第432話 龍児と刀夜の反撃1

「ねぇ、龍児くん。事件の全容はわかったわ。だけど貴方はいつ、これだけの情報を集めたの?」


 由美と龍児は自警団で同じ作戦に参加している。シュチトノ攻略戦からモンスター工場攻略まで長期に渡って行動を共にしていたのだから情報を集めている時間はなかったはずである。


「情報は刀夜が集めたものだ」


 由美はやはりと思った。彼ならばこれだけの情報を集めてもおかしくないだろう。いや、むしろ彼にしかできない。


「いつ?」


「モンスター工場のボドルドの部屋にて奴から聞いた」


 龍児は刀夜と出会ってすぐにリリアとの誤解を解こうとした。だが刀夜は予想に反してあっさりと龍児の話を受け入れた。正直いってあれだけ怒っていていたのは何だったのかと突っ込みたいほどに。


 刀夜がこうも簡単に受け入れたのはリリアの一件は誤解の可能性が高かったし、なによりも時間的猶予がなかったことが大きい。


 リリアや自警団が来る前に龍児に話しておかなければならないことがあった。その後、刀夜の口から語られる話は龍児にとって驚きの内容だった。


 特にタイムパラドックスに関してはまるで自分達は蜘蛛の糸の上を歩かされているような気にさせられる内容だ。ひとつ間違えればこの世界が吹き飛んで消えてしまう。


「俺は刀夜からすべての事情を簡潔に聞かされて、タイムパラドックスを引き起こさせないよう歴史をトレースしなくてはならないことを聞かされた」


「え!? ええ!? ちょ、ちょっと待って!」


 龍児の話を聞いた由美は彼がとんでもなく難解なことを言っていることに疑問を抱いた。


「歴史をトレースってそんなことできるの? 何もかも知らない私たちには不可能としか思えないわ」


 だが由美の懸念とは裏腹に歴史の強制力とも呼ぶべき力が働いているのか、それとも龍児たちの描いてきた歴史が手帳に反映され書き変わったのか、概ね手帳に書かれている歴史どおりに龍児たちは歩んでいた。しかし……


「俺も刀夜もそう思っている。歴史の完全トレースは不可能だ。だが目的はタイムパラドックスの阻止にあるわけだから、要はキーマンである拓真にあの世界を経験させて元の世界に戻せれば良いことになる」


「キーマンが拓真……そうか、だからマウロウは拓真を保護していたのか」


「恐らくそうだろう。マウロウは拓真に歴史を繰り返させるように自分の手元に保護し、この世界に興味を抱かせるために魔法を教えたんだ」


「ちょっと待ってくれよ、何で拓真だけ保護して俺たちは保護されなかったんだ!? 自分だけ良ければいいってのかよ?」


 颯太が不満を漏らしたが、その言い分も分からないでもない。すべてを知っていてのなら転送されてきたときにマウロウが皆を保護していれば31名全員が助かったのではないのかと。誰もがそう思うところだ。


「マウロウにはそれをしたくともできない理由があった」


「それは何なの」と舞衣。


「俺たちがいつやってくるか明確な時期が掴めなかったんだ。俺たちがこの世界に来たとき転送装置は風化していただろう?」


「えぇ、ボロボロになっていたわ」


「そうさ地球とは何光年離れているか分からない。転送中は時間魔法で俺達はそう長くないように思えても、それ意外は別の時が流れているためだ」


「ちょっと待って……私たちが帰還したときは向こうにいたときとあまり差は感じられなかったわよ?」


 龍児の話では転送の儀式が行われて由美たちが向こうについたのは何年、いや何十年という年月が経っていたように見受けられた。だが彼らが異世界で暮らした期間は約一年半、地球では転送事件発生から帰還は丁度二年となっている。


「それは帰還時の転送は時期が明確になっているからだ。ビリヤードの話をしただろう? 打ち出す玉の角度が大きいと帰ってくるときは距離が大きく離れる。だが浅い角度なら手元に戻ってくるのと同じ原理だ」


 しかも時間魔法は不安定なため距離が離れれば離れるほど誤差を生じるようになる。


「だからマウロウは私たちを助けられなかった……」


「んじゃよぉ、その後はどうなんだよ?」


 転送直後は保護できないとしても、拓真を助けた時点で彼らがこの世界に来ていることは確実なはずだ。それなのに助けないのは薄情なのではないかと。


「それは歴史が大きく変わってしまうのを防ぐためだ。究極拓真さえと言ったがその場合、歴史が大きく変わりすぎて先が予測できなくなってしまう。最悪バタフライ効果によりタイムパラドックスを引き起こす可能性も生まれるかも知れない」


