魔剣に呪われし女賢者 ~落ちこぼれ賢者は、魔剣に騙されて悪落ちしたので、勇者パーティーを離脱しました~

井浦 光斗

第1話 聖剣を見つけた賢者

「ハァ――!」


 鋭い呼気とともに繰り出された剣先が巨大なトカゲの皮膚をえぐった。

 勇者クリストが放った電撃属性の剣技が炸裂し、衝撃と合わさって稲妻が迸る。


 思わず見とれてしまうほど華麗な一撃だった。

 巨大なトカゲ、キングリザードは短い悲鳴をあげると、体勢を崩して後ろへと仰け反った。


「今だ、ロイ! 頼んだよ!」


「了解しました……!」


 樹の上から弓を引き、狙いを定めていた弓の名手ロイは、クリストの合図とともに矢を放った。

 鏃に炎が灯ったそれは空を貫き、一寸の狂いもなくキングリザードの首に突き刺さり、爆発した。


 高熱に耐えられず大暴れするトカゲ、その動きを止めるべく一人の少女、治癒術者イリアが両掌を奴に向ける。

 その瞬間、聖なる光が彼女の手を煌めかせ、トカゲは完全に硬直してしまったのだ。


「よし……、クレハちゃん! 後はお願いします!」


「任せてっ!」


 ――今度こそ、成功させてみせる。

 皆の期待に応えるべく、ステッキを構えた私は地面を蹴って前に躍り出た。

 意識をフル回転させつつ、漲る力を全て腕に集中させて、ステッキの先をキングリザードに向けた。


「亜空魔法……ッ!」


 世界で私一人しか持っていない伝説のスキル『亜空魔法』。

 それ故に100年の逸材、伝説の賢者再来とまで言われ、期待され続けた……。

 けれど……


「ひゃ……っ!?」


 ステッキの先に集中した異空間の魔力は制御しきれず暴発。

 キングリザードにダメージを与えるどころか、周囲に爆風とも言える衝撃波を巻き起こしてしまった。


「また失敗……、ですね」


「おい、クレハ! 避けろぉッ!!」


 尻もちをついてしまった私はクリストの大声に反応し、上を見上げる。

 するとそこにはさっきまで硬直していたはずのキングリザードが、今まさに私の頭上に鋭い爪を振り落とそうとしていたのだ。


 悲鳴を上げることすら出来ず、私は腕で顔を防御しつつギュッと目をつむった。

 しかし、鋭い痛みはいつまで経っても来ず、代わりにキングリザードの断末魔が響き渡ったのだった。


「危なかったですね。僕が矢を放っていなければ、重症は免れませんでしたよ?」


 恐る恐る目を開けると、そこには冷静沈着なロイが弓を担ぎつつ、私の姿を見下ろしていた。

 どうやら……、彼に助けられたようだった。


「あ、ありがとう……」


 私はか細い声で礼を言うとうつむく。

 また失敗してしまった、失敗して皆に迷惑をかけてしまった。


 もうこれで何回目だろう。8歳の時、そのスキルを手に入れてから10年、私は一度たりとも亜空魔法を成功させたことはなかった……。

 スキルがあるから賢者という大役に抜擢されたというのに……、これじゃまるで何の役にも立たないお荷物じゃない。


「とりあえず、立てるかクレハ?」


「う、うん」


 差し伸べられたクリストの手を握りしめながらも、私は暗い気持ちで立ち上がるのだった。


 ☆ ☆ ☆


「よーし、ここらで一旦休憩にしようか!」


 クリストはパンパンと手を叩くと、荷物を下ろして草むらの上で堂々と座った。

 勇者クリスト、各地の冒険者ギルドにて目覚ましい活躍を見せ、アストレア帝国皇帝に勇者の称号を授けられた正真正銘の超人。

 性格や普段の振る舞いこそ普通だが、戦闘になると別人のごとく、最高難度の剣技や独自開発した剣技をいともたやすく放つ剣聖だった。


「クレハもあまり気にするなよ? 亜空魔法なんてスキルがあっても凄く難しいし、それに挑戦しているだけでも誇りに思えって」


「うん、ありがとね。クリスト」


「ハハハ。チームを気遣えてこそ、真の勇者ってことだ!」


 クリストは私にサムズアップを向けると、疲労回復のポーションを取り出して、口に加えた。

 ルックスや態度、こそ普通な彼だが、困っていればよく慰めてくれる優しい人だった。こういう人がやっぱり、勇者に相応しんだろうなって心の底から思う。


 それに対して私は失敗ばかりで、落ち込んでばかりだし……。はぁ、何とかならないのかな。


「ねぇ、ロイ。さっきは助けてくれて、ありがとう」


「ん……? あぁ、当然のことをしたまでです」


 青ブチメガネを押し上げたロイは、顔色を一切変えず、私の言葉に頷いた。

 彼も勇者に勝てずとも劣らず、冒険者として功績を積み重ねてきた実力者だった。なんでも数年前の帝国のとある武道大会で見事優勝したとか、かなりの有名人でもある。


 ロイは弓の手入れをしながらも、少し考えるように手を顎に当てて、言った。


「それと……、クレハさん。少々厳しいことを言うようですが、今のままでは恐らくあの魔法は成功しないでしょう」


「……や、やっぱり、そうだよね。私に才能なんて――」


「そういう意味ではありません。貴方には間違いなく才能はあります。ただ、今の貴方には気持ち的な何かが欠けているんです」


「気持ち的な何かって……、何なの?」


「それは……、僕は貴方ではないのでわかりません。けれど貴方はどこかで、スキルの発動を躊躇していると思うんです。その原因を見つけ出すのが一番の成功の近道となるでしょう。それと、貴方は皇帝様に抜擢された賢者なのです、その自覚を忘れないようにしてください」


