第2話 呪われた賢者
「おーい、クレハ! そろそろ行くぞー!」
「早く戻ってこないと置いてっちゃいますよー?」
クレハの帰りが遅いがために、心配になったクリストとイリアは森の中に入って、彼女を探していた。
散歩に行くといってからかれこれ1時間以上は経っている。普通なら、帰ってきてもおかしくはない時間だ。
「クレハちゃん、どこに行っちゃったんでしょうか?」
「分からない。もしかしたら、失敗を思い悩みすぎて――失踪とか」
「え、縁起でもないこと言わないで下さい! 幾らクリフト君でも怒りますよ?」
イリアが腰に手を当て、目くじらを立てたその時……。
森の奥から一人の少女――クレハが姿を現したのだった。
彼女はうつむきながら、虚ろな目で地面を見つめて、ゆっくりと歩いていた。
「あっ、あれ、クレハじゃないか?」
「ちょっと、クレハちゃん! どこまでほっつき歩いていたんですか? 私たち物凄い心配したんですからね……!」
妙な気配を感じ取ったクリストは警戒するが、イリアはいつも通りの様子でクレハへと駆け寄った。
だがしかし――後、数歩のところまで近づいた所でイリアは足を止める。
そして、その変わり果てた仲間を姿を見てわなわなと震え始めた。
「なに……、この魔力。ど、どうしちゃったんですか、クレハちゃん?」
「……おい、どうしたイリア?」
「クレハちゃんの様子がおかしいんです。まるで、魂を抜き取られたかのように――」
そこに立っていたクレハは、ついさっきまで一緒に旅していた彼女ではなかった。
顔こそ俯いている為、よく見れなかった。しかし、その溢れ出る邪悪な覇気と膨大な魔力から、彼女の身に何かしらがあったのは言うまでもなく、分かる。
「殺す……」
ぽつりとクレハは呟いた。
小さな声だったが、辺りを包む異様な静寂ゆえに、彼女の言葉はしっかりとイリアの耳に届く。
「え……っ?」
呆けた顔で目を見開くイリア。
そして次の瞬間、目にも留まらぬ速さでクレハは彼女に近づくと、両手で持つ魔剣を大きく薙ぎ払おうとする。
「イリア、危なぃッ!」
魔剣は無慈悲に薙ぎ払われ、洒落にならないほどの衝撃波を撒き散らす。
そして弧を描いた剣先は、イリアを庇ったクリストの背中を鎧ごと切り裂き、鮮血を飛び散らせたのだった。
「…………っ」
クリストは一瞬、顔をキツく歪めるも直ぐに身体を翻し、腰から剣を抜くと構える。
そして、彼の背後でどうしてよいか分からず、固まっているイリアに呼びかけたのだった。
「イリア! すぐにロイを連れてくるんだ! ……早く!」
「は、はい!」
立ち上がったイリアはクリストの命令通り、脇目も振らず、元来た道を引き返していったのだった。
呼気をゆっくりと吐き出すクリスト、彼の眼差しはとても鋭く、勇猛だった。
目の前で仲間が豹変しているのにも関わらず、彼は冷静さを保ち続け、体勢を低くする。
「あの禍々しい剣……、魔剣か?」
それを確認する間もなく、瞳に狂気と憎悪を宿らせたクレハが猛然と襲いかかってくる。
凄まじい質量を持った魔剣が高速で振るわれ、クリストは冷静に回避しつつも、時には剣で受け止める。
彼女を傷つけるわけにはいかない、それを分かっていたクリストは彼女が振るう魔剣を全て弾き返すだけで、攻撃はしかけなかった。
しかし剣聖であるクリストですらも、防戦一方ではいつ押し切られるかも分からない状況だった。
それほどまでにクレハの振るう魔剣は強力だったのだ。
「憎い……、私を見下してきた奴らが憎い……ッ!」
絞り出すように言い放ったクレハは、更に魔力を滾らせて迫る。
「落ち着け、クレハ! 君はただその剣に操られているだけだ!」
「うるさい……、さっさと死ねッ!」
クリストの叫びも虚しく、彼女の持つ魔剣は容赦なく、彼の身体を斬り裂いたのだった。
☆ ☆ ☆
気がつくと私は白い空間の中にいた……。
現実か夢化かも曖昧なその場所は、どこまでも広がっていて、果ては見えなかった。
身体を動かそうとも動くことはできない。どうやら意識のみがこの空間に顕在しているようだった。
――私は何をしていたんだろう?
