第427話 マウロウは苦悩する

「貴方が拓真様なはずはありません。拓真様は今しがた元の世界に帰られました!」


 リリアは毅然とボドルドとマウロウの言葉を否定した。当然だ。リリアの目の前にいるのは400年以上も生き延びてきた化物なのだから拓真であるはずがない。


 だがマウロウはゆっくりと帰還後の出来事を語りだす。


「あの時……地球へと帰還した私は刀夜の事件のこともあり、自分がこの先何をするべきか分からず、ただ呆然と大学へと進学した……」


 マウロウは染々しみじみと刀夜の最後を思い出すと胸が締め付けられた。動揺を押さえるかのように片手をその胸に押してる。


「その数年後に虚無感に襲われて、まるでぽっかりと胸に穴が空いたかのようだった。それが何なのか分からなかった。このとき私は元の世界が嫌になっていたのだ。あれほど帰りたいと思っていた世界がとてつもなくつまらない世界に思えてしまったのだ」


 魔法が使える拓真は地球でマスメディアに引っ張りだことなっていた。


 しかし拓真にとって魔法は自分たちが向こうの世界で生き抜き、帰還するための手立てであり、見せびらかすためのモノではない。


 しかしマスメディアは視聴率欲しさにあの手この手で拓真に魔法を使わせようとする。酷い者になると病気や怪我で命を脅かされているもの達にその力を振るうべきだと偽善者ぶる者まで現れる始末。


 執拗に追い回された拓真はうんざりした。ある程度は予測していたがまさかこれ程酷いとは予想だにしていなかった。


 彼は以前に刀夜が『リリアはこちらの世界では生きられないだろう』と言った言葉を思い出した。


 まさしくそのとおりだと思った。同じ地球人の拓真ですらこうなのだ。リリアなら魔法が使えなかったとしても異世界人というだけで注目を浴びる。ましてや奴隷という身の上であると知られたら……


 このとき拓真はぞっとして身震いをした。そして異世界にいた頃が堪らなく懐かしく思えてくる。師匠や姉弟子と共に魔法の勉強をしていたのが懐かしく、一人で郷愁にひたった。


「以前に刀夜は魔法のことをこう言ったそうだ『魔法は何でもありなのか』と。それは刀夜にとって皮肉のつもりだったのかも知れない。だが実際にそのとおりだった。あらゆる可能性を秘めるこの魔法というものに私の心は取りつかれていたのかも知れない」


 拓真はこの世界でマウロウに保護された。そして帰還のために手がかりが無いかと魔法に望みをかけた。だがマウロウは知らないと嘘を言う。それは拓真に魔法研究をうながすために。


 そしてマウロウは拓真に少しずつ魔法に興味を抱かせるよう仕向けた。もとの世界に戻った際に再びこの世界に戻りたいと思わせるためだ。


「しかし、向こうの世界にはマナはない。私は実家に戻ったときに向こうの世界から持ち帰ったものを漁った。すると刀夜から預かっていた荷物が出てきた。開けてみると中からは紙に包まれた魔法石が出てきのだ。私は心を踊らせたが、よく見ればその魔法石にはマナと術式がすでに組み込まれている。包み紙にはその魔法が何なのか説明が記されていた」


 この鞄は内側は何重にもシールドが施されて転送時の影響を受けないようになっている。包み紙も普通のモノではなく、これもシールドの役割を補っていた。


 魔法石を目の辺りにしたとき拓真は自分が魔法の魅力に魅せられていることを初めて自覚した。


「その魔法石が転送魔法だったのですか?」


「そうだ」


 それならばマナがないと言われている地球側からの転送も可能なのだろう。しかし分からないことが多すぎる。


「あれは元々貴方が用意したものでしたよね。どうして刀夜様に渡したのですか?」


「地球に帰った直後の私は多くのクラスメイトを失った今回の事件を忌々しく思っていた。直接拓真に渡せば中身を確認してしまう。それが転送魔法の魔法石と知れば叩き割っていただろう。だがそれが刀夜の荷物であれば私はそんなことはしない。ましてや人の荷物の中身を漁ったりはしない。私が再び魔法を欲したときに手にしなければならなかったのだ」


 そのために荷物は刀夜のものであると思わせておく必要があった。再び魔法に対して意欲が沸いた拓真は以前からマナは素粒子の一つではないかという考えを元に量子力学を学び始めた。


「その魔法石を使って転送したのですか?」


 このリリアの質問には首を振った。


「いいや。転送にはもう1つ、粒子加速装置が必要だ。装置は個人で作れるような代物ではない。そこで私は国が運用していた科学技術研究機関に目をつけ就職した。だが転移を行えば多大な被害がでるためそのようなことには使おうとは思っていなかった」


