第3話 離脱への決意

 意識を取り戻し目を開けると、そこはベッドの上だった。


「…………」


 普段ではあり得ないほど身体と力を酷使し続けたせいか、未だに全身が痺れている。

 けれど動けない程度ではない。


 私は目をこすりつつ、身体を起こし、辺りを見回す。

 すると私の隣で読書していたクリストは、こちらを見て息を呑んだ。

 そして、その人並みに整った顔を綻ばせてやんわりと頷くと、本を閉じたのだった。


「良かった。気がついたんだな」


「……ここは?」


「昨日泊まった宿屋だよ。ほら、川辺の教会の近くの所」


「そうなんだ……」


 彼の右腕には包帯が巻かれていた。

 恐らく私が魔剣で斬り裂いた傷口が、治癒魔法では完全に塞がりきらなかったのだろう。


「本当に……、ごめんなさい」


「確かに許され難いことだ。けれど……、君は魔剣の支配から抜け出した。それが君の意志は魔剣の憎悪に反しているという証拠だよ」


「……そうかもしれない。だけど、私は騙されたの! 落ちこぼれだからって、力がないからって、聖剣を装っていたアイツにすがってしまった……」


 クリストは深い溜め息を付くと、何か遠くを見つめるような目で窓の外を眺める。

 既に日は暮れかけていて夕方だった。眩しい陽光が白いベッドを紅に染め上げている。


「誰にだって心の弱い所がある。勿論、俺だってそうだ。どうしたら君を元気づけられるか、君に自信を与えられるか、いつも考えているしな」


「…………えっ?」


「当たり前だ。チームの心配して何ぼなんだよ、リーダーってのは。はっきりと言っておくが、今回の件は悪いのは君じゃない。君の弱い心を支配したあの魔剣だ」


 どうして……、どうしてそんなことが言えるの?

