第420話 帰還

 唐突な申し出にリリアは戸惑った。口元まででかかっていた文句を彼女は喉を鳴らして飲み込む。


 刀夜に会いたいかと問われれば当然会いたいに決まっている。だが向こうの世界に戻ってしまった彼にどうやって合うというのだろうか。


 見たところ先程使った転送装置はすでにボロボロとなって壊れており、もう一度使えるようには見えない。


 これはボドルドの口車だ。乗ってはいけないような気がする。そう勘繰りはしたもののリリアの心はざわついて仕方が無かった。


「ど、どうやって……」


 リリアが恐る恐る訪ねるとボドルドはニヤリとして腰のダガーをとりだした。それを床にしゃがみこんでしまっているリリアの足元に投げ捨てる。


「?」


 リリアはボドルドが何を言いたいのか理解できずに床に転がったナイフを見た。このようなものでどうやって刀夜には会えるというのだろうか?


 だがボドルドの答えは簡単なことだった。


「自害すればあの世で刀夜に出会えるかも知れんぞ」


 その言葉に含む所を察したリリアは青ざめる。


「まさか……転送は失敗したのですか!」


 衝撃的な提案に考えられる理由はそれしか思いつかなかった。


「いや、転送は成功している。我々が生きているのが何よりの証拠」


「ではこれはどういう意味ですか!」


「それはのぉ、刀夜は地球に戻った直後に……」


「やめろぉ! ボドルドォ!!」


 ボドルドの説明を大声で止めたのはマウロウだ。その表情は怒っているのか焦っているのか高ぶる焦りを抑えられないでいる。


「もうそれ以上、その娘を苦しめるな! この娘の役割はもう済んだであろう!」


 マウロウはヅカヅカと早歩きでボドルドの元へやってくると彼の腕を掴んだ。そして腕を引っ張ってこの場から立ち去ろうとするがボドルドはそれを振り払う。


「もう遅いわ。この娘はもう理由を聞かずにはおられまい」


「なんということを……」


 二人のやり取りについてゆけないリリアはきょとんとする。だがボドルドのいうとおりここまで聞かされて刀夜がどうなったのか知らずにはいられない。


 彼がそう願ったから、それが彼の幸せだと思ったから送り出したのだ。


 なのにもし彼の身に「もしも」が起こったのなら、何のために自分の気持ちを殺してまで送ったというのだろう。


「どうじゃ、リリア……」


 ボドルドはリリアの顔を見て訪ねた。マウロウも泣きそうな顔でリリアの返答を聞こうとしている。


「わ、私は……」


 正直いって聞くのが怖い。彼らの口からは決して良い言葉は出てこないだろう。しかし、もう知らずにはいられない。


「教えて下さい。彼の身に何が起きるというのですか?」


 リリアは覚悟を決めて尋ねた。


「だそうじゃ。ここからはお主が答えてやれ。お主が一番詳しいじゃろ……」


 ボドルドはマウロウの肩に手を添え、説明するよう促した。これはボドルドの嫌がらせだ。


 だがすべての責任は自分にあるのであれば、これは罰といえる。あらゆる罰は受けなくてはならない……


「あの事件が起きたのは、地球へ無事に帰還した直後に起きたのだ……」


 マウロウは重くなった口を震わせて開いた。


◇◇◇◇◇


 西暦2021年、天丘高校崩壊事件から二年後……


 晴れ渡る青空に突如暗雲が立ち込めた。


 広範囲に広がったその異変はかつて天丘高校崩壊事件が引き起こされたときと同じである。天空より突如黒い柱が立ち上がると強い衝撃音が大気と大地を震わせた。


 黒い柱は山中にある山の中に落ちた。衝突による衝撃波が森の木々をなぎ倒し、山から離れた場所にまでその影響を及ぼす。


「あ、うぅ…………」


「いつつ…………」


 その墜落した中心に刀夜や龍児を始め転送された皆が揃っている。転送が始まってここに飛ばされてきた時間は僅か一瞬にしか感じられなかった。


 2回目の転送は1回目と異なってあまり苦しさは少なく、意識は保っていた。


 転送中は何とも言いがたい光の渦に落ち込んでゆくような感覚があり、彼らを引っ張っていたのは転送前に見た黒球だった。


 ここはどこだろうか?