「結局は歴史をトレースするしか無かったのね……」


「そういうことだ。そしてこれが刀夜が帝国に赴いたときさいに手に入れた拓真の手帳だ。これにすべてが記されている」


 龍児は胸ポケットから一つの古い手帳を取り出した。帝国の資料館は風化しないよう施設に魔法が施されていたがそれでも完全ではないため白いはずの紙は茶色く変わり果てている。


 皆は差し出された手帳を手にして回して読んでみた。


 内容は龍児の説明通り今回の事件にまつわる話と向こうの世界の歴史書のような内容となっていた。気著面な拓真らしい文字で年代や起きた事件と詳細に綺麗にまとめてある。


「ということは龍児……あんた……そんな時から全部知っていたのね」


 葵が青筋を立てて怒りだした。龍児が自警団から帰ったときに葵たちが聞かされたのは刀夜と出会って帰る日が決まったことと集合場所だけだ。


「どうしてこんな重大なこと黙っていたのよ!」


 黙っていた内容があまりにも重大すぎて葵の怒りに再び火が灯ってしまう。


「いや、だから悪かったって……」


 龍児はそんな葵にタジタジとなって謝った。だが龍児がこの事を黙っていたのは帰還しても彼らはまだタイムパラドックスの影響下にいたためだ。


 拓真が再び向こうの世界に旅立つまでは地球でも歴史をトレースする必要がある。


「悪いじゃないわよ!」


 葵の顔がフグのように膨れあがり、見かねた美紀が彼女を宥めたことにより、ひとまず落ち着きをみせた。


「この手帳によれば刀夜はやはり龍児が殺したことになっているね……」


 二人のやり取りをよそに手帳の内容を確認していた晴樹は刀夜の最後を何度も読んでいた。何度も読み返したのはあの事件の理由にずっと違和感を感じていたからだ。


 龍児は嫉妬だと言っていたがどうにも腑に落ちない。しかし手帳もそのようにしか書いてなかった。


「そ、そうよ! 危うく忘れそうになったけど本題はそこよ! 今までの話と何か関係あるっての?」


 異世界の話と刀夜殺害に関して葵も接点がみいだせなかった。


「それがあるんだよ」


「え?」


 思わぬ龍児の返答に葵は意表を突かれてきょとんとする。手帳に書かれているとおり嫉妬が原因だとばかり思っていただけに、この転送事件と刀夜殺害がどう結びつくのかとんと理解できなかった。


 そしてそれは葵のみならず他の者にとっても同じである。


「この事件に関して俺も刀夜もスゲー腹を立てている。特にボドルドに対してだ。何としてでも奴に一泡吹かしてやらねーと気が収まらねえ。だがタイムパラドックスだけは絶対に防がなきゃならない。そしてこの手帳。刀夜はこの手帳からヒントを得てある作戦を考えついた」


「作戦?」


「連中に一泡?」


 刀夜の名前が出たこともあり、力強く語られた龍児の話はどこか期待を感じずにはいられない。


「俺たちがこのまま元の世界に戻ればあの状況からボドルドはまた逃げてしまう。残されたリリアのことも心配だ。だから罠を仕かけて今度こそ奴を捕まえるのさ」


 晴樹は当時の状況を思い浮かべる。罠を仕かけて捕まえるといっても、そのような余裕のある状況ではなかったはずだ。自警団と時間が迫るなか、ほぼ有無を言わさず帰還させられた。


 しかし、罠といえは刀夜だ。彼ならまた思わぬやり方で何かを仕かけたのかも知れない。だがその刀夜も一緒に帰還しており、龍児の手によって帰らぬ人となっている。


「でもどうやって? 俺たちはもう向こうの世界には戻れないぜ」


 颯太が疑問を投げかけた。


「だよね。すでにあれから25年も経っているし……」


 ボドルドを捕まえるチャンスは転送がおこなわれたときしかない。


 だが転送できるできない以前に、もうとっくに年月が経っているので自警団とボドルドの戦いは終わってしまっている。恐らくボドルドが逃げおせるという結末となっているだろうと舞衣は予測した。


「そこで話は最初に戻るのさ」


「最初?」


 話が長く、最初と言われてもどこの話なのかピンと来ない葵は目を白黒させる。だが他のメンバーもどのことかと話が掴めず、取りあえず龍児の話の続きを求めた。


「皆に嘘をついていたという話だよ。実は俺は皆にもうひとつ嘘をついていた」


 確かに一番最初の冒頭は龍児の謝罪から入っていた。彼が謝った理由は重要な情報を隠していたことだとも。


 それもかなり重大な話であったのだが、それ意外にもあるのかと皆は息を飲んで龍児の言葉を待った。皆から注目を浴びると龍児は軽く咳払いをする。そして大きく胸を張って答えた。


「俺は…………刀夜を殺してなどいない!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る