「……うん、分かったわ」


 彼に悪気はないのは十の承知だ。

 けれどなぜか、ロイの言葉は私の心に深く突き刺さる気がした。

 まるで”私”を言い当てられたような、そんな敗北感と底知れぬ罪悪感が心の中で溢れ出している。


「よいしょ……、ロイ君もキツすぎることは言わないであげて下さいよ。クレハちゃん、すっごく気にしているんですから」


「ええ、ですが時は厳しく言うことも――」


「それが帰って逆効果になることもご存知です? ともかく、クレハちゃんはこんな奴の言葉気にしないで、自分のペースで頑張って」


 イリアは私の隣に座ると優しく背中を擦ってくれた。


「成功するまで1000回失敗しなければならないなら、成功までの回数は今ので1回減りました。10年も頑張っているんだから後もう少し、でしょ?」


 彼女の言葉には十分な説得力があった。

 なぜなら、聖女イリア自身、幼い頃は不遇な存在だったからだ。


 スキルとはそもそも、神が人間に授けた魔に対抗する成長力と呼ばれている。

 そして、そのスキルは私達が成長する過程で手に入っていくものなのだ。


 本来なら5歳までに3つほどスキルを得ているのだが、イリアは例外的に10歳になるまで一切のスキルを得られなかった。

 だがしかし、彼女は諦めなかった。世界で初めて、スキルなしで基礎魔法の中でも最も難しいとされる治癒魔法を発動させた。


 スキルは所詮人間の力を補助するものでしかない、それを初めて世界に証明したのがイリアなのだ。

 正直言って凄すぎる。平凡な日常を過ごしていた幼少期の私と違って、彼女はずっと魔法の練習を続けていたのだから。

 今ではスキルの成長を待たずして、身体に宿る全魔力を注げば蘇生魔法を唱えられるほどまで成長していた。


 8歳から何の成長もしていない私とは大違いだった。


「……ちょっと、散歩に行ってきてもいいかな?」


「うん、いいですよ。美味しい空気でも吸って、気分転換してきて下さい!」


 皆が各々の言葉を使って慰めてくれるのは、物凄く嬉しかった。

 けれどその言葉は逆に私自身苦しめる気がしてならなかったのだ。

 なんだか、物凄く辛くて、苦しくて……、消えてしまいたいと思ってしまうくらい……。


 私はイリアに手を振ると、ステッキだけを腰につけて、森の奥へと入っていったのだった。


 ☆ ☆ ☆


「はぁ……」


 自然と溜め息が出てしまった。

 決して出したかったわけじゃないのに、つい口から息が漏れ出てしまう。


 ――私、どうすればいいの? このままじゃ、皆の足手まといのまま。


 覚束ない足取りで森の中を彷徨っていた。どうすることも、何をすることも出来ずに……。

 ただ、底なし沼のような深い自責の泥から抜け出せずにいた。


 初めはスキル故に期待され続けた。

 けれど、スキルすらも発動させられない私は世間の影では”落ちこぼれ賢者”とまで呼ばれていた。

 皆もああ言って、慰めてくれているけど、内心何を考えているのかも分からない。


 ……いいえ、そんなことない! 自分を責めるだけじゃなく、挙げ句には皆を疑っちゃうなんて、それこそ最低よ。


 ああ、せめて私に力があれば……。この亜空魔法を難なく使いこなせる力さえあれば……。

 こんな事、悩む必要もないのに。



『力が欲しいのですか……?』



 ふと、清らかな声が木々に反響されていった。

 ハッとして辺りを見回すと、私が目を細めた先、遠くに人工物と思われる石造りの遺跡があった。



『強くなりたいのですか……?』



「はい……」



 不思議な声に私はいつの間にか答えていた。

 その声の正体が何なのか、分からないのも関わらず、私はその遺跡へ吸い込まれるように歩き出していた。


