第5話 国粋公社【業務計画】

 シャトルで移動すること五分。天元てんげん基地に到着したシュウサクは、入退館ゲートにターミナルバンデイジをかざして勤怠ログをつけると、指示通りに司令部第二部門の管理する四階ストラテジーホールへ向かう。ホールから続々と出てくる戦闘員たち。五分おきに入れ替え制で作戦内容の事前案内が行われていて、ちょうど前の回が終わったところのようだった。彼は階段状の可動式観覧席に腰掛けると、受領したデータを網膜に展開しつつ、師団長である上級戦闘員ユキジルシによるアナウンスに耳を傾ける。


 三分で事前案内が終了すると、戦闘員たちは労災保険における特約事項にサインをし、そのまま作戦本部のある建物を出て軌道車輛でゴケの発射場へと向かう。軌道車輌の窓からは地下の格納エリアから運ばれてきたゴケが発射地点にいくつも並んでいるのが見える。ゴケの直径は六百メートルをゆうに超え、内部には戦闘員を敵艦隊に送り込むためのタブレット《輸送艇》がブレード状に一〇艇おさめられている。特殊な塗料でコーティングされた真っ黒な艦体は日の光を完全に吸収し、目視では空間に黒い穴がぽっかりと開いているようにしか見えず、楕円体の立体構造を確認することはできない。


 発射場の床面に白い塗料でナンバリングされた「0」から「9」の数字。軌道車輌は「5」と描かれたエリアで停車すると、戦闘員を残さず吐き出した。

 戦闘員たちは慌ただしくゴケに乗り込むと、それぞれ自分が割り振られたタブレットへと向かう。シュウサクも自分の船へと急いだ。持ち場に到着し、安全ベルトを締めながらまわりに目をやる。ターミナルバンデイジを使って職位データを確認してみると、どうやら下級戦闘員ジツヨウのなかでも職位の高い連中が積み込まれたゴケに自分が載っているらしいことがわかった。少しほっとする。臨時招集時にどのゴケに載るかは運でしかない。初陣組が集まったゴケに載ったばっかりに命を落とした同期生も少なくなかった。


 ゴケのメインエンジンが稼働し、艦体が指定軌道線を目指して上昇する。ジーエフ素材の座面が臀部のかたちに合わせてゆっくりと変形していくのを感じる。しかし、いつだって座面が尻にフィットした試しがない。その前に「転送」が開始されるからだ。今回もそう。あとテンカウントで指定軌道線に到達する。転送後の座標軸が繰り返しアナウンスされる。聞き飽きたが、気を抜いてはいけない。気の緩みは即、死に直結する。


 初陣組で多いのが、転送の瞬間命を落としてしまう者だ。戦うことばかりに気がいっていると、皮肉にも戦う前に死ぬことになる。

 ゴケには国粋公社が誇る波動転写エンジンが搭載されており、艦載エネルギーと乗員の「意識」を掛け合わせることで、目的地へのいわば「瞬間移動」を可能にする。

 しかし、波動転写エンジンはあくまでも意識の増幅装置でしかなく、それ自体がナビゲーションシステムの役割を果たすわけではない。だからリスクもあって、もし波動が収束するまでのあいだに意識が乱れた場合、乗組員の肉体と精神を完璧な形で新天地に転写できずに損なうことがある。どこをどう損なうかは確率と確率のあいだで起きる出来事だから一概には言えないが、心が空っぽの状態で肉体だけ転写されたり、右半身だけ転写されてしまったりする悲劇は日常的に発生していた。

 転送の時、乗組員は一糸乱れることなく、目的地の座標を意識していなければいけない。軍規第一条に規定されている「戦闘員は戦闘時における過去、現在、未来の座標を常に頭に叩き込み、これを失念することなきようにする」という言葉は決して大げさではない。自分の居場所をしっかりと認識することは自分の命をつなぎ留めておくことに直結する。


 艦体が大きく振動。いよいよ転送がはじまる。目をつぶって目的地の座標を強く意識する。閉じた瞼の向こうが白い閃光に包まれる。そしてホワイトノイズ。首筋にじんわり熱を感じたと思ったら、殴られたような衝撃が全身に伝わって、そのまま意識は確率の彼方へ消滅する。


