第424話 龍児は語る1

「それが私がみた刀夜の最後だった……」


 転送の影響でボロボロとなったボドルドの部屋でマウロウは刀夜の最後を虚しそうに語った。


「そ、そんな……」


 マウロウの話をすべて聞いてしまったリリアはその場でへたり込んでしまう。


 知らなければ幸せだったかも知れない。だが聞いてしまった。彼が幸せになれると思ったから悲しみに耐えて送り出したのだ。それなのにこれがその結果なのかと。


「どうしてこんなことに……」


 悲しみに打ちひしがれるリリアの元でボドルドはしゃがんで彼女の問いに答えた。


「どうして? すべてはお主のせいじゃよ」


「わたしの……せい?」


「そうじゃ。言っただろう。龍児が嫉妬に走ったから刀夜は死んだ。その龍児を焚き付けたのはお主じゃ。嫉妬というものは表向きは否定しておっても心の中ではメラメラと燃え上がるものじゃ」


「龍児様は……龍児様はそのようなかたではありません……」


 リリアの知っている龍児という人物はそのようなことはしない。彼は言いたいことがあれば堂々と口にするような人物だ。


 少なくともリリアの中では龍児という人物像はそのハズなのである。だが、そうなると刀夜が龍児に殺される理由が見当たらないのも事実だ。


「やれやれ分からん娘じゃな……」


 ボドルドは思い通りにならないリリアに業を煮やし始めた。自警団も迫ってきているので、いっそのこと自分の手で始末したほうが早いかも知れない。


 だがそれでは少々面白くない……


「どのみち刀夜はもうこの世にはおらん。それは不変の事実。どうするのじゃ? 死ねばあの世で会えるかも知れんぞ」


「刀夜様……」


「そうじゃ、あやつもお主のことを待っているじゃろて。最愛の人がくるのを……」


「最愛のヒト……」


 リリアは床に転がっていた短剣を拾ってみせた。使われたような形跡はないが、鋭利に尖った先端といい、刃の部分も含めて切れ味は鋭そうである。


 あの世に行けば刀夜に会える……


 そのような負の感情が彼女の心を侵食する。上に向けた刃をリリアはじっと見つめると刀夜の影を重ねた。


 ――会いたい!


