魔法の森の首だけ・首なし

小高まあな

魔法の森の首だけ・首なし

 ディタート国の王様は、傲慢で我が侭でした。生まれついての独裁者でした。

 そしてその娘である、ナコーレ姫もまた、父によく似た性格の持ち主でした。

 高い税金、相次ぐ飢饉、流行る病。一方、きらびやかな王族達。

 それらに耐えられなくなった国民達は、クーデターを起こし、国は生まれ変わることになりました。

 古い悪王は、断頭台へ。王族達は断頭台へ。

 それは、ナコーレ姫も変わりありません。

 そんなのってないわっ! と姫は思いました。私はただ、渡されたものを、あるものを欲していただけなのに。たくさんのドレス、美味しい料理、あまぁいケーキ、煌めく宝石。それらがあるからもらったの。それの、何が悪いの? 私はもっと楽しいことがしたいのに。恋愛だってしたいのに。まだまだ生きていたいのにっ!

 姫の思いは、断頭台へ近づくごとに強くなっていきました。

 首が落とされるその瞬間まで、姫は強く思っていました。その強い思いが、どこかに届いたのでしょうか。

「あ、首が」

 切り落とされた首は、地面に落ちることなく、ぽーんっと跳ね上がり、

「カラス!」

 通りかかったカラスに掴まれると、そのままどこかに運ばれて行きました。

 そして、とある森のカラスの巣にまで運ばれました。


 一方、隣国、バタール国のセヴァロは騎士でした。百戦錬磨の騎士で、常にバタール国に勝利をもたらす、強い騎士でした。

 しかし、ならず者であることでも有名でした。騎士道精神の欠片も持ち合わせていない彼に泣かされた人は大勢いました。

 そんな彼の弱点はお酒でした。お酒にめっぽう弱い彼ですが、お酒がめっぽう大好きでした。その日も、昼間から大量のお酒を一気に飲み干し、浮かれた気分で外にでて、道ばたで熟睡してしまいました。

 そこにとおりかかったのが、彼に酷い目に何度も合わされた、農家の息子でした。自分は苦しい目にあっているのに、のうのうと昼寝をしている彼を見て、怒りが押さえ切れなくなりました。息子は、持っていた鉈を一振り。セヴァロの首と胴体は、すぱっと切り離されました。しかしそれでも怒りが収まらない息子は、首を蹴り飛ばしました。首はよく飛んで、どこかへ消えて行きました。