 その遺跡には様々な魔獣の石像が建てられていて、どこか禍々しそうな雰囲気を感じさせた。

 しかし、遺跡の中央にはそんな雰囲気と相反するように、日に照らされて光り輝く一本の剣が鎮座していたのだった。


「聖剣……?」


『そうです。私はかつて史上最強の魔王を倒した伝説の勇者、メウスが手にしていた聖剣――』


 勇者メウスが使っていた聖剣って……、嘘でしょ!?

 まさか、こんな所にあるなんて、思いもしなかった。


 私達の当初の目的は、最近猛威を振るい始めた魔族たちの沈静化を図るため、勇者クリストが持つべき聖剣を探し出すこと。

 皇帝に招集され、旅に出てからもう2年も経つが、聖剣は見つけ出されていなかった。


 けれど、まさにこの瞬間、私は見つけたのだ。

 1000年前、第3次人魔大戦で、史上最強とも言われた魔王オービアスを倒した勇者メウスの聖剣を……。


「こうしちゃいられないわ、早くクリストたちに――」


『その必要はありません。私が選んだのは貴方です』


「……えっ? 選んだってどういう……」


 聖剣はより輝きを強めると、再び語り始める。


『意志を持つ聖剣とは、自身とそれ相応の力を持つ主人を選ぶのです。でないと、この聖なる力を悪事に使われてしまいますから』


「で、でも……、私は賢者なのよ? 剣の使い方なんて全く知らないし、それにそれなら一層クリストの

 方が――」


『私は貴方を選んだのです。その秘められた力に私は魅せられたのです』


 選ばれた? 魅せられた?

 お世辞……、ではないのかもしれない。だって、目の前にあるのは伝説の聖剣。

 その輝きからしても嘘を言うようには思えない……。


『力が……、欲しいのでしょう? 皆の役に立つために』


「……はい。私はあの魔法を使いこなして、皆を守れるようになりたい……!」


『見返したいんでしょ? その力を使いこなして』


「はい……。もう落ちこぼれ賢者って呼ばれたくないです」


『いいでしょう、私が貴方に力を貸します。私を手にとって引き抜いて下さい』


 まるで操られたように私はこくこくと頷くと、ゆっくりとその光り輝く聖剣に近づき、その柄を握りしめた。

 聖なる光が溢れ出す中、私は全身の力を使ってその聖剣を台座から抜いてしまったのだった。










『ヒヒヒ……。引っかかりやがったな、賢者さんよぉ!!』


「ふぇっ……!?」


 突然、聖剣は輝きを失い、凄まじい魔の力を帯び始める。

 白銀だった剣身は赤黒く染まっていき、柄の中央には気味の悪い一つ目が出現して、私の顔をギョロリと見つめた。


「ど、どういう……く、くあぁぁっ!!」


『どうもこうも、初めっからこんな所に聖剣なんてありゃしないんだよ。俺はジャドゥール、主人を操り、世界を破滅に導く伝説の――魔剣だ!』


「そ……、そんなっ!?」


 抵抗する間もなく、魔剣から私に大量の魔力が注ぎ込まれ、全身に鋭い痛みが走り抜ける。

 徐々に身体の自由は奪われていき、息も荒々しくなっていく。

 心の奥底から狂気じみた何かがせり上がり、私の全身を埋め尽くし始めたのだった。


『絶望に染まれ、憎悪に染まれ! そして解き放て、お前が秘めている全ての負の感情を、さらけ出せぇ!!』


 みるみる滾ってくる膨大な魔力。

 信じられないほど頭の中は負のワードで染め上げられ、理性すらも保てなかった。


 そして、完全に身体の支配権を魔剣に奪われた私は、遺跡の中央で気味の悪い笑みをこぼし、立っていた。




「殺す……。私をコケにしてきた奴ら全員……ッ!」




 残念ながらそこにいたのは――もはや、私自身ですらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る