「やめなさい!」


 大声で止めたのはマウロウだ。


「ボドルド、もうこれ以上彼女を苦しめるな!」


「ふん! 拓真よ元凶であるお主が人のこと言えたぎりか?」


「…………」


 マウロウは反論できなかった。このような事態を招くと分かっていて選らんだのは自分自身なのだ。


「言えまい。いう資格などない。種はお前が撒いたのじゃからな……」


 反論できないマウロウに対してボドルドはさらに追い討ちをかけるように責めた。マウロウは終始黙って彼からの非難を受け入れていた。


「さて……」


 ボドルドが再びリリアのほうを向くと彼女は鋭い目付きでボドルドを睨み付けている。彼女の目の奥底にある怒りにボドルドは危険を感じると咄嗟に距離を開けた。


 瞬間、ボドルドの目の前を閃光が走った。


 リリアが手にしていたナイフでボドルドを斬りつけたのだが、彼は間一髪それを避けてみせた。


「この、むすめぇ……」


 切り裂かれた顎髭がパラパラと床に散る。


「刀夜様は自害するようなことを望むはずがありません! あの人はどんなに苦しくとも逆境と戦い、生きることを選択するかたです!」


 そうだ刀夜ならリリアの死を望むはずがない。もし自害で刀夜と出会うことができたとしてもきっと彼に怒られるだろう。


「ずっと……ずっとあの人の背中を見てきたんです。そのような言葉に踊らされるものですか!」


「チッ、小娘が……」


 思い通りにならなかったのボドルドは無念そうに舌打ちした。


 最も彼女が自害でも、自分が手を下してもボドルドとしてはどちらでも良い。一つだけ言えることはプラプティ出身のこの娘の天才的な魔法は将来の脅威となりえること。


 ゆえに用が済んだ今となっては生かしておいては後の災いとなる。


「このかただって拓真様であるはずがありません。あの方は刀夜様と一緒に帰られたのだから、このようなところにいるはずがないわ!」


 ボドルドはマウロウを拓真だと言ったが、彼はいましがた目の前で元の世界に送ったばかりである。


 今ここにいるハズなどないのだ……


◇◇◇◇◇


 龍児は下げていた頭を持ち上げると。ふてぶてしくいい放つ。


「謝ったのは刀夜のことじゃねぇ」


 その言葉に泣き伏せっていた葵は信じられないといった顔で呆然と龍児を見る。彼は毅然としており、刀夜殺害を本当に悪いと思っているような感じではなかった。


「…………」


 龍児の思わぬ言葉にフォローをしょうとしていた颯太も空いた口が塞がらない。


「俺が謝ったのは皆を騙していたことだ。色々と知っておきながらも俺はずっと隠してきた。だがそれも今日までだ。全員に集まってもらったのはすべてを話すためだ」


 予想外の展開に誰もついてゆけず、その場の空気はシラーっとしてしまう。


 龍児は腕時計を覗いて時間を確認した。


「舞衣、悪いがテレビをつけてくれ」


「え? えぇ……」


 舞衣は戸惑いながらもリモコンを手にしてテレビの電源を入れる。


「龍児! いま、テレビをつける必要があるの? 大事な話じゃなかったの!」葵が怒った。


「無論だ。事の重要さは自分達の目で見てもらったほうが理解が早いだろう」


 しかし舞衣がつけたテレビにはいつもどおりのワイドショーが流れており、コメンテイターが適当なコメントを流していた。


「なぁ、龍児」


「なんだ?」


 先に声をかけたのは颯太のほうだ。


「全員と言ったけど、拓真はどうしたんだ?」


 颯太のいうとおり、この場に拓真の姿はない。


「拓真は来ない。招待状を送ってないからな」


「え? ど、どうして?」


「仲間外れにするなんて酷いよぉー」


 舞衣と美紀から突っつかれると龍児は両手を挙げて静かにするようにと仕草をとる。龍児は理由があってあえてこの日を選び、拓真には手紙を送らなかったのだ。彼の態度に皆は何か言いたいのだと感じて静かにする。


「今日、拓真は重要なセレモニーにでている」


「あッ! そうか今日か」


 晴樹は思い出したのか手の平を叩いた。


「そうだ。今日は拓真の所属する研究所施設の完成セレモニーの日だ」


「そう、そのとおりだ」


 拓真は帰還後、大学から学院へと進み大学の研究所へと進んだ。やがて論文が認められると念願である国が運営している科学研究所へと就職した。


 そこは出資した国々から科学者が集まり、共同で研究が行われてその成果を分かち合うものだった。


「彼、凄く頑張っていたものね……」


 由美はしみじみと語る。拓真がそこを目標にしているのを彼から聞いていた。そして努力に努力を重ねて念願を叶えたのだ。


「確か拓真の研究は……」


「量子力学だ」


 龍児がすばやく答えたことに晴樹は少々驚きを隠せない。龍児がそこまで人のやっていることを気にするタイプとは思っていなかったからだ。


「今日はその研究実験のために使う装置の御披露目だ。世界最小にて世界最大の出力を誇る粒子加速装置。最も世界最小といってもドーム球場よりデカイがな」


 龍児の説明に美紀は「へー」と感心していた。


「だけど龍児。そのセレモニーがテレビに映るのかい?」


「そうだよね。こーゆーのって夕方ごろにテープカットのシーンだけだったりするよね」


 晴樹の疑問に梨沙が便乗する。彼女のいうとおり、この手のニュースは大抵は1日の終わりに夕方のニュースで放映されるものだ。いまはまだ午前10時を回ったところであり、セレモニーの真っ最中であろう。


 その意見には龍児も同意件だ。だが特別な事情が起これば話は別となる。


「お前たちは粒子加速装置がどんな形をしているか知っているか?」


 そのような縁の無い装置など知るはずもない彼らは答えられない。拓真と会っても彼とする会話は将来の話や異世界で起きた出来事の話ぐらいである。


 異世界での拓真は多くの時間を賢者マウロウの元で修行していたため、龍児たちがどのように生きてきたのか知らない。ゆえに彼と会うときはそのような話ばかりで、彼が具体的にどのような研究を行っていたかは知らなかった。


「装置ってのは円筒形をした金属チューブがドーナツのような形をしているらしいぜ……」


 龍児は両手の指で輪っかを作りながら説明をすると、その言葉に誰もがアレを想像せざるを得ない。


「ちょ、ちょっと龍児くんそれって……」


 忘れるはずもない。教室の転移先と元の世界に戻るときにあった金属チューブを彼らは想像した。帰還の際の刀夜の説明のよれば装置は入り口の鍵であると聞かされたことを晴樹や由美はまだ覚えている。


「龍児……君は一体何が言いたいんだ?」


「まさか、拓真くんまた向こうの世界に!?」


 そのように聞かされては、龍児の言いたいことは拓真がその装置で転移しょうとしているかのようにしか聞こえなかった。


「そ、そんなことって……あんな事件を経験した彼がまた行こうだなんて思うハズないわ……」


 拓真は智恵美先生を助けられなかったことを酷く後悔していた。多くのクラスメイトが犠牲機になったことも。そんな彼がまたあの世界に行こうだなんて思うわけがないと舞衣は思っている。


「まぁ、まずは自分達の目で確かめよう……」

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