 我にかえった息子が、怖くなって逃げ出す足音で、セヴァロの強靭な肉体と、鍛え抜かれた本能が目を覚ましました。

「まてぇぇ、俺の首を、返しやがれぇぇ! どこだぁぁ」

 セヴァロはそのまま、駆けて行きました。

 そうしてその姿は、森の中へ消えました。


 目を覚ましたナコーレ姫は、巣から逃げ出すと、ふわふわと宙を浮きながら森の中を彷徨いました。

 セヴァロは、首! 首! 叫びながら森の中を走り回っていました。

 かくして、首だけの姫君と、首なしの騎士は森で運命的な出会いを果たしたのです。

「いやぁぁぁ、化け物っ!」

「うぎゃああ、怪物っ!」


「なるほど、あんたが噂のナコーレ姫か」

 お互い落ち着いて、各々自分の姿も対外化け物じみていることを確認すると、身の上話をはじめました。

「まぁ、私の噂は余所の国にまで広まっているのですね?」

「ああ、見目麗しいが、中身が最悪だって」

「あらあら、見る目のないものの噂ですね。あらいやだ、そういえば貴方も目がないわ」

 うふふ、とナコーレ姫は上品に微笑みました。

 姫は今、騎士セヴァロが作ってくれた落ち葉のクッションの上に載っています。綺麗な金髪が、落ち葉の上に広がります。

 姫は長い睫毛を揺らして瞬きをしながら、

「でも、貴方が噂のバタールの騎士ですのね。強くて怖くて鬼のような怪物だと聞いていましたわ。意外ですわね」

「怪物は間違っちゃいないだろ」

 騎士は自身の体だけの体を見ながら呟きました。

「それにしても俺、今どこで話していて、どこで見ているんだと思う?」

「さぁ? それを言うのでしたら、私もどうやって移動しているのでしょう。いつもと同じように歩こう、と思ったら前に進むんですけれども」

 二人はむむむ、と考え込みました。

 しばらく考えてから、

「わからないことは考えてもわからないから仕方ありませんわ」

「まったくだな。時間の無駄だ」

 思考放棄で意見が一致しました。

「ああ、そうそう。私が、意外だと言ったのは、貴方がお優しいからですわ」

「は?」

「私のためにクッションを作ってくださって、どうもありがとうございました」

 にこにこ笑う姫に恥ずかしくなって、騎士は視線を外すと呟きました。

「……女にはな。でもまあ、大事な部分がないから女として扱ってもいいことないしなぁ」

「顔があるじゃないですか。この美しい顔が」

「俺的にはボディの方が意味あるんだよ。顔なんて目ぇつぶってりゃいいいんだし」

「? なんのお話ですの?」

「お姫様には関係ないよ」

 ふんっと騎士は鼻で笑うと、

「こっちも意外だな。悪名高いナコーレ姫が礼を言うなんて」

「お礼ぐらい言いますわ。失礼ですね」

 形の良い眉がきっと吊り上がりました。

「傲慢で我が侭で、国の財産を欲しいままにして、きらびやかな生活をしているって聞いてたんでな」

「ああ、きらびやかな生活は間違っていませんわ」

 姫は、自身が所有していた数々の素晴らしいドレスや宝石達を思い出し、うっとりと目を閉じました。

「貴方にも見せてあげたかったわ。私のコレクションの数々を。あれは殿方が見ても、きっと素晴らしいと言ってくださいますわ」

 私はね、と姫は続けます。

「ドレスを作る方や、宝石を見つけてきた方なんかには、いつだって感謝しているんですのよ。あの方達のおかげで、私が幸せな想いをできるから。感謝はちゃんとしているのに、我が侭だとか言われるのは、心外ですわ」

 そうして姫は、サクランボ色の唇を少し尖らせました。

「礼を言うのは偉いと思うがな。だが、国の財産状況も考えず、ドレスやら宝石やらを欲しいままにしていたら、そりゃあ、我が侭姫とか言われるだろう」

「なんでですの?」

 本当に不思議そうに姫は首を傾げました。姫全体が傾きました。

「私、本当にわからないんですの。民達はみんな横暴だと怒っていましたけれども、あれはどうしてですの? 私は、周りの人達が持って来てくれる美しいもの達をもらっていただけですのに。あるものを欲していただけなのに」

「そりゃあれだ。持って来てくれるたってただじゃないしな。あるだけもらってたって、いつかなくなるに決まっているだろう。対価の金が」

「そうなですの? お金と交換なんですの?」

「……おいおい、ちゃんと教育しろよ。世間知らずってレベルじゃないだろ。こんなんじゃ遅かれ早かれディタートは終わりだったな」

「なんですの?」

「ディタートの国民達に同情しているんだ」

「あらまぁ」

 姫の目が大きく見開かれました。

「もしかして私、バカにされています?」

「よくわかったな、そのとおりだ。よくまあ、そんなに物を知らないでいられたな。あんたが持っていた宝石達は、全部国の金と交換されていたんだ。その金は国民達が、あんたや王が国をよくしてくれると信じて払っていたもので、あんたが宝石を買うためだけにあるんじゃない。わかるか?」

