第429話 ボドルドの本性
「そんな……」
リリアは最後の望みを絶たれてしまった。
「これで分かったじゃろ。マウロウと名乗っていた男は河内拓真。こちらの世界では刀夜の最後を看取った唯一の人物なのじゃ」
刀夜は自分の運命をどこまで知っていたのだろうか?
これまでの話であれば刀夜は自分の運命を知っていた可能性が高いような気がした。だとしたら残酷な話だ。
「刀夜様は……彼はご自身の運命を知っていたのですか?」
その問いにマウロウはこくりと頷いた。刀夜にすべての秘密を知られるように仕向けたのはマウロウである。
刀夜が帝国に向かうのは知っていた。そして彼はそこで転送跡を目にするはずなのだ。
その中にマウロウはこの事件の全貌を記した手記を残しておいた。刀夜はそれを必ず見つける。そして手記の最後に彼の最後の運命が記されていた。
マウロウは正直なところそれを書くべきか悩んだ。彼の性格からしてその手記は必ず隅から隅まで目を通すことだろう。
そして手記の内容は真実だと理解してしまう。残酷ともいえる彼の最後を教えて良いものかどうか……
マウロウは悩んだ末、書くことにした。拓真同様に運命からは逃れられないという残酷な事実を突きつけても、奇想天外なことをしでかす彼ならばもしかしたらタイムパラドックスを引き起こさずに運命を変えるかも知れない。
そんな期待を寄せたから書いたのだ。だが結局のところ彼とて運命からは逃れられず命を散らしてしまったことをマウロウは無念に思った。
何のために刀夜は頑張ってきたというのだとリリアは自分自身に問う。
こんな残酷な事実を知りながら彼は自分の命より帰還を優先させた。それはこの世界の存続を優先させたということ。
どの選択肢を取ったとしても彼は死から逃れられなかったからそうしたのか?
――それとも私のため?
いや、それは自惚れかも知れない……
だけど……生きていて欲しかった。
幸せになって欲しかった……
悔しさに包まれるとリリアは喉の奥から込み上げてきたものに耐えれなくなる。転送の影響であちこち壊れた部屋でリリアは泣いた。彼女の悲鳴とも言える鳴き声が静寂な部屋に響き渡る。
エイミーはリリアがこれ程泣き崩れるのを初めて見た。すると自分もとても悲しくなって声を張り上げて共に泣きだす。
そのような二人の鳴き声がボドルドの勘にさわった。
「えーい、うるさいのぉ」
ボドルドにとって女と子供の鳴き声は耐え難いものがあった。神経を逆撫でられてイライラが募ると渋い顔を背ける。
「ふん。時間の無駄じゃたな」
彼としては自警団が差し迫る中、さっさとここを引き払ってしまいたい。いつまでもリリアの相手などしている暇などないのだ。だが彼のその一言はリリアの怒りを買う。
「貴方は何なのですか? 何様ですか!!」
突如の罵倒にマウロウは耳を疑った。
この小娘は今何を言ったのか?
誰に言ったのか?
平民ならいざ知らず、奴隷の道具風情が自分に意見するなど思いあがりも甚だしい。
インド社会でもボドルドの生きてきた世界はいまだカースト制度の差別意識が根強く生きている場所だ。カースト制度において最底辺は人にはあらず、奴隷はその一つ上にあたるが彼らの意識としては大して差はない。
「何を勘違いしておるのか知らんが、お前の刀夜を死に至らしめたのはマウロウじゃぞ」
マウロウが時間魔法を開発しなければ事件は起こらず刀夜も死ぬことはない。ボドルドはそう主張した。しかし、リリアの言いたいことはそうではない。
「タイム何とかや運命のことは私には分かりません。ですが多くの人を巻き込んで死に至らしめたのは貴方三人です。許されるようなことではありません。ですがその事でマウロウ様やマリュークス様は悩み、苦しみ、後悔しています。なのに貴方は何ですか? 平然と! まるで関係ないみたいに! そんなに魔法の研究が大事ですか!!」
「当然だ! ワシの研究は何よりも優先される!!」
ボドルドの開き直りとも思える言動にリリアは唖然とする。最初に出会った穏やかそうな印象など微塵もなく、同じ人物とは思えない態度で威圧してきた。
ボドルドことモハマンドの一族は古くは階級の高い者たちであり、それは彼らの誇りである。そのため彼もプライドが高くて気難しい一面があるが、気の知れた友人に対しては寛容で気さくな面も持ち合わせている。
だがリリアはモハマンドの逆鱗に触れたことで彼の本性を引き出してしまった。
人の命より研究が大事などとよくも軽々しくそのようなことを口にできるなとリリアは衝撃を受けた。
いや、むしろそのような人物だからこそ、帝国やプラプティのような大虐殺をやってのけたのだともいえる。そのような相手にリリアは心底腹を立てた。
「あ、貴方は最低です! 最低の外道です!!」
怒りの感情を表に出すとボドルドも激しく
「
インドの歴史的闇事情などリリアが知るよしもなく、彼が何を言っているのか分からない。だが雰囲気から彼の名誉を汚したのか、ただならぬ怒りを買ったのは間違いないと感じ取った。
「貴様ごときに手をかけるほどでもないと思ったが。よかろう……望み通りワシの手で八つ裂きにしてくれる!」
ボドルドは魔術師のマントを大きく翻し、腰に装備していたショートソードを抜き去る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます