第434話 ボドルドとの決着

 オレンジ色のロングヘアーからは癖毛が左右に跳ねていた。豊満な胸を揺らしながら翡翠色の魔導師の服を纏った女性が現れる。マウロウこと拓真にとって決して忘れぬことのない人物。


「アリス……生きておったのか……」


 アリスは刀夜と帝国に赴いた際に死んだと聞かされていた。マウロウは彼女が生きていたことで、すでにその時から刀夜の反撃が始まっていたのだと知る。


「ねぇ、聞いてよ師匠ぉー刀夜ッチたら酷いんッスよ。いきなり『死んでくれ』っていって私に武器向けるッスよ。そのあとクローン運んだりとか、ともかく人使い荒いんスよ!」


 アリスは胸を張ってドヤ顔で登場した割には言うことは半泣きまじりだ。


「そ、そんなハズはない。あれがクローンならばなぜ顔に傷があった? クローンなら無いはずだ!」


「あれは自警団のマスカーって人に事情を伝えて作った傷跡ッス」


 魔術ギルドのマスカーは魔術医療師である。しかし教団の事件に深く関わってしまったために現在は自警団の専属魔術師として所属している。ただ実際には機密漏洩防止のために自警団の監視下におかれているといったほうが適切だろう。


 アリスは彼や自警団幹部に事情を説明して協力を仰ぐと、マスカーはクローンの顔に刀夜と瓜二つの傷跡を作ってみせた。


「な、納得いかぬ……」


 だがそれでもボドルドは納得できない。なぜならクローン体には大きな欠点がある。


「短期間でクローンを作るには遺伝子情報を元に成長魔法で加速して作らねばならない。瓜二つの体を作ることはできても記憶もなければ蓄積された経験もない脳では本能でしか動けぬ。刀夜としての意思までは複製できないのになぜだ?」


 その言葉を聞いてアリスはニヤリとした。


「それは相手の体に自分の精神を憑依させる魔法を使ったんスよ」


「なんじゃと……」


 驚いたのはボドルドだ。精神憑依の魔法は禁忌に部類する古代魔術でまだ現代語に翻訳もされていない未公開魔法だ。この魔法を扱える魔術師はマリュークスしか存在しない。


 マリュークスは以前にこの魔法で自警団のブランに憑依し刀夜のピンチを救っている。しかし、その時は結界に閉じ込められていたために魔法の出力が弱くてブランに完全憑依はできなかった。


「貴様……どこでその魔法を……」


「それはコレッスよ」


 アリスは指に着けていた真っ赤な魔法石の付いた指輪を見せつける。魔法石の中にはすでに呪文式が組み込まれており、その魔法が精神憑依だ。


 この指輪はかつて刀夜がプルシ村のアーグ討伐で彼らのアジトから見つけたものだ。元々はアジトの元の持ち主である山賊が商人を襲った際に奪ったものだが出所は帝国であろう。


 アーグ討伐の報酬として刀夜が頂いたが、巨人兵討伐戦にてアリスに助けられたことから彼女に送ったものである。アリスは中の呪文が何なのか悪戦苦闘しつつも解き明かした。


「では、送り出したのはクローンなのか……」


「証拠が見たいのならこの体に刻まれた拷問の跡をみるか? クローンには無いものだぞ」


 それを聞いたボドルドはがくりと座り込んで黙って首を振った。そこまでせずとも目の前にいる刀夜は本物であることぐらいもう分かっている。


「刀夜……君はとんでもないことをする。タイムパラドックスが怖くなかったのか?」


 マウロウが尋ねた。タイムパラドックスが起こる範囲は拓真が転移してきてから龍児たちが帰る期間と地球に帰還してから拓真が転移するまでだ。


 この期間内に歴史を書き換えるようなことをすれば、回り回ってどう影響するか分かったものではない。拓真にはそのような度胸はなかった。だから歴史の流れに購えなかった。


「拓真。俺はなにも冒険などしていない」


「え?」


「お前の残した手帳に書いてあった俺の最後。龍児の動機が『嫉妬』などとあまりにも不自然すぎる」


「??」


「以前の俺が同じ作戦をたてたんだ。そして続く俺にも分かるようにあえて不自然な動機にしたのだろう。龍児はそんな理由で絶対に人を殺したりしない!」


 マウロウは唖然とした。そして龍児にまでしてやられたのだと気がつくと大笑いする。


「いつからだ? 龍児と結託していたのは?」


「モンスター工場で会ったときに大間かな作戦を伝えた」


「詳細はアタシが伝えたッス」


 マウロウはその話を聞いて穏やかな表情を見せた。


「そうか……そうか。君たちは喧嘩をしていたワケではなかったのだな…………」


 拓真は刀夜が殺された事件が偽装が嘘だったことよりも、喧嘩ばかりしていた二人が協力していたという事実がとても喜ばしかった。騙されていたことでさえ嬉しく思えるほどに。


 刀夜はそろそろ時間を気にして姿鏡をちら見すると自警団はもう扉の前にいた。彼らは扉に罠がないか調べている最中である。扉の罠は転送が発動した時点で解除されている。ゆえに扉は押せば簡単に開いてしまう。


「ティレス!」


「な、なによ……」


「君は逃げるといい。奥の部屋にポータルゲートがある。ボドルドが逃げるために用意していたものだ。一回ぐらいは飛べるはずだ」


 確かに刀夜のいうとおり奥の部屋にシールドを施した魔法石とポータルゲートがある。


 この事は誰にも言ってないハズなのにしっかりと刀夜には見抜かれていた。抜け目のないやつだとボドルドは舌打ちをする。


「で、でも……どうしてボクを逃がすの?」


 ティレスも多くの罪を重ねている。本来ならボドルド同様に自警団にお縄となるのが筋だ。


「君がプラプティの生き残りであり、リリアの親友だからだ」


「な、なんだよソレ……依怙贔屓えこひいきじゃないか」


「俺は綺麗事だけで生きてるつもりはない。依怙贔屓えこひいきでも何でもするさ。ただ君が死んだらリリアが悲しむ。罪を償うなら自警団に捕まる意外にも色々方法はあるだろ?」


 そう言われてティレスはちらりとリリアを見た。リリアも刀夜の胸の中からティレスを見つめており、こくりと頷く。彼女もティレスが生きていることを望んでいるのだ。


「……じゃ……じゃあ……そうする……」


 本当にそれで良いのか分からないが、リリアの悲しむ姿を自分も見たくはないのは確かだ。世界をつくり直したいという思いは正直いってまだ残っている。これまでやって来たことを簡単に捨てることもできない。


 しかし目の前で世界を終わらせようとした者の末路を見てしまった。激情にかられて短絡思考に陥ったのは馬鹿だったのかも知れない。今は心が整理できておらず迷いが生じていた。


 時間をかけてその事を考えてみるのも悪くないのも知れない。そして刀夜のいうとおり過ちであったのなら、何らかの形で罪を償い、いつかまた彼女に会いたいとティレスは思う。


「じゃぁ、リリア……またいつか会おうね……」


「うん……」


 ティレスは走ってポータルゲートのある部屋の扉を開けた。扉を閉める際にチラリとリリアを見て目が合うと微笑んで扉を閉めた。


 何かとたくましい彼女のことだきっとまた会えるだろうと刀夜とリリアは見送った。

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