第431話 マリュークス

 ティレスは今更にしてボドルドが魔法を使わず剣を使っていた理由を悟った。


 悔しがるティレスを余所目にボドルドはリリアのほうを見た。再び邪魔が入る前にとっとと用を済ませようとするが今度は思わぬ人物が止めに入った。

 

「やめろ! もうやめてくれ、モハンマド!」


 リリアに剣を振りかざそうするボドルドの腕をマリュークスが掴んだ。意外な人物にボドルドは驚きつつも彼を振り払おうとする。


「せ、誠也! お主こそ止めぬか!」


 暴れて振り払おうとするボドルド。だがマリュークスはそんな彼を離そうとはしない。


 マリュークスはもうこれ以上、彼に罪を負わせたくなかった。このまま彼を自由にすれば罪を重ね続ける一方である。


 だからこそ世界を破壊してでも止めたかったのだが、もはやそれは叶わぬ夢と散った。


 しかし、マリュークスの願いも虚しく彼もボドルドに振り払われてしまった。


「はぁ、はぁ、どいつもこいつも何故邪魔をする? なぜワシの理想の邪魔をする!?」


 ボドルドにとってもどかしいときが過ぎる。親友にまで理解してもらえないことに悲しみを感じた。だがボドルドはそれで考えを変えるような者ではない。


 マリュークスは地面に落ちていたナイフを拾うとボドルドを襲う。


「や、やめぬか! 誠也!」


 ボドルドとしては刃を向けたくはない相手ゆえ防戦一方となってしまう。だが一族のたしなみとして武術の訓練を受けたことのあるボドルドにとって、ど素人のナイフなどかわすのはたやすい。


 問題はどうやってマリュークスを止めるかだ。いっそのこと斬りつけて動きを止めるか?


 怪我を追っても魔法石の時間魔法が瞬時に治してくれるはずだ。


 ボドルドが大きく降りかぶってマリュークスの魔法石を傷つけぬよう狙いを定めて振り下ろした。


 その瞬間! ティレスの投げつけた杖がボドルドの顔に当たった。


「!!」


 突如視界を奪われ、その影響で振り下ろした剣の軌道が変わるとマリュークスの肩から胸にかけて切り裂いてしまう。


「しまった!!」


 切り裂いた傷口から血が吹き出した。だがこれは直ぐに治る……しかし!


 ボドルドが放った剣がマリュークスの胸の魔法石に食い込んで魔法石はそこから大きくヒビが入り、まるで血しぶきのように蓄えられていたマナが吹き出してゆく。


「おおおお……」


 ボドルドは慌てて倒れたマリュークスに寄り添い、ヒビに手を当ててマナの流出を止めようとする。だが微粒子であるマナは彼の手をすり抜けて容赦なく漏れていってしまう。


 ――ダメだ止めようがない!


「誠也! 誠也っ!」


 ボドルドが声をかけるとマリュークスはゆっくり目を開けた。


「モハンマド……もう罪を重ねないでくれ…………」


「ばかな! いまそんなことを気にしている場合か! そうじゃ、拓真! 拓真! 時間魔法じゃ、時間魔法で誠也を助けてくれ!」


 ボドルドは悲痛な表情でマウロウに懇願する。しかし、もはや拓真といえどマリュークスを助ける術はない。時間魔法といえど万能ではないのだ。


 魔法石はマナが結晶化してできたものだ。例え、時間魔法と言えどその影響は受けない。それに加え何とと言ってもマナの漏れ具合からみて呪文の詠唱は到底間に合わない。


「もう手遅れだ…………」


 その一言にボドルドはキッと睨み付けるが、直ぐにマリュークスへと向きなおすと彼の手を取った。マリュークスの手はすでにカサカサとなっており、まるで水気を感じさせなかった。


「死ぬな!」


 無理な要望と知っていても言わずにはいられない。


「モハンマド…………」


 最後の渾身の力をこめて彼の名を呼ぶ。


「死ぬな! これからではないか、ようやく時間の輪廻の輪から抜け出せたのだぞ! これから思いっきり魔法の研究ができるのじゃ。お主とて魔法の研究をとても楽しんでいたではないか!!」


 それはまだこの世界にやってきたばかりの頃だ。帝国人と交流を持ち、彼らから魔法に関する勉学と研究に勤しんでいた。そのころがマリュークスにとって一番楽しかった思い出である。


「あ……のころ……たの……し…………」


「そうじゃ、そうじゃろ! これから何の懸念もなく思う存分研究ができるのじゃぞ!」


 だがもうマリュークスからの返事はない。彼の体はミイラよりもカサカサとなって髪の毛はドライフラワーを握りつぶしたときのように、バラバラと砕け散って抜けてゆく。


「せ、誠也……」彼の命はすでに尽きていた。


「せいやぁぁぁぁー!!」


 ボドルドの目から大粒の涙がボロボロと溢れた。


「逝くな! 逝かないでくれ! この悠久の時間のなかでワシの理解者はお主と拓真だけなのじゃぞ……ワシを……孤独にしないでくれ…………」


 魔法の力で永遠ともいえる時間を生きていかなければならないボドルドにとって、共に時間を共有できる二人は貴重な人物だ。


 魔法の研究さえできれば良いという彼ではあるが、その研究成果を共に分かち合えるのは彼らだけであり、共に生きてきたからこそ理解し合えたのだ。


 マリュークスの体はやがて白くなり、まるで灰のように崩れ去った。

 彼の手を掴んでいたボドルドの手から彼がサラサラと散ってゆく……


「おおおおおおおー、誠也あぁぁぁぁぁ!!」


 ボドルドが泣きながら彼の名を叫んだ。年齢と共に既に失われたかのように思えた感情が涙となって止めとなく溢れでる。


 自分でもこれほど感情的になるどと思いもよらなかった。胸が絞めつけられて苦しい。


 リリアやティレスはそんな彼を目の当たりにして驚かされる。魔法研究さえできれば他のことなど興味もないといった人物のように見えたボドルドであったが、親友の死を目の当たりにして泣き崩れる彼もまた人の子であったのだと……知った。


 マリュークスの体は灰化してすでに人の形を保っていない。彼の衣類がなければただの灰の山にしか見えないだろう。


 事故が起きて彼が亡くなるまでほんの僅かな時間であった。ボドルドは涙を流したまま立ち上がると再び剣を手にする。そしてリリアを睨み付けてきた。


「例え、誠也を失おうともワシの進む道は変わらん!!」


 彼の言葉の意味するとこはつまり何も変わらないということだ。


「モハンマド! やめろ!」


 マウロウが止めに入るが間合いが遠いため間に合わない。リリアの目の前にボドルドが立つと彼は大きく剣を振り上げた。

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