第428話 拓真の選んだ道
「どうして反対していた拓真くんは転送魔法を動かしたの?」
リリアと同じ疑問を舞衣が抱く。
舞衣の知っている拓真は非常に生真面目で、文武両道をこなし、クラス委員長として誰に対しても偏見の目を向けずに真剣に向き合ってくれるような人物だ。
多少おっちょこちょいなところはあっても自分のように偏差値だけのために委員長はやっていなかった。
そのような優しい彼が大勢の命を巻き込むと分かっている転送を行うなど、どうしてこのような暴挙に出たのか理解に苦しんだ。
「拓真は気づいてしまったのさ。あの転送事件のカラクリに。逃れられない運命に」
「カラクリ? 運命?」
まるで謎かけのような言葉に、それは何なのかとじれったさを感じた舞衣が問う。
「拓真は異世界で出会った賢者マウロウが自分自身であることに気がついたとき、謎の魔法石が過去の時間に飛ぶ魔法だと解き明かしてしまったのさ。自分自身があの歴史を引き起こしてしまうことを知ってしまった」
彼の説明に皆は戸惑いを隠せなかった。龍児はさらりとマウロウと拓真の関係を流して説明したが、聞いていた面々とってはあの賢者マウロウが拓真であったのことのほうが驚きである。
龍児の話は大雑把すぎて細かな説明が抜け落ちているため、どうして拓真がマウロウとなるのか読み取れない。
しかし、龍児のいうとおりそれが真実だったとして、拓真は相手が自分自身と気づいたとき果たしてどのような思いを抱いたのだろうか。
それがもし自分だったら……各々が立場を自分に置き換えて想像を働かせるが、共通して感じたのは『気持ち悪い』という感情だった。
だがもう一つ大きな問題なのは飛べば大惨事を引き起こすと知っているはずの彼がどうして飛んだのか? 拓真の逃れられなかった運命とは何だったのか?
だが皆が抱いた疑問に晴樹は拓真が何に縛られたのかに気がついた。転送事件が起きた直後、龍児が漏らしてしまった言葉が晴樹の中でパズルピースとして繋がる。
「帝国の崩壊、人類の創世、そして僕たちの転送……そうか! だから君は卵が先か鶏が先なのかと言ったのか。だとしたら拓真には選択肢がないことになる……なんてことだ……」
「…………」
これだけの話の流れでもう理解できてしまったのかと、龍児は「ほう」と感心した。刀夜の親友だけあって彼も頭の回転が早いと。
「え? どういうこと?」
まだ理解できなかった美紀が問うが、理解できていないのは何も彼女だけではない。
だが由美は遅れて晴樹同様に龍児が言わんとしたことを理解していた。それはSF映画やドラマなどでよく扱われる時間操作などで起こる有名な現象のことだと。
「拓真はタイムパラドックスを恐れたんだ」
「タイム……ぱら……?」
その手の作品に疎い美紀、葵、舞衣は聞きなれぬ単語のせいで話から置いてきぼりを喰らいそうになりそうな気がした。
「そのとおりだ。拓真はタイムパラドックスを引き起こすことを懸念したんだ」
「何なの? そのタイムパラドックスって……」
今度は舞衣が訪ねると晴樹がその問いに答える。
「タイムパラドックスはタイムスリップによって過去の事変に干渉して歴史を変えてしまうことで起こる矛盾のことだよ」
「??」
晴樹の説明は言い回しが難しかったらしく、舞衣はやはり分からないといった顔をする。目が点になっている三人を見かねた由美がフォローをいれた。
「例えばこうよ。颯太が自分が生まれてきたことを悲観して過去に戻って両親の結婚を阻害しようとする……」
「おい……」と颯太が不機嫌な表情を見せる。
「すると颯太は生まれてこなくなるわけだけど、そうなると今度は颯太が生まれてこなくなり、親の結婚を邪魔できなくなる。と、いうような矛盾のことよ」
「俺を変な例に使うなよ! 俺は生まれてきたこと後悔してねーからな!!」
「…………まぁ、それは置いといて」
「置くなよ! 気分わりーな……」
すっかりネタにされてしまった颯太は不機嫌となり、
「でもさぁ、それって悪いことなの? 拓真くんが転送されなければあんな事件が起きなくなるんでしょ?」
葵は名案だと思った。しかし転送はもう起きたことなので今更感はある。彼女が聞きたいのはなぜ龍児はそれを知っていて止めなかったのかということだ。
「言ってて気づかないのか?」
「え?」
「事件が起きなければ俺たちの転送事件も起こらないってことだ。そうなれば今ここで俺たちが話し合っている事実もなくなるんだ」
「あ……」
葵はようやく事の重大性に気がついた。向こうの世界の事ばかり考えていたが、今の自分たちもその影響を受けてしまうことになるのだ。
今の自分がなかったことになる。そうなれば一体自分はどうなってしまうのどろうか?
消えてなくなってしまう……
「それだけじゃないよ。向こうの世界、リリアちゃんや自警団、街の人々すべてがなかったことになる」
葵は晴樹の説明を聞くと、それはどこかで聞いたことのある話のように聞こえた。どこで……そうだ転送前に一悶着あったときに聞いたことがある。
「ちょ、ちょっと、それってマリュークスがやろうとしていたことじゃない!」
葵はようやく思い出した。何しろもう25年も前の話なので殆んど記憶から消えそうになっていたが確かそのような話をしていた。
「そうさ。その事に拓真も気がついた。マリュークスのやろうとしたことを自分がするのか、それとも今の世界を守りたいかと」
選択肢は2つのように聞こえるがマリュークスのやったことを選ぶことはできない。それこそ何のために苦労して帰還したのか分からなくなる。
自分たちの手で同じ結末を選ぶくらいなら、まだマリュークスに殺されたほうがマシだとさえ思える。
そして拓真も同じ苦悩に晒された。そして彼は大虐殺の罪を背負っても世界を維持するほうを選んだのだと。いや、選ばざるを得なかったのだ。
「酷い……そんな究極の選択を突きつけられていたなんて……たった一人でそんな大きな悩みを抱えていたなんて……」
舞衣が拓真の境遇に涙ぐんだ。
「拓真は今の世界を守るために飛んだのか」
晴樹も拓真に同情した。
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