第419話 さよなら異世界2

「な、なんだ!?」


 地下洞窟を進んでいたレイラは突然前触れもなく地揺れに見舞われた。それはすぐに収まったが地震を経験したことのない彼らは恐怖に刈られる。


 地揺れ、それ自体も怖いが自分達のいる場所が洞窟なので生き埋めにならないかと過剰に反応せざるをえない。だがその事で怯えた部下とは裏腹にレイラは別の事を気にした。


「おい! 貴様ら何をグズグスしている。急いで奴の元へ向かうぞ!」


 もし今の地揺れがボドルドによって引き起こされたのであれば奴はその目的を果たしたのかもしれない。


 それは龍児たちの帰還だ。


 となれば目的を果たしたボドルドはまた雲隠れする可能性が高い。二度も取り逃したとあればさすがに議会から何を言われるか分かったものではない。


 そして何より龍児が気がかりだ。彼は本当に元の世界へと帰ってしまったのだろうかと。


◇◇◇◇◇


 リリアはぽっかりと空いた穴を見つめながら、ガクリと腰を落とした。


 先程までその場所に刀夜がいたのだ。


 だが彼はもういない……


 彼女は悲しさより虚無感に囚われていた。ぽっかりと心に穴が空いたように、何も考える気になれない。現実をすぐには受け入れられなかった。


 悪い夢を見ているようだ。


 ボドルドは自身の両手をじっと見つめた。そして体をべたべたと触り、今度は顔をべたべたと触った。指の隙間からニンマリと気持ちの悪い笑顔を見せると体を打ち震わせる。


「く、く、く、ふぁーはっはっはっはっ!」


 突然大声で笑い声を上げた。歓喜に打ち震え、全身で喜びを露にした。


「生きてる……生きているではないか! やったぞ。ついにやったぞ。これで私は自由だ!!」


 喜びに満ち溢れるボドルドと反応にマウロウは肩を落とす。この世界の消滅は免れた。


 だがマリュークスのいうとおりこれで自分はまた同じ過ちを犯してしまうことになるのだ。素直に喜べるものではない。


「これから新しい人生が始まるのだ。さぁ、たっぷりと今までできなかった研究をするぞ。そうだマウロウ……お前の魔法もいずれ私のものにしてみせるぞ」


 この状況を喜んでいるボドルドはそう一方的に告げると再び喜びの声をあげた。


 だがそんな騒がしい状況もリリアの耳には入らない。これからどうするのか……何を糧に生きていけばよいのだろうか……


 そのような呆けたリリアに対してティレスは心配した。このようなとき、どのように声をかければ良いのだろう。……邪魔ばかりした自分は何ができるだろうかと。


 ティレスとしてはこの先はリリアと共に新しい秩序を築きたかった。だが最愛の相手を失ったばかりの彼女にそのような説得も今はできない。


 しかし、空気を読まずにリリアに声をかけたのはボドルドだった。


「よくやってくれたのう。リリアよ」


 ボドルドの表情はニヤニヤが止まらないでいる。


「ふざけるな!」


 大声を張り上げたのはマリュークスだ。転送魔法の影響で彼を捕縛していた魔法は効力を失い、罠から抜けだしていた。だが、ティレスがそんな彼を上から取り押さえている。


「お、お前たちは自分が何をしたのか分かっているのか!!」


 マリュークスの顔は蒼白だ。この世がすべて終わったかのような悲壮な顔で二人を罵倒する。


「どうしてまた同じ過ちを犯すのだ。これでまた人が死ぬ! 大勢死ぬ! 罪深いとは思わないのか!」


「マリュークスよ、お主の選んだ道とて結局は人は死ぬことになる。だが、お主とのワシの違いが一つだけある。それは我々は生きて未来を掴むことかできることじゃ」


「詭弁をいうな! そもそも始まりが間違っていたのだ。我々がこの世界に来なければ……こんな事なんかに!」


「では聞くが、始まりとはどこを指すのだ?」


「…………」


「答えられまい。わしとて答えられぬ」


「…………」


 マリュークスは涙を浮かべその場に崩れてしまった。もう賽は投げられてしまったのだ。いくら罵倒をしようとも、二人を呪ってとしても後戻りはできはしない。


 ボドルドは勝ち誇ってマリュークスを見下ろす。もはやこれで自分を脅かすものなどない。自由気ままな魔法研究三昧な生活が送れるだろう。


「おお、そうじゃ。そろそろ自警団の連中もやってくるころじゃな。ここでの用事も終わったことじゃし、おいとまするかの……」


 だがこの場を立ち去ろうとするボドルドの目にリリアが映った。立ち去ろうとした足の向きを彼女の方向へと変えると、ゆっくり近づいてリリアの真横で足を止めた。


「哀れよのう…………」


 そう呟いたボドルドに対してリリアは視線を彼に向けた。


「私は刀夜様が幸せならこれ以上は望みません……あなたに哀れむいわれはありません」


 泣き崩れたい感情を圧し殺してボドルドへ精一杯に言い返した。ここで自分が後悔してしまっては刀夜が自分にしてくれたことへの冒涜となってしまう。


 刀夜はリリアに強く生きていくことを望んでいた。そのために色々してくれた。時には大きく傷つきもした。そんな彼の気持ちに答えて自分は生きてゆく。


「幸せ……幸せか。くくくく……」


 ボドルドは大笑いしそうなるのを堪えるように苦笑する。だがリリアからすれば彼に笑われる言われなどない。


「何がおかしいのですか!」


「元の世界に戻って奴が幸せになると思っているのか?」


「刀夜様は育ててくれたお祖父様に恩義を返したくて戻られたのです」


「それは代理の父親が幸せなのであって刀夜本人の幸せとは別ではないか」


「そ、それは…………」


 ボドルドのいうことは最もだ。確かにそれは刀夜の幸せとは異なる。だがそれを決めたのは刀夜本人であり、幸せか決めるのは刀夜自身である。


 ボドルドなどに不幸などと言われたくはない。


 そのことをリリアは強く訴えかけようとしたとき先にボドルドの口が開いた。


「奴に会いたいか?」


「え?」

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