第426話 拓真は再び飛ぶ

「ワームホールって……そんなもの作ったら地球は潰れるよ」


 今度は晴樹が突っ込みを入れた。理由はブラックホールと同じだ。


「あぁ、ワームホールといったのは理解しやすいようにで、本来のワームホールのことじゃねぇ」


「本来の……とは?」


「ここからが魔法の出所なのさ。ブラックホールは時空にヒヅミを作るためで、魔法でそのヒヅミを拡張させて通路を開く。ただ……その通路は双方向に移動可能だが時間の流れに影響を受けやすく時間的誤差が生じやすいそうだ」


 ブラックホールにワームホールと龍児の説明はあまりにも突拍子ないものであった。今いるメンバーで科学に詳しい者はいない。強いて言えば晴樹だが、彼とて刀夜の影響で多少は知っている程度だ。


「そんなこと……できるのか…………」


 当然沸いて出てくる疑問ではあるが彼らは転送を二度も経験しているのだから実際そうなのだろう。可能性や技術にいくら疑問を持っても結局は魔法という不確かなものによりうやむやとなってしまう。


 だからこそ科学者にとって魔法とはマナとは何なのか研究対象として魅惑的だと言える。


「となると私たちを包んでいたあの球体は宇宙空間や重力から身を守るためのものというわけね……」


 とは言え、歪められた時空間を生身で飛ぶわけだからハッキリ言って気分は悪い。ひとつ間違えれば重力でペシャンコだ。


 由美はこれまでの話を頭の中でまとめ、見落としがないか思案にふけった。そして大きな矛盾に気がつく。


「でも、それが転送原理だとしたら辻褄が合わないわ」


「え? 何がだい?」と晴樹が尋ねる。


「私たちが教室ごと飛ばされたときは転送装置なんて無かったわよ」


「なるほど……確かに……」


 そう、彼らの通っていた高校にはそのような装置はなかった。アレほどの巨大な装置が学校を取り囲んでいれば、たちまち大問題となろう。


「そいつはビリヤードと同じ原理だ」


「ビリヤード? あのゲームの?」


「ふん。俺はナインボールが得意だぜ」


 颯太が腕を組んで得意がる。


「あんた手先器用だもんね……」


 葵は誉めつつも今はそんな話をしてないでしょと冷たい視線を颯太に投げかけた。


「そうだ。ビリヤード台の一方の辺を俺達の世界として学校が黄色い球とする。そしてもう一方を向こうの世界として白ボールを転送バリヤーとする」


 この時点で勘のいい者が龍児の言わんとするところを理解するが、あえて黙って聞き続けた。


「白い球が転送されたときの保護フィールドとして、これを向こうの世界から俺達の高校へ向けて打ち出す」


 龍児は晴樹達が座っているテーブルをビリヤード台、おしぼりを球に見立てて続けて説明をする。


「白い球は黄色い球、つまり俺達の学校に衝突すると学校は弾かれて白い球はそこに残る。代わりに弾かれた黄色い球は異世界側に飛ばされるということさ」


「つまり私たちは向こうから打ち込まれた転送空間で移動したということね」


「正確には保護フィールドの中身を入れ換えてだがな」


 由美はそのような複雑なことが可能なのかという懸念を持つつも、その回答はボドルドにでも聞かないと龍児には答えられないだろうと思った。


 だが仮に龍児が説明できたとしても自分はそれを理解できるとは思えない。今の彼の説明でも一杯一杯なのだから。


 そんな彼女に変わって今度は舞衣が質問をした。


「でも拓真くんはどこでその魔法を? 地球にはマナは無いのでしょ?」


「そのとおり。そもそもマナというのは暗黒物質に含まれているらしい」


「暗黒物質! ダークマターだね」


「なんだよ、そのダースベーダーが使いそうなものは……」


 他人からは颯太がボケているように聞こえたが彼はいたって真面目だ。そして宇宙に詳しくない葵と美紀もそれは何なのかと目が点になっている。


「宇宙、というより銀河系を構成している物質だよ。理論上は存在しなければならないはずだけど、存在は確認できていない。確か地球周辺にはあまりないはずだよ」


「じゃあ、あたし達がいったあの世界にはそれが充満していたということ?」


「そうだ。そしてあの星自身にも多く含まれていたのさ。開いた空間で生身の人間を無事に飛ばすには保護フィールドが必要だ。それにも魔法を使う。拓真は魔法を使うにあたって向こうから持ち帰った魔法石を使ったんだ。魔法石には転送に必要な術式とマナが詰め込まれている」


「それは拓真くんが用意したの?」と舞衣。


「違う今の拓真にはそんな技術は持っていない。渡したのは賢者マウロウだ」


「じゃあ、その魔法石に転送魔法が仕込まれていたの?」


 葵の言葉に龍児は頷いた。拓真は転送に関する魔法をまだ知らないのだ。魔法石には膨大なマナと機械詠唱が組み込まれており、呪文名だけ知っていれば誰にでも魔法が発動できるようになっていた。


「んじゃあよぉ、拓真の奴は最初っからまた向こうにいくつもりだったのかよ?」


「それは違う。帰還した当時では拓真は戻りたいなどと思ってもいなかったはずだ。魔法石はマウロウから拓真越しに刀夜に渡されたが刀夜はそれを拓真に預けていたんだ」


「ずいぶんまどろっこしいことするな……」


 颯太は眉間にシワを寄せた。そんな面倒をしなくとも直接拓真のものだと渡せばよかったのにと。


「その理由は俺も知らない。だが拓真は後にその魔法石が転送魔法だと知って向こうの世界に飛んだんだ」


「でもよぉ、何で拓真はまた向こうの世界に行ったんだ?」


 そこが一番理解に苦しむ部分であった。苦い経験ばかり重ねたあの世界になぜ再び行こうなどと思ったのか?


 ましてや龍児の話によれば拓真は行くつもりなどなかったとう。


「それは拓真には課せられた使命があったからだ。そして拓真はその使命から逃れられないと気づいてしまった……」

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