 姫は青い瞳でじっと騎士を見つめてから、ああっと悲鳴のような声を漏らしました。

「信頼を、裏切ったということですか?」

「おお、物わかりがいいじゃないか」

「わかります。私もよく裏切られていました。偽物の宝石だったり、頼んだドレスが来なかったり」

「そっちか。っていうか騙されんな」

 姫の瞳に、みるみる涙が浮かんできました。

「げっ」

 それに騎士は焦りました。お酒だけではなく、女の涙にも弱いのでした。

「ちょっ、まっ」

「私、我が侭だと言われても仕方がないことをしたんですね……」

「泣くなっ。反省したのはわかったからっ」

 騎士の言葉も空しく、はらはらと姫の瞳から涙がこぼれ落ちます。そして、それを拭う手を姫は持っていません。

 騎士は慌てて近づくと、その大きな手で涙を乱暴に拭いました。

「ううっ、こんな私にもお優しいんですね」

「さらに泣くなっ!」

「首なし騎士が、首だけ姫を泣かせたよ」

 二人の頭上で、二人以外の声がしました。

「え?」

「は?」

 二人、上を見上げます。一羽の白い梟が、枝に止まっていました。

「泣かせたよ、泣かせたねぇ。首がなくても悪い男だ」

 そうして梟がくつくつと楽しそうに笑います。

 姫は泣いていたのも忘れてぽかんっと間抜けに口をあけてそれを見ていました。表情はわかりませんが、恐らく騎士も同じようなものでした。

「あっ」

「うわっ、びっくりした。なんだよ」

 突然大きな声をだした姫に、騎士は驚きました。

「聞いたことがありますわ。ディタートとバタールの狭間、お互いが領有権を放棄した森」

「ああ、呪いの森? 入ったら呪われるっていう」

「ええ。そこの森の主は、白い鳥だと」

「……世間知らずのくせに、そういうことは知っているんだな」

「ご明察」

 くつくつと梟は笑いながら言いました。

「わたしがこの森の主だよ。ようこそ首だけに、首なし」

「その化け物みたいな呼び方はやめろ」

「……あの、私達が元に戻る方法とかは、ないのでしょうか?」

 姫が恐る恐る尋ねました。

「やはり体がないと、髪をとかすことも出来ずに困ります」

「他にも困るところいっぱいあるだろっ!」

 騎士のつっこみは無視して、姫は続けます。

「それに、この方のお顔がないと。せっかくお会いしたのに、私、この方のお顔をみてお話することも出来ません」

 まったく同じトーンで続けられた言葉に、騎士は少しびっくりしました。それに気づいたのか、姫は騎士に視線を移すと、にっこり微笑みました。

「せっかくお会いしたのですから、お顔が知りたいですわ」

「……そうかい」

 なんとなく気恥ずかしくて騎士は姫から視線を逸らしました。

「元に戻りたいのかい? それなら方法がない訳でもないよ」

「本当ですの!?」

「マジかっ!」

「ああ。わたしを捕まえられたら、教えてあげるよ」

 梟はそういうと、唐突にぱさりとその羽根をひろげて、空へ舞い上がりました。

「逃げたっ!」

 騎士が追おうと立ち上がるのを、

「まって、私を投げて!」

 姫が遮りました。

「えっ」

「はやくっ! 逃げられるっ!」

 ばさり、ばさり、と梟が高く飛び上がります。騎士は自分をきっと強い眼差しで見上げる姫を見つめ返しました。梟にもう一度視線を移し、

「あとで文句言うなよっ!」

 覚悟を決めると、姫をぐわしっと鷲掴みにすると、そのまま梟目掛けて投げつけました。

 ひゅーっと金色の髪がなびき、姫が宙をまっすぐ梟に目掛けて飛んで行きます。

「覚悟なさいっ!」

 姫が叫び、

「うわっ」

 梟が悲鳴をあげました。ごんっと姫が梟に頭突きをし、衝撃で梟はへらへらと落ちて行きます。一緒に姫も悲鳴をあげながら落下します。それを、

「ご苦労さん」

 下にいた騎士が、それぞれ片手で受け止めました。

「ふわっ、ありがとうございます」

 姫は少し目を回しながらも、騎士の手によって地面に降ろされました。

「さぁて、約束どおり捕まえたんだ。きりきり吐いてもらおうか」

 騎士は右手に持った梟を、かつて顔があった辺りまで持ち上げると脅しました。

「仕方ないね、約束だものね」

 逃げないからと約束して、梟は騎士の手から解き放たれました。梟はその白い羽根をばさりっとその場で羽ばたかせると、

「君たちに呪いをかけたよ」

 少しばかり楽しそうに言いました。

「君たちは二人合わされば、一人前の人に戻れるよ。ただし、戻れるのは一人だけだよ」

「一人だけ?」

「頭と体、一個分しかないからね、一人だけだよ。どちらにするか決めるんだよ。主導権を握ってくっついたとき、その主導権を持った方にあわせて相手も変化するよ。主導権がどちらになるかを決めるよ」

