フェアリーコール・レジスタンス
亜未田久志
死の歌
「やっぱ
「そんなこと言ってお前、メジャーデビューするって決まってから知ったクチだろ?」
繁華街の道端で高校生ぐらいの男子達が会話に花を咲かせていた。内容はどうやら音楽談義のようだった。
「姫涙もいいけどさ、俺はコールオブディメンションがキてると思う訳よ」
「マジか。どんなバンド?」
「いやボーカルのカイリさんの歌声と、それに完璧に合わせる弟のユイツグさんのギター! これがもう神なのよ、それだけじゃなくてドラムのファナさんが」
一人の会話がヒートアップを始めた時だった。熱に水を差すように、その肩が叩かれる。
「まるで、尻尾……うん?」
男子は誰か知り合いが来たのだろうかと思わず振り向く、二人は特に待ち合わせなどをしてはいないはずなのにと思いつつ。
「……っ」
思わず息を飲む。そこに居たのは、絶世の美女という言葉を安易に使ってしまいたくなるような、どこか浮世離れした女性だった。長い金髪に、緑色のロングドレスを身に纏ったその女性は、優しく微笑んでみせた。
「あなた達、音楽がお好きなの?」
唐突だったが、先ほどまでの会話を聞かれていたのだろう。
「あっ、はい」
「そうですけど……」
思わず肯定してしまう。
新手の宗教か何かの勧誘だったらどうしようと、不安を膨らませて行く二人を前に、女性はその優しげな笑みを絶やさない。
「この近くにライブハウスがあるのは知ってる?」
初耳だった。二人は思わず顔を見合わせる。勧誘は勧誘でもライブハウスとは。
「知らないです」
「新しく出来たんですか?」
二人は、そこそこの音楽通であるという自信を持っていたが、自分達が良く来る場所の近くにライブハウスが出来たなんて情報は初耳だった。
「そう、それでね、もうすぐライブが始まるの良かったら来ない?」
美女の微笑みが妖艶なモノへと変わる。
「いや、でも」
「俺達、今、持ち合わせなくって……」
お金がないのは本当だった。さっきCDを買ったばかりだったからだ。
「開店記念の無料ライブよ。気に入ってくれたらまた来てね? もちろんその時はお金がかかるけどね」
そう言われては、もう引くに引けなくなっていた。女性の怪しい魅力もあるが、そもそも、二人のそのライブへの興味は元から低くなかった。新しいライブハウスというワードが出た時から二人の心は、不安から関心へと傾いていたのだ。
「なんて名前の人達が歌うんですか?」
「曲の種類は?」
二人はすっかり乗り気になっていた。浮かれ始めている。女性に案内されるがままに、その後ろを付いて行く。
「フェアリーコール、しいていえばバラードを歌うかしら。実はね結構、大勢で構成されたグループなの。毎回メンバーを変えて色んな曲を歌うのよ、だから、ライブハウスの名前もフェアリーコールって同じ名前にしてるの」
「そのライブハウス専属のグループって事ですか?」
「日替わりで歌ったりとかそういう?」
「うふふ、まあそんなところね」
会話が進み、歩みも進む。そして目的の場所へと辿り着く。地下への階段、階段の上、看板には「fairy call」の文字。
「ここが」
「なんか緊張してきた」
「さあ、早く入って。ライブが始まってしまうわ」
促されるままに、階段を下っていく。下りきった先には扉、女性がその扉を開く。中から明かりが漏れるようなことはなく、うっすらとだけ様子が窺えた。入ってすぐのところに受付のテーブルがあったが、今日は無料だからか人はいなかった。すでに中には人がいた。多くもないが少なくもない。男子の一人は、うちのクラスより少し多いくらいかと考える。もう一人は、それでも人と人の間に隙間があり、空間的余裕があることから。最大収容人数はもっと多そうだとか考えていた。
入り口から見て横にはドリンクを頼むバーがあり、その反対側には余った椅子やら機材やら積まれていた。そういうものをしまうスペースはないらしい。
そしてメイン。奥のステージにはマイクスタンドがポツンと立っているだけだった。
もうすぐライブが始まるという気配ではない。どういうことかと女性に尋ねようとした時。その姿は側にはなく、辺りを見回すと、ステージへと上がる美女の姿があった。
「あの人が」
「歌手だったんだ」
不思議と驚きはなかった。その美貌からか、尋常ならざる雰囲気からか。理由は分からなかったが、二人は事態をすっかり受け入れていた。
美女がマイクスタンドの下へと辿り着く。マイクの位置を調整して、マイクに向かって口づけするかのように近づけながら告げた。
『……皆さんお待たせしました。では、聞いてください。
それは歌というよりも、何かの鳴き声に聞こえた。だがそれは初めだけだった。
段々とそれは曲となり、歌となっていく。そうして鳴き声が歌として完成していく内に、観客達が一人、また一人と倒れていく。だが、その事に対してリアクションを起こす客はいない。あの二人も、もう完全に飲まれていた。
「これが……」
「……救済」
折り重なるように倒れる二人。ライブハウスの中、そこで立っている者は歌手ただ一人だった。
終わりの言葉が紡がれる。
『ご清聴ありがとうございました』
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