 気が付くと、艦体は敵艦隊が待つ接続宙域へ転送が完了していた。五体満足。転写はうまくいったらしい。偏光分離素材でできたゴケはハーフミラーのように艦外から中を見ることはできないが、逆に艦内からは外の様子をうかがい知ることができる。眼下にスズメバチの巣を思わせる艦影が見えた。巡洋艦だ。すでに先発隊とのあいだで激しい交戦が繰り広げられているのか、巡洋艦のまわりで白い花火のような光が明滅している。


 アラート。パンスラヴ社の護衛艦が近づいてきている。艦載カメラの映像を捕捉すると、三角錐の艦体を回転させながら禍々しく赤い光を放っている護衛艦の姿がはっきりと映っている。中級護衛艦二隻。火力十分。単なる巡洋艦の護衛にしてはぶっそうだ。どうやら重要な資源かなにかを送り届けるつもりらしい。


 ゴケに積載された下級戦闘員の数は一五〇子もく。臨時便なので中級戦闘員はいない。戦闘員は全員、黒衣くろづくめに身を包んだまま出撃命令を待っている。シュウサクはこの時間が一番嫌いだった。怒り。不安。緊張。いろいろな感情が沸き立っているにもかかわらず、じっとしていなければいけない。心臓が悲鳴をあげるかのように早鐘を打っている。大きく深呼吸。その時、艦内に最新の座標情報がアナウンスされる。

 敵艦までの距離、六○○。艦内にビープ音が鳴り響き、次の瞬間、二度目の転送が行われる。


 護衛艦の直上に発現。眼下にいやらしい三角錐の艦体が見える。護衛艦は発現を見越していたかのように、艦首から重力等価砲を打ち込んできた。反応がはやい。しかし、その程度はこちらも想定済みだ。重力等価砲が撃ち込まれる数ナノセカンド前、黒衣に包まれた戦闘員はもれなく、タブレットごと護衛艦に向けて撃ち込まれていた。重力等価砲をかすめた影響による弾道のズレを自動修正しながら距離を詰めていく。距離四〇、三〇、二〇、一〇。着弾。

 轟音と衝撃。

 シュウサクを載せたタブレットが護衛艦の防護機構である通称「浮袋」に突き刺さる。タブレットは瞬時に泡状分解し、一五〇子の戦闘員を浮袋の内側に吐き出す。


 黒衣に身を包んだ戦闘員は両手両足の手鎖ニギリを使って飛翔し、護衛艦を取り囲む。回転する艦体に向けて、手鎖を最高出力にしたまま突っ込む。加速度が最高到達点に達した時、戦闘員たちの身体は白光に包まれる。彼らが振り下ろす腕は研ぎ澄まされた刀となり、彼らが身体ごと突っ込めば、それは放たれた弾丸と同義となる。


 浮袋さえパスしてしまえば、疑似ポリマーに似た素材でできた艦体にはほとんど防御能力はない。やろうと思えば手鎖を操る戦闘員は思いのままに艦体に穴をあけることができる。その代わり、外壁面の自己修復速度はとんでもなくはやい。もし時速二○○キロ以下で中級護衛艦に突っ込んでしまった場合、外壁面の自己修復速度は戦闘員が艦体を貫くスピードを上回ってしまう。つまりは壁に塗りこめられてしまうというわけだ。


 シュウサクは時速二九〇キロを超える速度で艦体に突っ込む。自己修復する壁に追いつかれないよう、決して速度を緩めずに貫ききる。まずは艦内への侵入に成功。この時点で彼は軍規にのっとり、戦況の確認をした。

 重力等価砲をかわして浮袋の内側まで到着できたタブレットは八艇。

 思わず舌打ちをする。二艇のタブレットが重力等価砲をまともに喰らってしまった。乗組員は船ごと消失し、別の宇宙へと葬られた。

 艦内への侵入に成功した戦闘員は現時点で七〇。半数以下だ。それでも、統計的に見ればまずまずの数字だった。敵艦内掃討段階にある戦闘員たちの現在地点がマッピングされる。すぐさま、近傍の戦闘員同士で隊列を組んで質量炉を破壊するよう本部から指令が出る。


 シュウサクは薄緑色の気体が充満した通路を飛翔し、近傍にいた五子の戦闘員と合流した。瞬時にお互いの原票データをやり取りし、階級順に三・一・二の隊列を組む。シュウサクは六子のなかでもっとも高い階級だったため、班長として作戦行動の実務責任を負うことになった。全員のデータをまとめて、本部に対して行動計画書の提出を行う。

「一○○四。九班、作戦行動開始します」

 本部に送った行動計画書が即時に受領され、「行動開始せよ。健闘を祈る」といういつもの定型文が返ってくる。

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