特務機関サイレンス


 規制線で封じられた階段。

 その下にある扉の奥。

 

「死者の数ざっと五十は超えるな。これでガス漏れが原因だなんて信じられるか? 誰一人逃げもせず? 歌でも聞いてたってのか?」

 男性の刑事が一人、もう一人の女性の刑事に話しかける。

「でも茂野山さん、有り得ない話じゃないんじゃないですか? ほら激しい曲で頭ブンブン振ったりしっちゃたりとか? そう言う事してたら案外……」

「馬鹿野郎。あのなあ新野、それにしたってこんだけの大人数が臭いにもなんにも気付かないなんてあるわけねぇだろうが」

「じゃあやっぱり集団自殺ですか?」

「だろうよ、聞きこみじゃ、ここはその日、ライブハウスの看板が掲げられてたって話だが、役所にはそんな店の申請来てねぇし。恐らく、多く人が集まることを怪しまれないための偽装工作だったんだよ」

「……にしても最近そういうの多くないですか?」

「嫌な時代になったもんだよ全く」


 薄暗い会議室。そこにはスーツ姿の若い男性が一人、立っていた。

 半円に並べられた机の上に置かれているのは数台のモニターだった。

 そこにはバッチを付けたスーツや青い制服を身に付けた高年が近づきつつある男達が、その皺をより一層深めている。

『未然に防ぐことは出来なかったのかね』

 メガネの男が問い詰めるように。

『五十人規模だぞ! 今までの偶発的な、数人の死亡案件とはワケが違う!』

 小太りの男が憤るように。

『どうどうと「フェアリーコール」と名乗っていたそうじゃないか?』

 白髪に白い髭を蓄えた男がそれぞれが言葉を放つ。

 若い男性はモニターへと頭を下げ、そのままの体勢で話し出した。

「はっ、奴らの今回の行動は恐らく、計画的なものであり、これで終わりではなく、さらに続いて行くものと思われます」

 モニターの中がざわつく。

『つまり、また同じ様な事件が起きると?』

『奴らは堂々と名乗ってきたのだ。フェアリーコールという名の店を全国の警察に見つけ次第、報告しマークせよ伝えれば、次はない』

『それで、どうにかなるかね東條君』

 その時、東條と呼ばれた若い男性は顔を上げる。

「いえ、次は、さらに多規模な、そしてより、偽装を施したものになると思われます」

 小太りの男が唸りを上げる。

『そこまで予測は立てられているのに! どうして、今回の件は――』

 白髪白髭の男が制止する。

『今回の話はもう止めにしましょう。彼だけの責任ではない』

 メガネの男が、東條を見つめる。

『それで? その大規模な敵の行動に対する対策は?』

 東條は、姿勢を変えずモニター全体を見つめながら。

「奴らの手間を省きます」

 簡潔に告げた。

『なぁっ!? 君は何を言っているのか分かっているのかね!?』

『詳しく、聞かせてもらおうか』

『出来れば、被害が出ない作戦にしてもらいたいものだがね』

 白髭白髪は何か勘づいたようだった。

「はっ、つまり、奴らが行う大規模偽装の用意をこちらで行います。代々木公園にて参加自由の屋外ライブを開催します。予定導入者数は約五千人程度を」

 ダンッ!と机を殴る音が響く。

『ふざけるな! お前達で、その数を守りきれるのか!』

『囮作戦か、承服しかねるがね』

『確かに、勝算の程は聞きたいものだね。五千人の命の責任を、持てるのかどうか」

 東條はより一層、その固い表情を引き締めた。

「必ず奴らが会場に入る前に仕留めます。必ずに、です」

 会議室が静けさに包まれる。

 三人は、黙考している。五千人を囮にした作戦。失敗すれば、その命が失われる。だが、こうしている今も、フェアリーコールは鳴り響いている。

 その頻度は日に日に増していく。掃討するならば、今なのかもしれない。

 全員の意思が決まった。

『その作戦を承認しよう』

『必ず! 奴らが会場に現れる前に仕留めるのだ!』

『決してステージには上げてくれるなよ。君達「サイレンス」に期待している。成功を願う』

 モニターが暗転し沈黙する。

「……必ず」

 東條は一人、呟いた。


 駐車場に置かれた黒いバンの、後部に乗り込む東條。

「ゼー○ごっこお疲れ様でーす」

 ヘッドフォンを首にかけたジーンズ革ジャンの青年が一人、ソファに寝転がっている。

 バンの中には他にモニターや計器が設置してあった。

「あんな大規模なものじゃないよ、皆さん忙しい方達だから、こういう風に通信せざるを得ないんだ」

「LINEの同時通話じゃだめなんすか」

「あはは……どうだろうね、今度、聞けたら聞いてみるよ。それより日々紀ひびき君、代々木公園の作業状況は?」

「順調ですよ。俺と違って皆、働きものですからね」

「……君は実戦担当だから、それ以外の時は休んでおいたほうがいい」

 日々紀は起き上がり、東條の方を向く。

「そこはトレーニングでもしろ。とか言うとこですよ」