 私は魔剣であんなにもクリストのことを傷つけたというのに……。


 少し癖が強い金髪の下に佇む勇猛な双眸は、私を敵として捉えてはいなかった。

 真剣に向き合おうとしている。そんな強い信念が彼の雰囲気から感じられたのだった。



「あっ、クレハちゃん! 良かった、もう起きないんじゃないかって思ってました……!」



 部屋の扉を開けて、ロイとともに入ってきたイリアは私の姿を見ると、真っ先に駆け寄ってきた。

 そして有無を言わさずそのまま抱きつき、私をベッドの上に倒し込んだ。


「ちょっ、い、イリア?」


「私、ずっと心配だったんですからね! 魔剣なんかに操られて……、鈍すぎますよ、クレハちゃん!」


「ご……、ごめんね。私の意志が弱かったから……、聖剣を持てば強くなれるって思っちゃったから……っ!」


 自然と涙が溢れ出て、頬を伝っていった。

 不可抗力だ。泣きたいなんて思ってないのに、次から次へと雫がベッドへと落ちていく。


「聖剣……。クレハさん、貴方が散歩していた空白の一時間。何があったか教えて頂けますか?」


「……うん」


 イリアに抱擁されたまま、私は涙を拭うと魔剣を手にしてしまった経緯を事細かくロイたちに話した。


 あんな場所に聖剣がある事自体おかしかったのだ。

 今思えば、口調からも時折、奴の本性が顕になっていた。そこでどうして気づかなかったのか……。

 口車に乗せられる前に、初めから疑うべきだったと、心の底から後悔していた。


「そうですか……。見越すにやはり魔剣も相当なやり手ですね」


「えぇ。でも良かった、ずっと操られたままじゃなくって」



「残念ながら、状況は全然良くありませんよ? クレハさん」



 冷たい視線を私に向けると、ロイは諭すように語気を強めて言い放った。



「あの後、倒れたクレハさんをここまで運び、魔剣の解呪を試みました。しかし――」


「ごめんなさい、クレハちゃん。貴方が手にした魔剣の魔力が強すぎて、解呪できませんでした……」


「解呪できなかった……? それってつまり――」


「貴方はまだ魔剣の支配から完全に逃れた訳ではない。そういう事になります」


 眼鏡を押し上げると、ロイは淡白な表情を浮かべつつ、その真実を遠慮なく私に伝えた。


 魔剣による支配、それは一種の呪いとも言われている。

 だから一度魔剣を手にしてしまうと、呪術による魔剣と持ち主の繋がりを完全に排除するまで、魔剣は延々と持ち主の所へとついてくる。

 そして、人間の意志すらも乗っ取ってしまうほどの魔剣の呪いを排除するには、相当な解呪技術が必要とされるのだ。


 解呪技術に関しても、治癒術師であるイリアは、世界でトップクラスの実力を誇っている。

 しかしそんなイリアですらもあの魔剣の呪いを解呪することはできなかった……。

 つまり……、魔剣の呪いを排除することは現実的じゃない、ということになる。


「イリアがやっても駄目だったのか!?」


「はい。そもそも、クリストさんをここまで追い詰めるほどの実力を持つ魔剣ですから、端から解呪できるとは思っていませんでしたけど……」


 嫌な予感がして、ふと隣を見るといつの間にかそこにはあの不気味な形をした魔剣がベッドの上に置いてあった。


 魔剣に呪われたら最後、魔剣から逃れることはできない。どれだけ逃げても、瞬間移動のごとく持ち主の先々に出現する。

 小さい頃に絵本で読み、トラウマになりかけていたその話が現実となっている……。

 あの気味の悪い声は聞こえないが、既に泣きたくなるほどの恐怖と焦燥感が私を支配し始めていた。


「それともう一つ……、僕から提案があります。クレハさん、貴方には――」






「――このパーティーから離脱してもらいたいと考えています」





 ロイが放った一言に私は衝撃を受け、その場に固まった。

 言葉の意味は理解できても、頭が理解を拒んでいる。

 唖然と口を開けて、ロイを見つめていると突如、クリストがガタンと音を立てて立ち上がった。


「ロイ……、それはどういう意味だ?」


「そのままの意味です。正直、このままだと私たちだけでなく、クレハさん自身の名誉も、立場も、命も危ない……。そのためにも、パーティーを分断する必要があると考えました」


「分断って……、俺たち今までずっと一緒にやって来たんだぞ! そんなこと出来るわけがないだろ!」


 クリストは声を荒げるとロイの胸ぐらをつかんだ。

 しかしロイは慌てるどころか、顔色一つ変えることなく溜め息を付くと話を続けた。


「恐らく、今回の魔剣は心情を操るタイプです。好きの反対は無関心という言葉をご存知でしょうか? 心情が豹変するということは、好きと思っている相手ほど影響力が強く、無関心であるほど弱い……。要するに、関わりがある人が近くにいることで、今回のような事態を招くということです」


「ロイ君の言う通りです。あの魔剣は他人への気持ちを憎悪へとすり替えることで、身体を支配します。つまり、このまま一緒に旅をしてしまうと、私たちが標的となり、またクレハちゃんを苦しめてしまいます。だから……、心苦しいですが、一旦別れた方が得策だと思うんです」


 確かにロイとイリアの言う通りだった。

 あの魔剣は心の奥底から憎悪を引きずり出し、それを仲間たちへ向けた。

 もし私がまたあの魔剣に支配されたら……、間違いなく真っ先にクリストたちを襲うだろう。


「……そうかよ」


 クリストはぶっきら棒にそう言い放つと、ロイを放した。

 本気で怒って、止めてくれるのは嬉しかった。けれど……、そうだよね。

 二人の提案通り……、私はこの魔剣を解呪するまで独りで旅をしたほうが良さそうかも。


「……分かったわ。私、このパーティーを離脱する」


「クレハ!?」


「だってもとはと言えば私が引き起こしたことだし、私が責任を負う。だから……、一旦お別れして魔剣を解呪する方法を探すわ」


 本当は凄く怖いし、ずっと頼れる仲間の元にいたい。

 けれどこれ以上を迷惑をかけるわけにもいかない……。

 私の心の弱さが引き起こした災難だ、私自身で何とかしないといけないんだ。


「いいのか? クレハ……」


「はい。大丈夫、絶対に魔剣なんかに支配されないから! 私は私、他の誰のものでもない」


「すみません、クレハさん。無理な提案を頼んでしまって……、僕たちには貴方の力が必要なのです。だから何としても、魔剣と貴方を引き離さなければならない」


 私の近くに来て頭を下げたロイに私は手を差し伸べた。

 ちゃんと自分の事を考えてくれる人がいる、それだけでも十分だった。


「その代り、魔剣の呪いが解けたら……、また一緒に旅をしていい?」


「勿論です。解呪するまで、こちらも全力でバックアップいたします。そして何としても、魔剣からクレハさんを取り戻す……!」


 ロイはベッドの上に鎮座する魔剣ジャドゥールを睨みつけると、私の手をしっかりと握ってくれたのだった。

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魔剣に呪われし女賢者 ~落ちこぼれ賢者は、魔剣に騙されて悪落ちしたので、勇者パーティーを離脱しました~ 井浦 光斗 @iura_kouto

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