 そう言うと、また楽しそうにくつくつ笑い、梟は今度こそ空へと羽ばたきました。

 残された姫と騎士はしばらく黙ってそれを見送り、

「ごめんなさいっ!」

「させるかっ!」

 騎士の首の辺りにとびついてきた姫を、騎士は片手でセーブしました。そのまま騎士が姫を掴み、自分の首にのせようとするのを、

「いてっ!」

 姫が腕を噛み付き、阻止しました。

 騎士の手から逃れた姫は、距離を取り直し、きっと騎士を睨みつけました。

「乱暴はしないでください!」

「やりだしたのはそっちだろうが!」

「私は元に戻りたいんです!」

「それは俺だって同じだ!」

「私が元に戻った方が世のためです!」

「国民に見捨てられた国の姫がなにを言う! 俺はこれでも騎士としては優秀なんだ。戦力として必要なんだ!」

「いいえ、貴方は乱暴者でいけません。私のこの美しい顔は、美しい体と一体になってこそです。私はこの美貌だけで、価値があるのです!」

「ナルシストな世迷いごとはやめろ!」

「とにかく! お体を渡してください!」

「そちらこそ、首をよこせっ!」

 こうして二人は、物質的にお互いを欲しがるようになったのです。

 隙あれば姫が騎士にとびかかり、騎士がそれを避けると、騎士が姫を掴もうとし、姫が上手いこと逃げ出し……。体格的には、騎士が圧倒的に有利でしたが、小さい姫君は森のあちらこちらに上手いことを隠れ、騎士の目を欺きました。身体争奪戦は、決着しそうにありません。