「トレーニング、サボってるのかい?」

「……いえ、やってますけど」

 どこかバツが悪そうに頭を掻く、それを見て笑う東條。

「知ってるよ、君が演習でも最高成績だって報告もね。だからこそ無理せず今は休んでおいてもいい。トレーニングしたいっていうんなら止めないけどね」

 日々紀は、バンを飛び出す。

「ちょっと走ってきます。モニター見といてください」

「真に受けなくてもいいのに、いってらっしゃい」

 日々紀は首にかけてたヘッドフォンを耳に付けて駆け出す、駐車場を出て、木々の生い茂る方へと向かう。

 そうここは代々木公園だった。


 しばらく走った日々紀は見知った顔と出くわしヘッドフォンを外す。

「……姫、お前も設置作業班だったのか? っていやいやリハーサルはいいのか?」

 姫と呼ばれた女子が振り返る。

 作業着に身を包み、タオルを頭に巻いたその姿。前髪から覗く青のメッシュに気づかなければ、それが、もうすぐメジャーデビューするシンガーである『姫涙ひめな』だとは気付かないだろう。

「ん? なんだ隆生たかなりか。そんなの当日に決まってるでしょ。それよりそっちこそ何してんの?」

「……トレーニング」

「そっか、ま、私の騎士ナイト様だし? それくらい当然よねぇ」

 にやにやと笑う姫、日々紀はぶすっとしている。

「別にお前だけを守るわけじゃない。五千人の命がかかってる」

「……だよね。本当に大丈夫かな」

 笑顔から一転、顔を曇らせる。日々紀は少女が昔から、こういう感情の上げ下げが激しいところがあるのを思い出していた。

「俺達が付いてる。そのための俺達。だろ?」

「……うん。頼りにしてる」

「じゃあ、俺はもうちょっと走ってくる」

 姫は走り去る日々紀を手を振って見送った。

 日々紀は振り返らず走った。


 黒いバンの中。各所から通信が入る。

『A地点設置完了』

『B地点設置完了』

『こっちも、あ、C地点設置完了でーす』

 次々と装置の設置が終わった報告が届く。

 その時、汗をかいた日々紀が帰ってきた。

「どうです?」

「順調だよ、後は当日を待つだけだ」

 モニターにはとあるホームページ。それはサイレンスが作った釣り餌だ。

『飛び入り参加歓迎! 屋外フリーライブフェス! オープニングを飾るのは話題沸騰中のシンガー「姫涙ひめな」のメジャーデビュー曲!』

「……ここまで長かったですね。今まで俺達は、事件が起きた後、偶発的に見つけたフェアリーを狩るだけの事後処理部隊、いやそれ未満だった」

「装備を整えるのにも、姫君をここまで話題に上げるのにも、莫大な予算や人員が割かれた。だが、それが報われる時が来たんだ。僕達は賭けに勝った。だったら後は美味しいところをいただいて行こう」

 そこで日々紀が、軽く吹き出す。

「……あれ? なんか変な事言った?」

「いや、まさか東條さんが美味しいとこをいただくとか、言うと思わなくて、似合わないなって」

 東條は少し心外そうにしながらも笑う。

「……正直、心配な部分もあったんだ。あの無茶な装備の完成もそうだけど、姫君が話題の歌手になれるかが一番の肝だった。ただの参加自由ライブじゃ奴らに怪しまれる。重要なのは話題性のバランスだったんだ」

「俺は姫なら、絶対に注目されると思ってましたけどね。それよりバランスって?」

 東條は微笑ましいモノを見る表情になる。

「君達は本当に仲がいいね……。まあバランスって言うのは要するに姫君がテレビ局まで呼び込むほどになるかならないか、そんなところかな」

「人気が出過ぎてもいけない?」

「そうだね、そうとも言える。テレビに出るような有名人では、恐らくフェアリーは逆に寄り付かない。というかそれだと素人も飛び入り参加出来るライブなんて仕事、そのレベルの人はあまり引き受けないだろうしね。それに奴らの作戦規模はまだ五十人程度だ。段階的にその被害を増しているフェアリーの作戦的にも

 少しニヤリと笑う東條。

 今度は真面目に聞いている日々紀。

「五十人から五千人は段階踏んでるんですか?」

「そこだよ、僕は奴らの最終的な狙いは、『死の歌』をに乗せることだと思ってる」

「キー局に乗るだけで数万人は死にますね」

「それだけじゃない、ネットで拡散されたら被害は世界中に広がる」

 そこで日々紀は首を傾げる。

「でも、だとしたら五千人で、中継無しじゃ、結局、目的達成出来ないじゃないですか。フェアリーは何の放送に『死の歌』を乗せようっていうんですか?」

 一瞬の静寂、東條が顔を引き締める。

。その放送は間違いなく世界中に拡散される」

 その言葉に、驚き目を見開く。

「……なおさら失敗出来ませんね。この作戦」

「失敗する気なんて全く無い。そうだろ?」

「絶対に」

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