第4話 国粋公社【サービス残業】

 互先たがいせんで話せる相手か。父の言葉をシュウサクは頭のなかで反芻する。

 おなじ下級戦闘員ジツヨウの同期生ですら周回遅れにするつもりなのに、準戦闘員を対等に相手してて大丈夫だろうかと不安になってしまう。

「そいつと話してほんとうに有益な情報が得られそう? 自分とちがう視点を持った相手とコミュニケーションを取ってみよう、みたいな自己啓発ならご遠慮願いたいところだけど」

「そんなヒューマンスキル研修みたいなことを言うつもりはありません」と父は断言する。「直接的かつ実際的な情報です」

「望むところだね」

について教えてもらうといいと思います」

「キフ?」

 それは何かとシュウサクが問いかけると、父はお望みの品ですと請け負った。


「軍部局では、すべての作戦行動を記録しています。自分たちがどういう戦い方をし、それに対して敵がどう応戦してきたかを罫線の引かれた図面に数字や符号を使って記録したものが騎譜です。うまくいった作戦行動をとして参照できるようにすること、うまくいかなかった作戦行動の何がよくなかったのかを後から検証できるようにすることが目的です。社は騎譜をとても重要視していて、諜報局のなかには、採譜や騎譜の検討を専任する部隊もいます。そして、諜報局には過去二○○年分の騎譜が蓄積されています」


 知らなかった。「軍事戦略概論」の講義で過去の有名な戦闘についてはひと通り知識としては教わってはいるが、それでも局所的な戦術について解説を受けたにすぎない。そっくりそのまま後から再現可能な形で特定のフォーマットに記録されているとは初耳だった。

「騎譜のデータベースは中級戦闘員ツキジルシ以上の職位を持った者でないと閲覧アクセスできないよう権限が設定されています。権限を持っていないシュウサクが知らなくても当然です」

「全戦闘員に対して開示されていない理由は?」

下級戦闘員ジツヨウにはよけいな情報だと幹部は判断しているんです。彼らは、まず新人は頭で考えるよりも身体で覚えるのが先決だと信じて疑いません。頭を使うのは中級戦闘員以上になってからでじゅうぶんだと考えています」

「あまく見られたもんだ」

 口では悪態を吐きながらも、シュウサクは自分の鼓動がはやまっていることを意識する。騎譜は同期生から頭ひとつ抜け出すためにうってつけの素材だ。相談してよかった。


 彼は、実は父の存在こそが自分にとっての切り札なのではないかと思う。一番身近なところに入神まで登り詰めた元戦闘員がいて、いつでも相談できるというのはこれ以上ないアドバンテージだ。


「騎譜のことは、ありがとう。そもそも、俺以外にこの茶室を訪ねる奴がいるってのが驚きだったけど」

 シュウサクはこの茶室にほかの人間がいるのをほとんど見たことがなかった。父が気を使って、彼が茶室に来る時にはほかの社中の人をシャットアウトしていたのかもしれない。

「この茶室も微力ながら人の役に立っているということです」

「名前は?」

「名はインセキ。少し難しい性格ですが、話せばその明晰さがわかるはずです」

 網膜にブルーのライトが点滅する。父から限定公開タグ付で情報が転送されていた。

「助かるよ。俺は――」

 アラートが鳴る。第一種警戒態勢。どうやらパンスラヴ社が接続宙域に入り込んできているらしい。

「失礼、ちょっと行ってくるわ。出撃だ」


 シュウサクは立ち上がって黒衣くろづくめの電源をスタンバイ状態からアクト状態へ切り替える。次の瞬間、まるで繭に包まれるようにして、黒い「隔壁」が全身を蔽う。ぱっと見はフルフェイスマスクをかぶり、真っ黒いライダースーツを着込んでいるように見えるが、黒衣は宇宙空間を飛翔する戦闘員の身体を真空や紫外線、敵の攻撃から保護し、推進装置兼兵器である両手両脚の手鎖ニギリを活性化させる紛れもない戦闘服だった。


「今日は公休では?」

「そうだよ。でも、最近評価制度が変わってね。休暇のときこそがチャンスなんだ」


 同期生のなかには休日は黒衣を見るのもいやだと言って遠ざける人間も少なくない。しかし、相手はこちらの勤務状況にあわせて攻めてきてくれるわけではない。シュウサクはたとえ休みの日でもすぐに臨戦態勢に移行できるよう、常に黒衣を装備するようにしていた。


「しっかりと心身を休ませないと、命を縮めますよ」

「大丈夫。一勝負してきたらちゃんと休む」

「お気をつけて」

「いってきます」

 茶室を出る。有事用エレベータでタワーヴィラの一階まで急速降下し、そのまま外へ。大通りに停車している軍専用緊急シャトルに乗り込み、コンソールにアクセスする。認証OKの表示がディスプレイに表示され、自動運転モードでシャトルは動き出した。


 地下の防護層へとゆるゆる移動を開始する準戦闘員の住民たち。焦る様子はまるでない百十年前に六連星のもっとも外周を回っているリーバイ社がパンスラヴ社に実行支配されてからというもの、にあるこの星では頻繁にアラートが鳴るようになった。はじめは競い合うように防護層へ避難していた人たちも、今ではすっかり馴れっこになってしまって、まるで緊張感がない。ストライダーで遊んでいる子供たちは逃げようとすらしていなかった。


 シュウサクは手首に巻いたターミナルバンデイジ社用端末を使ってイントラネットに接続すると、現状の確認を急いだ。交戦速報によると、どうやら巡洋艦一隻と護衛艦二隻が警戒宙域を超えて接続宙域を侵犯しているらしい。おそらくアギトプンクト軍事拠点に向かっているのだろう。天元てんげん基地で警戒にあたっていた仲間たちは敵艦隊の迎撃に向けてすでにゴケで出発したはずだ。臨時便で出撃するとなれば、おそらく護衛艦の放逐と先発隊の後方支援が主任務になるだろう。

 シュウサクはすぐさま出撃登録申請を行う。

 網膜にオレンジのライトが点滅する。さっそく出陣登録申請に対する仮承認通知が来た。思った通り、与えられた任務は護衛艦の放逐。これなら活躍の機会は大いにあるとみていい。


 三か月ほど前、全戦闘員宛てに通達改正の連絡があり、下級戦闘員の人事評価制度見直しが伝えられた。これまで公休時の出撃は「実地研修」の位置づけであり評価項目から外れていたのだが、改正後は人事評価におけるとして補助項目扱いされることになった。

 もちろん出撃は任意なので出るか出ないかは個人の自由意志だ。それに、もし任意で出撃した場合、交戦の際に負ったケガは公傷ではなく私傷病扱いになる。万が一戦死したとしても軍部局が用意している労災保険の適用対象外だ。

 それでも出撃しないわけにはいかなかった。いくら任意とはいえ、優秀な同期生はみんな少しでポイントを稼ぐために戦闘に参加している。彼らに後れは取れない。


「さて、ひと仕事しますか」

 シュウサクはシャトルの座席で独り言をつぶやきながら、抗鬱薬を経口摂取する。市販品だがけっこう効く。雑念でチリチリしていた頭もあと数分すればクリアになるだろう。今日の交戦くらいなら何とかやり切れるはずだ。今はまだ死ねない。

 シュウサクは網膜に表示された仮承認通知を承諾する。出撃申請事由欄に「自己研鑽」と入力し、データを送信した。

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