第435話 約束
ティレスが扉の奥に消えたと同時に背後の扉が勢いよく開いた。
刀夜は手にしていた拳銃を腰のポシェットに急いで隠くす。この武器を彼らに知られるわけにはいかない。
扉に体当たりをしたと思われる自警団の連中が雪崩こんだと思えば彼らは勢い余って総崩れとなった。そんな彼らを押し退けて赤い髪をなびかせた女性がヅカヅカと進んできた。そして腰の細身の剣を抜き去ると刀夜達に向けて威厳を持って叫ぶ!
「自警団だ! 全員その場を動くな!」
レイラの怒号を境に倒れていた自警団の面々は慌てて起き上がると刀夜達を取り囲む。最初っから打ち合わせしていたのであろう、他の団員は隠れている者がいないか部屋中を調べ始めた。
だがティレスはすでにゲートをくぐり、転送された後だったため彼女は見つからずに済んでいる。
レイラは刀夜の元へとやってくる。
「刀夜殿だな?」
「そうだ」
「確認したいのだがボドルドは、そこにへたりこんでいる魔術師でよいか?」
「そうだ彼がボドルド・ハウマンだ」
そう刀夜が答えると彼女はボドルドの目の前と足を向けた。地べたに座り込んで肩を落としている老人に再び剣を向ける。
「ボドルド・ハウマンだな。貴殿には教団のことに関して逮捕するよう命令がでている。またその他、数々の事件に関しても色々と聞かせて頂くぞ。捕らえろ!」
レイラの命令によりボドルドが拘束される。うなだれている彼を強制的に立たせた。
拘束ロープにて縛りあげると呪文が唱えられないよう魔法アイテムを彼の口に装着させられる。さすがにそれは嫌なのかボドルドが抵抗を見せるが多勢には叶わない。
彼が拘束された際に団員の一人が拘束ロープを持って刀夜を拘束しようとする。自警団の規則では現場にいた者は全員拘束することになっている。
しかし、そんな彼をレイラは止めた。
「彼らの拘束はしなくてよい」
「は? いや、しかし……」
それでは当初の計画を破ってしまうことになるため団員は困惑する。
「大丈夫だ。彼らはどこにも行ったりしない。そうであろう?」
「あぁ……」
「貴殿達には後日、説明を求めるので自警団への出頭を命じる!」
レイラの命令に刀夜を始め、マウロウやアリスも了解した。だが団員はその命令に不服である。自警団の命令は絶対だからだ。団員が不服そうにしているのを見たレイラは彼に補足した。
「命令は大事だが、貴殿は愛し合って抱き締めているあの三人を引き離せるか?」
そう言われて彼は恥ずかしそうに引き下がった。
だが恥ずかしくなったのは彼だけではなく、抱き合っていていた当の本人たちも赤面した。刀夜とリリアはずっと互いに抱き合っていたことに今更気がついた。
それを人から指摘されたことで余計に恥ずかしさが込み上げてくる。二人は顔を真っ赤にして惜しむように離れた。
刀夜は恥ずかしさをごまかすように話題を替える。
「レイラさん。いいのか? 規則違反だぞ?」
「事情は龍児から聞いている。知っているのは私だけだ。悪いようにはならないようにするさ」
龍児は刀夜の家を出る際にレイラに大まかな事情を説明していた。レイラが率先して先方を努めていてたのもこのためだ。
刀夜がこの世界に残ってボドルドを引き留める。マウロウの正体など。事の重大性を感じた彼女は他の者に任せておくわけにはいかなかった。
「と、ところで刀夜殿……龍児たちはやはり帰ったのか?」
「俺以外のメンバーは皆帰ったよ……龍児も含めてな……」
「……そっか……」
レイラは肩を落とすと少し残念そうにした。龍児は帰ってしまうと分かってはいたが、心のどこかで『もしかしたら』と期待を持っていた。
龍児の元の世界がどんなところかは知らない。だが龍児の性格は自分達の世界に合っているような気がしていた。
「えー何、何? レイラもしかして龍ちゃんこと好きだったりしてたんッスか?」
アリスはレイラが残念そうな顔をしていたのでそのような勘繰りをした。そしてニヤケ顔で彼女をからかうように詰め寄る。
「ち、違う! ただ将来、わたしが分団長に上がった際に副の席をあやつにと……思っていた……だけだ……」
それはレイラの本音だ。確かに龍児の事は非常に気になる男ではあるが、どうにも弟のような感覚は抜けていない。
第1分団の分団長アラドはまだ若い。よってレイラがその地位に上がるのはまだまだ先だ。だがその間に龍児を鍛え上げれば副官を勤めることぐらいできるだろうと期待していた。
アリスに言われて自分が龍児に抱いていた気持ちはそのようなことなのだと改めて気づかされた。
「それで貴殿は良かったのか? 帰らなくて……」
あれほど帰ることに固執していた男が残っていることにレイラはどのような心境の変化なのかと知りたくなった。
「俺には果たさなくてはならない約束があるからな……」
「そうか……」
その約束とやらが何なのか分からないが、きっと大事なことなのだろうとレイラはそれ以上追及はしなかった。
