第416話 転送装置1

「……色々と世話になったな」


 龍児は浮かない顔でリリアにお礼をいった。何とか彼女の想いを遂げさせてやりたかったが、刀夜は彼女には答えず、その彼女もどのような心境の変化か刀夜を引き留めるのを諦めたようだ。


 何のためにここまできたのかと言いたいが、本人が刀夜を引き留めるのを諦めてしまったのでは龍児としてももうどうにもならない。龍児はなにか自分だけが空回りをしてしまった気分に陥っていた。


「いえこちらこそ龍児様には何度も命を助けていただき、ありがとうございました」


「よせよ。助けてもらっていたのはこっちのほうだぜ」


 龍児は頭をボリボリとかきながら照れて視線を反らした。戦いだけではなく生活面でも彼女には多くを助けてもらった。いくらお礼を言っても足りないほどに。


 そしてシュチトノでの生活は刀夜には悪いが彼女持ちのような気分も味わえたのは楽しかった。だがそれは彼女が誰にでも優しいだけであって自分に気があるわけではないことは知っている。


 そしてそんな彼女の想い人はあの男であり、危険を犯してでもこんな所にまできたのだ。


「…………」


「…………」


 思うことはたくさんあるのになかなか言葉にできずにいて沈黙が訪れる。せっかくきたのに刀夜に打ち明けなくて良いのかと気になって仕方がない。


「……あのよ……」


「はい?」


「本当にいいのか?」


 それはここまで苦労して会いにきたのに刀夜を引き留めなくていいのかと……


「……刀夜様がなさりたいことを私は手伝ってあげたいのです。それであの人が喜んでくれるなら……」


 リリアは自分の感情を刀夜にぶつけると彼が困ってしまうと判断したのだ。再び刀夜と出会い、彼の顔の大きな傷跡を目の当たりにすると、彼がこの日のためにどれだけ困難に見舞われたのかと考えてしまった。彼にとってそれがようやく報われるときがきたのだ。


 だがそのジレンマは龍児を苛立たせる。


「おい! 刀夜! てめーこの娘に言うことあるだろうが!!」


「……言うべきことはもう言ってある」


「て、テメーッ! この後にもおよんでまだそんなことを!!」


 リリアが無理なのであればせめて刀夜からと彼を動かそうとするが、刀夜の頭の固さは岩石並であった。


「龍児のいうとおりよ。ちゃんと別れの挨拶ぐらいしなさいよ!」


 と美紀も龍児の援護に回る。だが刀夜の口から漏れた言葉は彼らをも冷たく突き放した。


「これは俺とリリアの問題だ。部外者が口を出すことではない。それにもうもうそんな時間などない。この世界ごと消し飛びたいのか?」


「え? 信じられない……何なのよその言い草は!!」


 これには美紀も腹が据えかねる。先ほどから時間が無いと連呼しているが、ただの言い訳ではないかと。リリアと面と向かて別れをいうのが怖いのではないのかと美紀は勘繰っていた。


「そんなことより急ぐぞ!」


「そんな……ことだと……」


 リリアのことを『そんなこと』で済まそうとする刀夜に対して龍児の怒りは今にも吹き出しそうになる。


「龍児よ、本当にもう時間は無いのじゃぞ……」


 完全に頭に血を昇らせた龍児に対してボドルドは呆れつつも再び急かした。


「――くッ!」


 そんな龍児はボドルドを睨む。本来なら斬りつけて腕の一本でも飛ばしてやりたい相手から指示されるなど癪に障る。


「刀夜様、龍児様、皆様も本当にありがとうございました」


 リリアは深く頭を下げる。リリアとしては自分のことでもうこれ以上揉めないで欲しかった。寂しくないといえば嘘となるが、せっかく帰れるのだから喜んで欲しい気持ちもある。


 リリアからそう言われてしまっては皆もこれ以上口を挟むわけにはいかなくなった。


 龍児たちが装置の部屋へと向かおうとすると「やめろおおおッ!」と突如大声が張り上げられた。声の主に皆が振り向く。


 声の主は白いローブを羽織った魔術師、マリュークスだ。彼は龍児とマウロウが通ってきた扉を開けて血相を変えて走ってきたのか息を切らしている。


 マウロウからスリープの魔法を受けて寝らされていたが目覚めると慌てて後を追いかけてきた。


「やめろ! お前たちはまた同じ過ちを犯す気か!」


「マリュークス……」


「彼らは元の世界に返さなければならないよ……」


 ボドルドとマウロウが哀れむような目で彼を見つめた。本来ならば彼は優しい男であった。だがその優しさ故に犯してしまった罪に苦悩する結果となってしまった。


「同じ過ちを犯すくらいなら、すべてを消し去ってくれるわ!」


 マリュークスがボドルドたちに詰め寄ろうと一歩足を踏み出したときだ、彼の足元に魔法陣が展開された。


「!」


 彼がそのトラップに気がついたときはすでに手遅れである。魔方陣より鉄の鎖が複数飛び出してくると彼の腕に、足に、そして胴へと絡み付くとマリュークスを拘束する。


「これは、アースバインドかっ!!」


「そうじゃ、そろそろ来ると思っておったぞ」


「ボドルドォォォォッ!」


 このトラップは本来ならば自警団を阻止するためのもので転送装置の起動と共に作動するようになっていた。扉には魔法錠が施されて床にはアースバインドの自動発動トラップが作動するようにしてあり、これらが最後の阻止対策であった。


 マリュークスは魔錠を解除した段階で想像力を働かせるべきであったが、彼は頭に血が登って冷静ではいられなかった。


 しかし魔法で拘束されているならまだ対処方法はある。ディスペルで魔法を吹き飛ばしてしまえば良いのだ。


「大気のマナたちよ、かの者の――」


 だが先に魔法の詠唱を始めたのはマウロウのほうである。突きだした杖の先端に魔法陣が展開される。トラップが作動したと同時に彼は詠唱に入っていたためマリュークスの詠唱は間に合わない。


「マウロウ! キサマもか!!」

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