 広い広い森の中、二人は距離をとって生活をしました。

 そんなやりとりをしながら、幾らかの月日が立ちました。

「提案なのですが、今日のところは休戦しましょう」

 高い木の上にのぼった姫が、おっかなびっくり騎士に話かけました。

「……いいだろう」

 しばらく悩んでから騎士も頷きました。

 二人とも、このやりとりに疲れ果てていました。

 姫は木から降りると、焚き火をしている騎士の向かいに落ち着きました。

「……また随分と、ぼろぼろだなぁ」

 騎士が姫を見て一言呟きました。

「ううっ、ですよね」

 半泣きになる姫は、確かに頬は汚れ、髪もぼさぼさになっていました。

「手がないと、不便ですのね」

 切なそうにため息をつく姫に、

「……来い。俺で良かったら直してやる」

 騎士が提案しました。

「……本当ですの?」

「妹が居たんだ。そこまで下手じゃない」

「……首くっつけたりしません?」

「休戦だろう?」

「……はい」

 姫はひょこひょこ騎士の前に進むと、

「お願いします」

 その顔を見上げて微笑みました。

 騎士は姫を膝の上にのせると、手櫛でその柔らかい髪を梳かしていきます。無骨な手に似合わぬ、優しい手つきでした。乱れていた髪が、少しずつ直されていきます。

「……ピンでもあれば、軽く束ねてやれるんだけどな」

 全部の髪を綺麗に梳かし、顔の汚れを拭ったところで、少し待っていろと騎士は立ち上がりました。そうして戻って来た時には、綺麗な桃色の花を一輪、持っていました。

「ほれ」

 それをそっと姫の髪に差しました。

「多少はマシだろ」

「まぁっ! 貴方は、本当にお優しいんですね」

 感極まったような姫の声に、

「……二人しかいないからな」

 なんだか照れたように騎士は答えました。

「……そうですね」

 なんだか寂しそうに姫が呟きました。

「私たち、たった二人しかいませんのに、ひとりになってしまうんですね」

「……元に戻るの、諦めるか?」

「それとこれとは別です。私は戻りたいです」

「俺もだ」

「……でも今日は休戦です」

「わかってるよ」

 隣同士座りながら、二人はそう会話しました。どこか心地よい時間が流れます。

 その時、上空をばさりばさり、と何かが通りました。

「あ、私を運んだカラス」

 姫が呟くと、そのカラスは掴んでいた何かを落としました。ひらりひらり、とそれはゆっくりと落下してきます。騎士はそれを掴むと、

「新聞だな」

 姫にも見やすいように地面に広げました。それはディタート国が、近隣のクシー国に攻め入れられそうになっていることを報じるものでした。

「あんたの、国だろ?」

「……ええ。ええ」

 騎士の言葉に、姫は大きく目を見開いたまま頷きました。

「そんな、どうしましょう……」

 クシー国は軍事力の強い国として有名でした。

 騎士は、瞳がこぼれ落ちそうなぐらい目を見開いて新聞を凝視する姫をしばらく見つめると、

「行けよ」

 軽く声をかけました。

「え?」

「俺の体やるよ。だから行って来い」

 なんでもないような言い方で騎士が言いました。その表情は、当然ながらわかりません。

 姫はそんな騎士をしばらく見つめると、

「……いいえ。いいえ、できません」

「遠慮なんてしなくていいから」

「違います。そうではなくて、私の首を、あげます。だけどお願いがあります。貴方、強いんですよね? 助けてきてください」

 お願いします、と姫は頭を下げるかのように動かしました。

「か弱い私ではなんの役にも立ちませんだから。お願いします!」

「絶望という名の淵に立たされたとき、死んだと思った姫君が心を入れ替えて現れたら、それはそれで勇気づけられるんじゃないのか? そういう勇気を与える行為は、意外と有効だし、必要だぞ? 誰もあんたに、騎士の役割なんて求めてないさ」

「ですが。……私は一人では何もできません」

 姫は自分が、世間知らずの姫君であることを最早熟知していました。それが姫の決心を鈍らせました。

「最初のときさ、自分を投げろ、って言っただろ? あれ、俺驚いたんだよ。箱入りのお姫様がそんなこと言うなんて、度胸があるなって」

 安心させるかのような、耳に心地よい声が続けました。

「あの度胸があれば、大丈夫だよ」

 だから行って来い、と騎士はいいました。姫はしばらく騎士を見つめてから、ゆっくりと瞳を閉じ、頷くかのように首を軽く動かしました。それから、小さな声で呟きました。

「……私、一つ残念なことがあります」

「なんだ?」

「貴方のお顔、結局拝見できないままでした」

「……ああ」

 それに騎士は、苦笑まじりに声で答えました。

「それは俺も残念だな」

 姫の頬を、そっと片手で撫でると、

「結局、あんたにキスの一つも出来やしない」

 軽い口調で、それでも真剣に告げました。姫の顔がぽっと赤くなり、それから少し涙混じりの瞳で、答えました。

「……破廉恥です。ですけど、残念です」

 ふふっと騎士が笑ったような声がしました。今の顔を見たいな、と姫は切に思いました。

「さて、一思いにやってくれ。早い方がいいだろう」

 言って、騎士は両手を広げました。

「……本当に、いいんですの?」

「ああ」

「ありがとうございます」

「気にするな、楽しかったよ。色々と」

「私もです」

 姫は微笑みました。そしてきっと、騎士も微笑みました。

 姫は覚悟を決めると、騎士の首を目掛けて飛びました。騎士は拒みませんでした。

 姫は、騎士の首の位置に上手いことぽんっとのりました。瞬間、ぱぁっと二人の姿が光に包まれます。姫は思わず目を閉じて、

「……ああ」

 目を開けた時には、完全体のナコーレ姫がそこにはいました。細い手足に、白い指先。淡い色のドレスに包まれた体。細い指で姫はそっと髪を撫でました。さらさらと指の間を髪の毛が通る感触がしました。体が、自分のものになったことを感じました。