「ねぇ、ねぇ、レイラ~本当は龍ちゃんのこと好きなんでしょぉ~」
アリスが場の空気を読まずにまだ龍児のことでレイラをからかっている。そのことにレイラのこめかみに血管が浮き上がった。
「ア~リ~ス~ど~の~。あんただけしょっぴいて尋問してもよいのだけど?」
「ええー! ひどーいッス! レイラのことこんなにも心配してるアタシを捕まえようだなんて!」
「尋問はアタシの部屋で、特製のお茶とお菓子つきでどうかな?」
「あ、だったら行くッス! 捕まるッス!」
何だかんだとこの二人、海のときより仲が良くなっているなと刀夜は羨望の眼差しを向けた。
「刀夜、リリア……」
声をかけてきたのはマウロウだ。
「拓真……」
「二人には酷いことをしてしまった。許されることではないと思うが謝らせて欲しい。すまなかった……」
マウロウは深々と頭を下げた。だが拓真も タイムパラドックスの犠牲者とも言えなくはない。好き好んで時間魔法を作ったとは思えない。今あるこの世界を守りたくて彼もやもえなかったのであろう。
そして彼がこの世界を守ってくれたからこそ刀夜はリリアと出会うことができた。そう思うと拓真のことを責める気にはなれない。
「せめてのお詫びに二人の傷を直させてくれ」
それで拓真の罪悪感が少しでも晴れるならと刀夜は受け入れた。マウロウは手を刀夜達に向けて呪文の詠唱に入る。呪文は帝国語のため何をいっているのかさっぱりだ。
マウロウの胸にある魔法石が光ると、刀夜とリリアを包み込むように魔方陣が形成される。全身がぽかぽかと何か暖かいもので包まれたような気がすると魔方陣の光が消えて先ほどの感覚も消えた。
「と、刀夜様!」
リリアがマジマジと刀夜の顔を見て驚いている。
「お顔の傷が消えています」
刀夜は自分の顔を触ってみた。するとあれだけ不細工に盛り上がっていた傷口の感触がなくなっている。体のほうも服の上から触ってみて凸凹とした拷問の傷跡がなくなっていた。
「時間魔法で君たちの体を傷を負う前に巻き戻した」
マウロウの説明を聞いた刀夜はハッとして、リリアの左手を掴むと彼女のピンク色のガントレットを外してみる。
「あ…………!」
リリアの左手に刻まれていた奴隷の刻印が消えている。あれほどリリアを苦しめていた刻印が。
いつかリリアのこの刻印を消し去ってやりたいと刀夜は願っていた。それがいま成し遂げた。
「よかったな。リリア」
「はい、刀夜様」
「これで約束の一つは果たせた」
刀夜が安堵すると。その言葉を聞いたリリアは少し不安に刈られた。刀夜は約束を果たしてしまったら居なくなってしまうのではないかという不安だ。
「あの……」
「なんだ?」
「刀夜様は本当に帰らなくて良かったのですか?」
約束が済めばまた元の世界に帰ると言い出すのではないかと危惧した。
「リリア……」
「は、はい……」
「俺は一度交わした約束は絶対に守る男だ」
「はい……」
刀夜がそのような性格であることはリリアはよく承知しているつもりである。
「そ、その……」
まっすぐにリリアを見つめていた刀夜の視線が逸れた。そのことで刀夜が何を言おうとしているのかリリアに緊張が走る。だが刀夜の顔はみるみる赤くなり、リリアの手を握っている彼の手が熱くなる。
「あ、あの日の夜のことだ……」
あの日の夜、どの夜のことを言っているのだろうとリリアは記憶を探る。
「き、君と交わした約束を俺はまだ果たせていない……」
約束……あの日の夜……あの約束!?
リリアはあの夜のことを思い出すと赤面する。
忘れもしない。いや、できることなら忘れてしまいたい大失態。
魔術ギルド試験にて辛い記憶を思い出し、自暴自棄となって刀夜を襲ってしまったあの夜のことだ。錯乱した自分を助けるために刀夜はある約束をしてくれた。あのような無茶苦茶な約束など無効でよいのに……
「君が俺を必要としてくれている間、君が満足するまで側にいる……その約束をまだ果たしていない」
刀夜はその約束を覚えており、約束を果たそうとこの世界に残ってくれた。その想いでリリアの心は弾けそうにる。彼の言葉に甘えたい。
「はい。約束しました。あたし、おばあちゃんになっても満足なんてしませんよ?」
「望む所だ……」
見つめ合う二人は互いを欲するように熱い口づけを交わした。
「やーん。エイミーもチューするの!」
二人に置いてきぼり食らったエイミーは刀夜とリリアの足しを掴んで羨んだ。そんなエイミーに刀夜とリリアは顔を合わせて思わずプッと笑う。
刀夜が半泣きになりそうなエイミーを抱き上げるとリリアと二人でキスの雨をエイミーに注いだ。
二人から挟まれるようにほっぺやおでこ、耳や手に次々とキスをされる。エイミーはキスがくすぐったくてキャキャと笑う。あまりにも笑いすぎてエイミーは疲れてぐったりとしてしまった。
再び二人は見つめ合うと口づけを交わす…………
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