第422話 時を経て彼らは再び集結する2

「よっ! 久しぶり」


 二人に手をあげて声をかけてきたのは颯太だ。彼は一足先に来ており、カウンター席にて一人で舞衣のコーヒーを待っている。


「なんだ颯太。もう来てたのか。あたしより早いなんて今夜あたり鯖でも降ってくるんじゃない?」


「なんだよそれ、オメーには言われたくないつーの!」


「ふん! 何よその服装。パンク修理屋止めて今さらパンクにジョブチェンジでもしようっての?」


「うわああっ! もうどこから突っ込めばいいかわかんねーほどウゼッ!」


 遅刻しかけたのは葵であり、服装については葵になんぞ言われたくないし、パンク修理屋じゃなくて板金屋だし、ついでに服装はただのレザー一式だ。ただゴテゴテとチェーンやら色々銀色モノが付いてはいるが。


「へへへ……ねぇ、もう彼女できたの?」


 葵がいやらしそうにニヤけた顔を颯太に近づけてくる。


「な、なんだよ急に」


「あーれぇーまだーなのぉ?」


「な、何だよ、お前だってつい最近まで独り身だったくせに。調子こいてんじゃねぇ!」


「あれ? もう情報まわってるんだ?」


 葵が颯太に会うのは先程の挨拶どおり久しぶりのはずである。首をかしげて情報の漏れどころを想像するが、わかっているのは大元の出所は美紀であることは間違いない。とはいえ美紀と颯太が会っている節もない。


「白状しろ、誰から聞いた?」


 葵は凄んだ顔を近づけて颯太を脅迫してみせる。颯太は嫌そうに顔を背けて態度で拒否権を発動した。


「ごめんよ、それは僕が話したんだよ」


 二人に割り込んできたのは晴樹の声だ。カウンターに近い窓際のテーブル席にて二人の漫才をみて苦笑していた。その彼の隣には梨沙が仲睦まじく側に座っており、軽く手を振っている。


「晴樹ぃー酷いー」


 葵は嫌そうにするが晴樹はにこやかな表情を崩さない。


「颯太だって仲間だよ。嬉しい話題は皆で分かち合いたいじゃないか。それに口止めもされてなかったし」


「そうだぜ。俺だけ仲間外れにすんな!」


 彼らは帰還後にマスメディアに激しい注目を浴びてしまった。それ自体は仕方のないことではあるが、世間からは歪んだ眼差しでみられることも少なくはなかった。


 その中でも一番酷いのは誹謗中傷である。何しろ異世界に到着したのは2年B組だけであるが、その他のクラスや校舎は酷い損壊を受けていた。


 死者の数は2年B組周辺のクラスにまで影響して100人近く亡くなっている。


 どうして彼らだけ生き延びたのだと勝手な憶測が絶えなかった。そんな誹謗中傷に彼らは結束して耐えて乗り切ったのだ。ただ、そのメンバーの中に龍児と刀夜の姿はない。


「葵も別に隠すつもりなどなかったのじゃないの?」


 そう優しく声をかけてくれたのは梨沙の隣に座っていた由美である。皆より清楚で落ち着いた服装で明らかに高そうな服を着ている。


 彼女はいいところのお嬢様でもあったため、銀行に努めていてた男性とお見合いで結婚した。家が遠いので他のメンバーより会う機会が作れなかったのだが、今回は無理をいって出てきている。


「由美もおひさ~」


 確かに由美のいうとおり別に隠しているわけではなく、ただ颯汰とはどうしてもこのような会話となってしまう。


 自警団でのノリ突っ込みがそのまま抜け切れない。それに加えて今さら変えてもそれはそれで変な感じがしてしまうからだ。


 葵は挨拶しつつ三人が座っているテーブル席に座った。美紀も同様にテーブル席側に座ると犇めあう形となってしまう。


「ねぇ、智恵美ちゃんはもう二十歳になったんでしょ!」


 と、梨沙へ急に話題を振った。


 晴樹と梨沙は騒動が収まってから結婚した。二人は娘を授かり、名前を世話になった先生からもらった。


 葵も美紀も智恵美が赤ちゃんのときから成長を見守ってきていた。そんな娘も二十歳となり、成人式を迎えたばかりである。


「成人式の写真あるわよ」


 そういって梨沙は携帯電話に娘の写真を取り出して二人に見せた。葵と美紀がぐいっと覗き込むなか由美も気になって横から覗いた。


「へえー。智恵美ちゃんはお母さん似だね。さすがに先生とは似てないか」


 初めて二人の娘の写真を見た由美はからかうように笑う。名前が同じでも遺伝子は異なるので当然であるが。


「いやーん。でも綺麗になったねぇ、智恵美ちゃん」


 葵の目が輝く。三人の楽しそうな様子に颯太も見せてもらいたくてウズウズとしていた。


「へへへ、智恵美ちゃん綺麗でしょ」


 葵は意地悪そうな目付きで颯太に携帯を見せた。


「……そうだな」


 じっくりと見たいがここで食いついたら葵の思うつぼのような気がしてならないので、さらりと受け流した。


 長年の付き合いから颯太の脳裏には警鐘が鳴っている。その勘は正しく、葵は写真をネタに颯太の独身をからかうつもりだ。


 舞衣がカウンターにコーヒーの入ったカップを2つ置いた。カップからは入れたてのコーヒーの良い香りが昇る。


 颯太はカウンターから出ようとした舞衣に軽く手で止める合図を送ると、そのカップを手にする。そして席を立つと葵と美紀の前にコーヒーを運んだ。


「あ、ありがとう。颯太にしては気が利くじゃない」


「俺だってこのぐらいはするさ」


 葵が目を丸くしてぎこちなくお礼をいう。からかおうとした自分が恥ずかしくなってくる。


「さて、これであとは龍児だけだね」


 晴樹から龍児の名前が出ると葵の顔がみるみる険しくなった。彼女は刀夜の一件をいまだ許せなく思っている。


 そもそも今日の集まりをかけたのは龍児なのだ。今時にしては珍しくわざわざ封筒で招待状が送られてきた。


 葵は手紙を受けとると誰が行くものかと激怒する。だが美紀に嗜められて、龍児以外の面々と会えるのだけを楽しみに来ていた。


 龍児のことはこれまでも散々罵倒したが、未だ刀夜殺害の理由を語らないので今日もボロカス言ってやるつもりでいる。


 晴樹が時計を見るとそろそろ予定の時刻だ。すると店の前に重低音なエンジン音を立てたバイクが停車した。晴樹はエンジン音から1100ccのバイクだと即座に判断する。


 やがてアイドリングしていたエンジン音が止まると、アメリカンスタイルの大型バイクから大きな男が降りた。


 喫茶店の扉が開くとチリンチリンと涼しげな音が店内を駆ける。


 大男は店内のカウンターにいた颯太に手をあげて軽く挨拶をする。そして周りを見回して皆が揃っているのを確認すると「よお」っと一言だけ挨拶をした。

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