 本当に元の世界に戻れたのだろうか?


 自分達の体が取りあえず無事であると確認できるとそのような疑問が沸いた。


 彼らの足元は転送部屋にあった芝の床そのものだ。芝の床は彼らを中心に綺麗な円を描いている。教室ごと転送されたときと同様に一定の空間ごと転送されらしい。


 辺りは部屋などではなく、どこか森の中のようではあるが周辺の大きな木は衝撃により根こそぎ倒れていた。


「戻ってこれたのか? 皆無事か?」


 拓真が体を起こして尋ねた。他の者は拓真と同様に転げて起き上がろうととする者、すでに起き上がって辺りを確認している者が目に映る。倒れたままとなったり居なくなった者がいないか確認した。


「ええ、無事よ。ここはどこかしら?」


 舞衣が身体中についた草を払いながら拓真の質問に答える。


「どうやら、山の中みたいだけど……」


 由美が周りに見える景色の状況から自分達がいるのは山の中だと判断した。


「なんだよ。また山の中なのかよ。またバケモンとかでないよな」


 颯太が冗談をいうがなまじ笑えず、皆から冷たい視線にさらされる結果となる。


「ねぇ、街が見える! その向こうに見えるのは海よ!」


 いち早く起きて斜面ギリギリの所まで足を運んだ美紀が遠くを指差している。辺りは緩やかな斜面となっており、本来なら木がたくさんそびえ立っていたのだろう。


 転送の衝撃で周辺の木々はすべて薙ぎ倒されたので辺りの景色はよく見渡すことができた。遠く離れた眼下にはうっすらと近代的な建物が所狭しと立ち並んでいる。


 そしてさらにその奥にはこの星が丸びていることを証明するかのような緩やかな弧を描いた水平線が見えた。


「地球……だよな……」


「まさか地球と似た別の星ってことはないよな……」


 晴樹の言葉を聞いた颯太がまたしても不安を煽るような不謹慎な台詞を吐くと今度は無視された。


「ねぇ! ハル! 皆! こっち来て!!」


 興奮して皆を呼んだのは梨沙だ。彼女は皆が集まっていた方向とは逆の方向を向いている。


 呼ばれて皆が駆け寄ると彼女が指し示すものをみて驚きの声をあげた。


「あ、あれは富士山か!!」


 晴天の青空の中、遠くに日本人ならば誰もが知っているその姿をクッキリと見せていた。


「間違えないわ。あれは富士よ」


「すると……ここは位置的に静岡県あたりの山か」


 拓真が記憶の日本地図を頼りにおおよその位置を割りだす。彼の推測どおり静岡県の山中に降りたっていた。


「帰って……きたんだ…………」


 葵の目に涙が溢れた。釣られるかのように皆も感極まって涙を流す。ずっとこの日を待ちわびたのだ。


 思えば最初は絶望の連続だった。訳もわからず次々と仲間が殺されて、人里につけば生活に四苦八苦させられた。


 帰る方法など検討もつかず一生あの地で生きてゆくことに奴になるだろうと覚悟をしていた。だが刀夜と龍児の働きによってこうして帰ることができた。


 これまでの出来事がまるで悪い夢を見ていたかのようである。


 自分たちがこうして帰還できたのは刀夜の手腕による所が大だ。色々と気難しい彼ではあったが今となっては感謝しきれないほどだ。


 舞衣はリーダーを託されたが結局のところ刀夜に頼りっぱなしとなってしまった。そのことに申し訳ないと思いつつ彼には感謝した。


「帰ってこれて本当に良かった。ありがとう刀夜くん!」


 舞衣が振り向いたとき、彼女の目には信じられない光景が入った。目の前に誰かの鮮血が飛び散っている。


 その血渋きの向こうには背後から剣に貫かれている刀夜の姿があった。彼を貫いている剣はごく一般的なショートソードだが刀夜の背中から腹を突き破るには十分な長さを持っている。


 その刀夜を突き刺していたのは鬼のような形相をした龍児だった。

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