デッド オア ライブ


『今日は代々木公園フリーライブフェスにお集まりいただきありがとうございます。大変混み合っておりますので――』

 ライブ当日。

 会場に集まる予想以上の人だかり。

「有料にしとけば良かったかな……」

『もう遅いっすよ、それより反応は?』

 バンの中、そこに居るのは東條と奇妙な凹凸や角度の付いた奇妙な鎧に身を包んだ日々紀だった。

 各所に設置した装置の反応を待つ。

 二人は空調の効いた車内でなお、汗をかく。

 拳を握りしめ、ひたすらに待つ。

 一秒が無限に感じる、そんな錯覚に陥って時計を確認すれば、もうすぐ姫の『姫涙ひめな』のライブがの時間が近づいていることに気づかされ焦燥感に駆り立てられる。

『まだか……』

 東條は黙ってモニターを見つめる。

 その時、通信が入る!

『A地点! 声帯部分にフェアリー固有の振動を持った人物を確認!』

『こちらB地点! フェアリー固有の音声周波数キャッチ!』

『C地点! 声帯部分に異常な熱源を持った人物をサーモグラフィーで確認!』

 東條が焦りの声を上げる。

「マズイ! 日々紀君! C地点へ! 声帯部分に熱源は――」

『奴らの「死の歌」の兆し!』

 バンを飛び出し、日々紀はとある言葉を解き放つ。

反響定衣エコーロケイション、起動!』

 加速する鎧は、音も無く消え去るように木々の間を駆け抜けた。


 甲高い獣のような鳴き声が段々と曲に変わる。

 代々木公園の木陰に連れ込まれた少女。

 緑色の髪の毛の大男の声が歌へと変わろうとした瞬間。


 その喉に弾丸が命中する。


 音など無かった。

 銃弾がヒットした後でさえ、銃声が遅れて聞こえてくることもない。

「つうっ……スナイパー? まさか、この公園は」

 大男がそれを言い終わる前に、その首と胴体は切り離されていた。

 少女もいつのまにか、そんな凄惨な光景が見えない位置へと逃がされている。

 側には奇妙な鎧『反響定衣』に身を包んだ日々紀。

「あれ、私……? わあ!? なにその……コス、プレ?」

 鎧のカメラからの映像を内蔵のAIが解析し、その唇の動きから何を言っているかを把握する。

(徹底的に音を消すための装備……って聞こえないか)

 たとえ姿は見えたとしても他のモノに気を取られれば最後、音をその鎧が近づいた事に気づくことは出来ないだろう。

 素早くその場を離れる日々紀。公園の各所から、悲鳴が上がる。

 だが

 反響定衣を見たか、フェアリーの死体を見たか。

 だがその悲鳴も今の日々紀には聞こえてはいない。

 フェアリー達が勘づき始める前に掃討する。

 

 鎧内に表示されるデータ。次はF地点に反応。

 反響定衣は音を消すだけではなく身体能力の向上もしてくれる。

 すれ違う人々は、その姿に気づくものは少ない。

 音もなく高速で動くものに反応出来るものは少ない。

 土色の髪の小男を発見。

 データと参照、間違いないフェアリーだ。

 人ごみにいる奴を、一気に近づき、木陰へと連れ去る。

 既に首根っこを掴まれたフェアリーはもがくことしかできない。

 そいつの喉、声帯の位置を狙って手に持っていた刃を当てる。

残響刃リバーブレイド、お前らが声帯に蓄えた『死の歌』の音・振動を吸収して増幅する。お前達はお前達の力で死ぬ……これもまあ聞こえてないがな)