 拓真にとって装置はあくまでも素粒子の研究のためだ。転送に使う気はなかった。


「だが私はそこで運命の人物と私は出会ってしまう」


「運命の人?」


「一人はそこで打ち拉がれているマリュークスを名乗っていた伊集院誠也。もう一人はそこにいるボドルドことモハンマド・クマール・カーンだった」


 科学技術研究機関は複数の国家が出資して作った国際研究機関だ。研究所は世界各地に散らばっており、世界中から専門分野の研究者が集まっていた。


 世界的な有名な権威もいれば将来が有望視されている若手もいる。拓真を含む三人は若手に該当していた。


「プロジェクトには多くの研究員や技術者から構成されており、二人は私と同じ研究員であった。私は話の合う二人といるうちに心を許してしまい。魔法の秘めた力について話をしてしまった」


 この頃の拓真は世界的な有名人である。世界で初の魔法を披露した男として。だがその大半は面白半分、気味悪さ、軽蔑の眼差しが多かった。


 だからこそ純粋な好奇心を持って尊敬の念で接してくれた二人に拓真は好意を持って信頼した。そして話は弾み、拓真はうっかりと向こうの世界に行ける方法があることを二人に漏らしてしまう。


 このとき拓真と二人の間に温度差が生じた。


 拓真はもう一度異世界に行ってみたいと思いつつも肝心の装置は国家のものだ。加えて転送時に激しい衝撃が発生して大きな被害がでると分かっている。


 拓真は欲望に惑わされることもなかったが伊集院とモハンマドは自身の欲望に負けてしまう。


「待ってください。それは拓真様が帰還された後の話ですよね。それがどうして過去に? 仮に過去に飛んだとしても、過去であなた方三人は帝国を滅亡させてしまうのでしょ? どうして止めなかったのですか?」


 マウロウは額に汗を垂らして心の動揺を押さえる。拓真は二人の野心に気づいて一度は止めたのだ。だが結果的には止めることはできず、それどころか拓真はとある理由により、二人に協力せざるを得なくなってしまう。


「その頃は私は今より未来に転送されるのだと思い込んでいた。だが刀夜の鞄から出てきた16本の魔法石のうち説明のない魔法石が一つだけあった。その包み紙には呪文名しか書かれていなかった……」


「それこそがこの事件の鍵なのだ。そしてその魔法石を作ったのはマウロウこと拓真本人。その魔法とは帝国では絶対禁忌とされいた時間魔法だったのじゃ!」


 まだマウロウの説明が続く中、ボドルドが横入れをする。だがそうなのだ説明のなかったその魔法石こそが拓真達を過去の異世界へと誘う魔法だったのだ。そしてそれを作ったのは他ならないマウロウこと拓真自身である。


「では拓真様は知らずにその魔法を使ったと?」


 マウロウは首をふってリリアの意見を否定した。


「二人との蟠りを残したまま時が経ち。装置の開発にメドが立って忙しさも落ちたついたときのことだ。私はその魔法石が何なのか気がついてしまったのだ」


「どうして分かったのですか?」


「こちらの世界で起きた歴史や事件の数々からの推察した。転送に使用され装置が粒子加速器に酷似していたこと。400年前の人類にそのようなものは作れない。学校の皆を転送させるには向こうの世界で粒子加速器を作る必要があり、そのスタッフはまさにその場に集まっているではないか。そしてなにより、私、マウロウの名前は拓真が飼っていた愛犬からとったものだ」


 名前については最初は偶然一致だと思っていた。だがそれは拓真自身に気づかせるためのメッセージでもあった。拓真は未来ではなく過去に飛ぶのだと。


 マウロウは興奮しすぎたのか鼻息が荒くなって声が大きくなっていた。自身でその事に気がつき、大きく深呼吸で心を再び落ち着かせる。そして説明を続けた。


「このまま転送を行えば私たちは400年前の帝国時代へと飛んでしまう。それはすなわち帝国崩壊が起こるということ。同じ過ちを犯してはいけないと私は未だに諦めていなかった二人に中止を求めた。だが二人からは猛反対を受けた。しかし魔法石を持っているのも使い方を知っているのも私だけだ。私さえ拒否していれば転送は起きない。帝国の崩壊は起こらない……そう思っていた」


 事件が起こると分かっていて、それが罪深いことだと知っていながら、どうして彼は飛んだのだろうか?そこまでして魔法の探求を求めていたのだろうか?


 リリアは一度そう考えたがすぐにこれを否定した。拓真は、マウロウはいまもこうして苦悩しているではないか。苦しむと分かっていてもなおその道を彼は進まなければならなかったのか?


 リリアには拓真の心境が理解できなかった。


「ではなぜこちらの世界に来たのですか?」


「それは……」

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