「セヴァロ?」

 そっと姫は呼んでみます。初めて、その名を。

 けれどもどこからも返事はありません。彼が消えてしまったことを理解し、姫の瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちました。

 そのまましゃがみ込んで泣きそうになるのを、ふっと触れた花が引き止めました。それはさきほど、騎士がつけてくれた花でした。

「……あの人は、大丈夫だと言ったわ」

 そっと呟くと、顔をあげました。

 騎士の意思を無駄にするわけにはいかない、と思いました。彼の好意に答えなければいけない。信頼を裏切るようなことは、もう、会ってはならない。そう自分に言い聞かせると、姫は歩き出しました。泣きながら、それでも力強く、一歩一歩進みました。

 そうして、ついに、一歩、森の外へ踏み出しました。

 そこで、くらりと目眩。思わず姫は瞳を閉じました。

 あらやだわ、と姫が目をあけると、視線が随分低くなっています。

「あら?」

 姫が呟くと、

「え?」

 隣でも声がしました。

 姫が見上げる首なし騎士。

 騎士が見下ろす首だけ姫。

「森の主様っ!!」

「あのくそ梟っ!」

 少しの間のあと、二人は同時に叫ぶと、梟を探しに森に戻りました。

 梟は、二人が来るのを待っていたかのように、森のほぼ真ん中に鎮座していました。

「主様っ!」

「くそ梟っ!」

「おやおや、どうしたんだい?」

「元に戻ったのに、なんでばらばらになったんですか!」

「説明しろ!」

「あれあれ、言わなかったかな。効力は呪いの森だけだよ」

 くつくつと、梟が笑いました。

「だってそれは呪いだからね。呪いは有限、森の中でしか利かないんだよ」

「それならそうと!」

「先に言えよ!」

 二人の剣幕を受け流し、梟は楽しそうに笑います。そして、騎士が怒りに任せて殴りかかろうとするのを、飛び上がり避けました。そのまま、どこかへ逃げようとするのを、

「投げるぞ姫!」

「どうぞっ!」

「期待させやがってこのくそ梟っ!」

「いくらなんでも許せませんわっ!」

 そうして宙を舞う、首だけ姫。しかし、梟とてバカではありません。二度も同じ手にはひっかかりません。

 ひょいっと方向を変えました。

「え?」

 姫の軌道はそのままに、ひゅぅっとどこかへ飛んで行きます。

「いやぁぁぁぁ」

「うわぁぁぁ、姫ぇぇ!」

 悲鳴を残して飛んで行く姫を、騎士は慌てて追いかけました。

「ちなみに、さっきの記事は誤報だよ、うっかりだね」

 上空から、のんびりとした声が降ってきました。

「カラスもお前の差し金かぁぁぁ!」

 それを聞くと騎士は叫びました。姫は、それどころではありませんでした。


 落下し、木にひっかかっていた姫は、騎士によって救出されました。

 結局また乱れた髪を直してもらいながら、

「絶対絶対、なんとしてでも元に戻る方法を見つけだしますわよ!」

 姫は強気な口調でいいました。

「当たり前だっ!」

「二人で別々に戻りましょうね、今度はっ!」

 姫はそのままの口調で言いました。まっすぐに放たれた言葉に騎士は一瞬たじろいでから、

「当たり前だ」

 努めて冷静に答えました。それから悪戯っぽく囁きます。

「そしたらご褒美のキスな」

「なっ」

 姫は顔を真っ赤にすると、叫びました。

「破廉恥ですわっ!」



「おばあさま、どうして森に入ってはいけないの?」

 森の近くを通りかかった少女は、祖母に尋ねました。

「あの森にはね、首だけ姫と首なし騎士がいるからだよ」

「……怖いっ」

 怯える孫娘に、祖母は優しく答えました。

「でも大丈夫。あの二人はかれこれ百年、いつも、犬も喰わない喧嘩をしているだけだから」

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魔法の森の首だけ・首なし 小高まあな @kmaana

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