 小男の首を投げ捨てる。

 今の自分はまるで暗殺者だ。

 見た目は人間の奴らを殺している自分は正義の味方には見えない。

 だがそれで構わない。

 救済と称し人を死なせ続けた奴らに今さら同情なんてしない。

 たとえ、なんと言われようとも、この任務を止める訳にはいかなかった。

 遠くから音楽が聞こえる。

 フェアリーではない、姫涙ひめなの歌が始まった。

 これはカウントダウンのスタートだ。

 この歌が終わった時、飛び入りのエントリーが始まる。

 一番フェアリーが集まるのは間違いなくその時だ。

 日々紀はステージへと向かう。

 無音の鎧が歌の下へ


 姫涙の歌は日々紀には聞こえない。

 内外問わずあらゆる音を遮断・吸収する反響定衣は、音を発することも聞く事も出来ない。

 頼りになるのは表示されるデータ群だった。

 異様な光景だった。

 姫涙の歌が終わりにさしかかる。

 ステージの裏手、エントリーの列に並ぶ、どこか浮世離れした老若男女達。

 隠しきれないその異様と、データを照合する。

 一部、ただパンクなだけの一般人がいたので避難させる。

 騒がれるとフェアリーに気づかれるので口を押さえ遮音して引きずりだす。

 いつの間にかエントリー列にはフェアリーだけが残り、それを反響定衣に身を包んだサイレンスが包囲していた。

 フェアリー達がそれに気づいたのは、包囲が完了したその時だった。

 金髪の美女が声を放つ。

「……そうですか、罠だったんですね」

 AI解析の読唇術で何を言ったか把握。

 その言葉に、銃撃で応じた。

 この近距離でも銃声が聞こえないスーパーサイレンサー。

 しかし、その技術は音を消すまでしか効果だけで銃弾に特殊な効果は無い。

 フェアリー相手に通常兵器は効かない、奴らは銃弾程度なら余裕で皮膚で弾く。

 流石に戦車砲まで持ち出せば、多少ダメージが与えられるのではというのが、研究班の判断だったが、東京都内の街中でそれが無理なことは言わずもがなだ。

 だからこれは音に敏感なフェアリー相手に奇襲を仕掛け、ひるませるための一撃に過ぎない。

 顔を狙い、一瞬でいいから視界を奪う、そして高速で近づき、残響刃リバーブレイドでケリをつける。

 しかし、この時、フェアリー達の様子がおかしかった。

 銃撃を受けたフェアリーに近づいたサイレンスの一人が反撃を食らう。

 その光景に驚きを隠せない日々紀。

 距離を取り、観察する。

 フェアリー達は、人間の姿を捨てていた。

 異形の化け物、分厚い筋肉を纏ったモンスターじみた姿形。

 神々しいオーラを纏った耳長の弓兵。

 下半身が魚のモノ、鳥のモノ、その逆に上半身が怪物と化したモノ。

 奴らが本気を出して来た。

 こっから正面勝負、後に引く選択肢は、少なくとも日々紀にはなかった。

 

 死屍累々。

 ライブステージの裏手。

 怪我人は出たが死者はゼロ、サイレンスの完全勝利だった。

 日々紀はボロボロになった反響定衣の兜を脱ぎ去る。

 すると声をかけられた。

 がさがさとした声は聞き取り辛い。

 それは金髪の女だった、喉元は血に濡れている。

「殺しそこねか……」

 銃と刃を構える。

「わ、たし、に……もう、歌う、ことは、出来、ない」

 構えたまま、言葉を聞く。

「じゃあなんだ。遺言なんか残したって、伝える相手がフェアリーならそいつも殺すぞ」

 真面目に取り合う気もなかったが、かといって無視する気にもなれなかった。

 やはり人の形をしたものを殺した罪悪感が無かったわけではない。

 最後に異形と化してくれたのは、ある意味救いだったのかもしれない。

「あなた、がたは、なぜ、われわれの、すくいを、きょぜつ、するのか」

「……死の歌なんかより聞いていたい歌がたくさんあるからだ」

 少しかっこつけすぎたかなと、場違いに思う日々紀。

 しかし、フェアリーはなおもがさがさと言葉を続ける。

「それは、生、の、いち、そくめん、にすぎない。あなたがたの、生は、不安定だ。われわれの生と、同様に」

「同様に? お前らも生きるのが不安定だってって?」

 それが人間を殺す理由になるのか、死闘を超えた日々紀の頭は、疲れから思考が回らなかった。純粋に疑問を呈して答えを求めた。

「そう、そして、不死身の、いえ、不死身で、あったはず、の我々は、死を、許されたあなた達、うらやんだ」

 短気な奴なら、もうそれ以上、話を聞こうとはしなかっただろう。

 だが見るからに生気を失っていくその姿に、段々と日々紀は立ち尽くしていた。

「……何度でも言う。不死身のお前らが生きることが苦痛だと言っても。俺達は限りある命を精一杯生きたいって」

「わたし、たちの、うたは、やすらぎ、の死、悩む、ことも、苦しむ、ことも」

「何度だって、何度だって言ってやる。食べたい飯のために、やりたいスポーツのために、聞きたい音楽のために、たったそれだけで、『まだ生きたい』って思えるのが人間だ。もうこれ以上、お前と禅問答する気はない……エントリー枠が来なかったら、姫涙ひめなが、姫が、もっかい歌うスケジュールになってんだ」

 日々紀はフェアリーから目を背け、反対側へと歩き出す。

「彼女、のうた……それだけで、あなたは……くるしみを、こえられると……?」

 血を吐く音が聞こえた。

 恐らく息絶えた。

「勿論」

 死者への手向けこたえだった。


 ライブステージ前。

 司会の人が、飛び入り参加者がいなかったことを告げる。

 だが、そこでサプライズ。

 姫涙が新曲を披露するという発表で会場が沸き立つ。

 そんな人だかりの端の端。

 座り込む日々紀。

 もちろんそれでは姫涙の姿は見えない。

 唐突に、その肩だ叩かれた。

 東條だった。バンから出て現場に来ていたらしい。

「お疲れ様、みんな無事で良かった」

「ボロボロですけどね……まあなんとか生きてますよ」

 東條が日々紀にスマホを差し出して来た。

「ステージカメラの映像、見たいだろう?」

「……あざっす」

 ステージの姫涙、長髪をたなびかせ、颯爽とマイクスタンドを握る。

 自分の頭、髪の青いメッシュを指で撫でる。

 それは姫の癖だったが、地味に姫涙のパフォーマンスとしても認知されつつあった。

 スゥーっと息を吸い込んでから、マイクへと声を放つ。

『えー、エントリーがいなかったのは残念だったけど、みんな気を落とさないで! 代わりといっちゃなんだけど、私がとびっきりの一曲を届けるから!』

 観客達の雄たけび、ボルテージは最高潮。

『それじゃっ、聞いてくださいっ! 「高鳴る響きへと」!』

 思わず吹き出しそうになる。

 というか、軽く口の中を切った時の血が吐き出され吐血みたいになった。

「だ、大丈夫かい!?」

「げほっ、平気です……あんにゃろう……最初からこのつもりで」

 それはつまり、日々紀達の勝利を信じていたということだ。

 必ず姫涙にもう一度、順が回ってくる。必ず日々紀が聞きに来ると。


 青い空に高鳴り響き渡るその歌は、死の歌を乗り越えた日々紀のむねに確かに届いたのだ。

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フェアリーコール・レジスタンス 亜未田久志 @abky-6102

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