの二子がイラついた様子でそう言う。シュウサクもチャンスが目の前にあることはわかっている。しかし、いや予感がした。
「返しがついているかもしれない」
シュウサクがそう言うと、先駆けの二子は顔を歪める。
「だからどうしたと言うんです? ついていようがいまいが、私たちは炉を破壊する」
「私たちが返しをこわがっていると考えているならそれは侮辱です」
二子とも今にも食って掛かってきそうな勢いだ。
「軽率な行動は軍規でも厳しく制限されている」
もう一子の殿が助け舟を出してくれる。
「保全技師どもを連れてきて炉に放り込みましょう。そうすれば我々が直接手を下さなくても罠を炙り出すことができます」
ナカノの一子がそう提案しても、先駆けの二子は首を縦に振らなかった。
「意見が割れた時に大切なのはディスカッションで決めていくことだ。もう一度目的と論点を整理しよう」
シュウサクが話し合いによる解決の重要さを説くと、先駆けの二子はうんざりした顔をする。
「時間がない」
「今にも追手が来てしまうかもしれません」
今こうして議論していること自体が時間の無駄だと言わんばかりだった。
「返しをおそれているんですか?」
「ちがう。社にとって正しい判断をしようとしているだけだ」
「わかりました。私は私の判断で行きます。隊列を乱したのは私の責任。それでいいでしょう」
先駆けの二子のうち、しびれを切らした一子はそう言い放つと、シュウサクの制止を無視して飛び出していく。中央で稼働している球体の質量炉に手を下す。防御機構のない質量炉は戦闘員の一撃で外殻を失い、自重によって自身の機構を保てなくなる。圧力容器がひしゃげ、制御盤が真っ二つに折れる鈍い音がする。そのまま皮がむけるように瓦解した。
次の瞬間、艦体全体が揺れた。キーンという金属音。
「返しだ!」
シュウサクたちは質量炉を破壊した戦闘員を振り返ることなく、動力室を飛び出す。部屋の中央にいる彼が絶対に間に合わないことは火を見るよりも明らかだ。むしろ自分たちだって間に合うかどうかあやしい。
動力室が過冷却誘導物質によって一瞬で凍り付く。黒衣越しに背中や足先を強烈な冷気が襲う。おそらく、質量炉を破壊した彼は氷漬けになったまま床に落下し、粉々に砕けてしまったはずだ。
冷たさが痛みへ変異し、心配が焦りへと変わる。手遅れだっただろうか。
四子は動力室を抜ける。危機一髪。身体はすっかり冷え切っていて、震えが止まらない。
「通信が回復した!」
ナカノが声を上げる。残りの三子もすぐさま受信用のチャンネルを全開放する。
――総員退避。繰り返す。総員退避。時間二〇――
シュウサクは顔をしかめる。二〇だって。ギリギリ間に合うかどうかじゃないか。
作戦が成功したのか失敗したのかもわからないまま、彼らは最短距離で艦外へ出る。振り返ると、質量炉を失って航行不能になった護衛艦の姿があった。いい気味だ。
見渡すと、自分たちが破壊した一隻に加えて、もう一隻の護衛艦もすっかり機能不全に陥っているらしいことを確認できた。あれではもう使い物にならない。作戦は成功したと見える。しかし、さっきまで護衛艦の傍にいたはずなのに、肝心の巡洋艦の姿が見当たらなかった。が、気にしている暇はない。残り一〇を切っている。
哨戒艦から放出された回収艇。飛翔していた戦闘員たちが次々と白いカプセル状の回収艇に吸い込まれていく。シュウサクたちもその一つに潜り込むと、生体認証によってリターンプログラムを作動させる。回収艇はゴケに向けて緊急発進した。
――六、五、四、三――
カウントダウンが聞こえる。残り一を切ったところで四子を載せた回収艇はゴケに滑り込んだ。
「一一〇六。九班、帰艦し――」
――総員退避!――
ゴケが大きな音を立てながら揺れる。シュウサクは艦内から外を見やる。行き場を失って漂っている回収艇や飛翔する戦闘員の姿。間に合わなかった者たち。あと一時間もしないうちに彼らの電力は底を尽き、宇宙空間にさまよう藻屑の一部となるだろう。
彼は自分の両手を見つめる。手にはパンスラヴ社の保全技師を引き裂いた時の返り血が赤黒くこびりついている。今回も綱渡り状態だったがどうやら自分は生き残ったらしい。手が震えている。幸い、ゴケが振動しているおかげで他の戦闘員に気づかれる心配はない。
大きく息を吐きながら、今日の仕事ぶりははたして人事評価にいい影響を与えることができたのだろうかとシュウサクは考える。部下との意見の衝突をディスカッションで解決しようとする試みはうまくいかなかった。常識的に考えて、部下をうまくマネジメントできない人間が中級戦闘員に適していると会社が評価するとは思えない。
――転送開始――
艦体が指定軌道線へ向けて下降する。繰り返される到着予定座標のアナウンス。シュウサクはモヤモヤと渦巻く後悔の念を追いやって、転送先の座標を頭のなかに思い浮かべる。確率の向こう側に命を奪われるのはぜひとも避けたい。
艦体が白い閃光を放ちはじめる。徐々に意識が遠のいていく。ゆっくりと死んでいくような気持ち。でも、まだ死ぬわけにはいかない。彼は目をぎゅっと閉じ、意識を帰還予定座標に集中させる。大丈夫。やるべきことはわかっている。
艦体は白光と白熱に包まれ、消えた。
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