確か、聖剣に導かれて薄気味悪い遺跡に来て、そしてそこにあった聖剣を抜いたら……。
脳裏に走馬灯が駆け巡る中、私は順々に起こった出来事を整理していった。
そうだ……。私は確かにあの時、魔剣を抜いてしまって、身体を乗っ取られてしまったんだ。
そこから先は何も覚えていない。
ちょっと待って、じゃあ今まさに頭の中に駆け巡っている走馬灯は一体……?
それは見たくもない記憶だった。魔剣を握りしめた私が、顔を物凄い歪ませてクリストを斬りつけている記憶……。
いや、記憶じゃないのかもしれない。これは今まさに起きていることなんじゃ……!?
『ヒヒヒ、今更何をしようとしても無駄だぞ?』
突如あの忌まわしき声が空間中に響いた。
それはあの時、私を騙して、私の身体を乗っ取った魔剣張本人に間違いない。
――止めて……! 何でこんな事をしようとするのよ!
『騙される方が悪いんだよ。何せ、俺の目的は生物の生き血と魔力を、全て食らい尽くすことなんだからなぁ!』
――そんな……っ! わ、私の身体なのに、私の意志で動いてないなんて……
『いやぁ? 実際にお前の意志で動いているぜぇ? お前の心の奥底に秘められていた凄まじい憎悪のみでなぁ』
そんなことがあり得るのだろうか……?
私は、クリストたちを恨んでなんかいないのに。どうしてこんな事をしなきゃならないのよ!
確かに羨ましいと思うこともある、嫉妬することもある。けれど、死んでほしいなんて一度も思ったことない!
――あ……、アンタなんかに……。
『あぁ?』
――アンタなんかに、私の身体を乗っ取られるものかあぁぁ!
全精力を集中させて、私は私自身の身体を動かそうとする。
未だに魔剣を振るい続け、クリストを傷つけつている”私”を止めるためにも。
『な、何だと。馬鹿な!? 俺は……、俺は確かにコイツの身体を完全に乗っ取ったはずだ! なのにどうして抗える、抵抗できる!?』
――私は……、私なのよ!
次の瞬間、私の意識は白き空間を抜け出し、魔剣の操っていた憎悪の塊と入れ替わった。
目を開くとそこには先程まで頭の中で見ていたの光景が広がっていた。怪我を負って、体力の限界まで追い込まれているクリストが静かに剣を構えて、私と対峙していたのだ。
「やった……、戻れた……」
『さ、させるかぁ……ッ!!』
すると再び魔剣から大量の魔力が全身へと流れ込み、私の身体を支配しようとする。
けれど、今度は負けない。これ以上、私の仲間を傷つけることは絶対に許さない……!
「止めてぇ――――――――ッ!!!」
纏わりつき始めるドス黒い魔力を全精神力で跳ね返し、私は私のままであり続けた。
何が憎悪だ、何が絶望だ。力を望んでいたとしても、そんな紛い物で強くなったって何の意味もない。
本当に心から強くならなきゃ……、人々を真に守ることはできないのよ!
「く……、クレハ……?」
再び豹変した私を見て、クリストは目を瞬かせる。
私は彼を安心させるため、最後の力を振り絞って最高の笑顔を作った。
そして、そのまま重力に身を任せるかのように、地面に倒れ込むと、血がにじむほど強く握りしめていた魔剣を手放す。
「クレハ…………? クレハッ! しっかりしろ、クレハッ!」
焦ったクリストの声を最後に、私は薄れていく意識を手放す。
目を閉じる前、魔剣の柄を一瞥すると、先程まであった大きな一つ目は力なく閉じ切っていたのだった。
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