第430話 ボドルドの殺意
ボドルドが腰から抜いた剣は取り分け特徴もない極一般的なショートソードではあるが、その刃は研ぎ澄まされてギラギラとしている。
リリアは慌てて辺りに対抗できる武器がないか探すが、手元にあるのはボドルドが渡したナイフだけだ。まるで果物ナイフのような細身の短剣ではボドルドのショートソードに太刀打できない。
死ぬかも知れないと彼女は背筋に冷や汗を流した。ジリジリと寄せられる威圧感にリリアは足元を
床に臀部を打ち付けるが草花がクッションとなり痛くはない。だが予断を許さぬこの状況、すぐにボドルドに視線を戻すと再びナイフを向けた。
――まずい。死ぬかもしれない。
リリアがそう覚悟したとき、剣を握っていたボドルドの手が彼女の視界から剣ごと消えた。
次の瞬間!
手から激痛を感じると同時に握りしめていたナイフが弾き飛ばされた。ボドルドは手にしていた剣を振るったのだが、その速度はとても老人とは思えないほど早い。
しかし、痛みが走る手からは血は出ておらず、痛みは指先から来ている。刃ではなく剣の側面で叩かれたのだ。リリアは自分の身を守る道具失ったことで血の気が引いた。
ボドルドはリリアがナイフを振りかざしたときのことを思い出して念を入れて彼女の武器を奪った。
彼の体は胸に埋め込まれた魔法石の時間魔法により肉体に損傷を受けてもすぐに修復してしまう。だが無敵というわけではなく怪我をすれば痛みはあるうえに、もし要となっている魔法石が破壊されれば死が待っている。
リリアは地に着いたお尻をずりずりと擦りながら後ろへと下がった。そのとき、彼女を凝視していたボドルドの視線が僅かに反れるのを彼女は見逃さない。
ハッとして自分の側にエイミーが寄り添っていたことに気がつくと、ボドルドの殺意が彼女に移ったことを知る。
「ゾルディ……そう言えば貴様もいたな。ワシにとって貴様が一番の脅威だ」
エイミーの中に眠る古代帝国人ゾルディの魔術はボドルドをも凌ぐ。
そのうえ周囲にマナがなくとも彼らはどこからとなくマナを繰り出してくる。その原理はいまだに謎ゆえボドルドにとって帝国人は脅威そのものだ。
だがエイミーの中に転生したゾルディは その不完全な魔法ゆえ、彼女の体を乗っ取ることができず、エイミーの意識に押し潰されようとしている。
もはやゾルディにはエイミーが意識を失ったとしても、表に出るだけの力は残されていないことをボドルドは知らない。このまま時と共に彼女は消えてゆくことになるだろう。
ボドルドの殺意を受けてしまったエイミーは震えてリリアに寄り添った。怯える彼女をリリアは庇うように抱きしめてボドルドに威嚇の目を送る。
血の繋がりもない他人だがすでに二人の間にはそれだけの愛情は育っている。
「ならば共にヤツの元に行くがよい!!」
ボドルドは天高らかに掲げた剣を二人めがけて容赦なく振り下ろす!
もはや為す術もないリリアはせめてエイミーだけでもとさらに深く包み込む。
ガキッっと人を斬り裂いた音にしては硬質な音がした。まるで岩でも叩きつけたかのような音だ。
リリアはうっすらと目を開けると彼女とボドルドの間にティレスが割り込んでいる姿が飛び込んだ。ティレスは魔法の杖でボドルドの剣を受け止めて激しくせめぎ合っている。
「ボクのリリアに手を出してんじゃないわよ!!」
「この小娘が……助けてやった恩を仇で返すか!」
「何が恩だよ! ボクたちのプラプティを! 家族を! 殺しておいてどの口がいうのよ!!」
「ぬうううう!」
その件に関してはボドルドは反論できない。彼女の言うとおり、ティレスやリリアの住んでいた街を壊滅して住民を虐殺したのはボドルド本人である。 その事実を知られたからにはティレスも生かしてはおけない。
ボドルドに対してティレスも負けてはいられない。同じ街の生き残りであり、大の親友であるリリアを目の前で殺させなどさせない!
しかし、ボドルドの剣圧は老人とは思えぬほど強く、いつまでも受け止めてはいられなかった。これはティレスの誤算だ。まさかボドルドの腕力がこれど強いとは思ってもみなかった。
ティレスは前のめりで受けたはずなに徐々に押され、後ろ足はずり下がり、上半身は後ろへと仰け反りそうになる。
当然だ。体格はボドルドのほうが大きく、何よりも彼の体は老人のように見えていても、その中身は時間魔法で若さを保っている。
――こうなったら……
ティレスは魔法で起死回生を狙うことにした。
「守護の
プロテクションウォールの防御魔法は修道院高等科の初期に習得できる比較的簡単に覚えられる魔法だがその効果は強力だ。
彼女はボドルドとの間に壁を作って体制を建て直そうとした。
ほぼ密着状態の間に魔法壁を作るのは些か危険ではあるがこのような状況では致し方ない。
だが呪文を唱え始めたとき彼女は異変に気がつく。神経を集中して魔法の詠唱を始めたのにマナが集まってこないのだ。
マナが集まらなければ魔法は使えない……
ティレスが焦りの表情を晒したときボドルドは勝ち誇った顔を向けた。
「愚か者め。転送の影響でここら一帯のマナはすでに枯渇しておるわ。そんなことも気づかなかったか」
「え!?」
ティレスにとっては誤算だった。ボドルドの言葉を証明するかのように杖に蓄積しているはずのマナもいつの間にか無くなっている。だが、それならばどうしてボドルドの胸にある魔法石は大丈夫なのだろうか?
「な、なんでアンタは大丈夫なんだよ!」
そうだ杖にも魔法石があり、そこにはマナが貯蔵されていた。それが吸われたのであれば彼の魔法石のマナも吸い尽くされなければおかしい。
「はん! ワシらのモノをお前らの使っている安物と一緒にするな!」
ボドルドは腰を落として剣の力を弱めた。鍔迫り合いで押し合っていたティレスは力の支え処を失ってバランスを崩してしまう。ボドルドはそれを見逃さない。今度は逆に渾身の力を込めてティレスを弾き飛ばした。
「きゃん!」
彼女の体は宙を舞い、放物線を描いて背中から地面へと落ちる。
「ワシらのはシールドが施されておる。最も完璧とはいかないからごっそりとマナを奪われたがな……それでも貴様らのとは容量が違うわ」
ボドルドは勝ち誇って胸の魔法石を見せつけた。
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