第415話 別れ……2
やむを得ない、もう手はないのか?
――また俺は何もできないのか……
自身の無力さに龍児は唇を噛み締めて屈辱に耐えると血の味がした。
ボドルドは龍児が諦めたのを見届けると再び刀夜に準備を進めるよう指示する。刀夜は頷くとパテーションの裏へと向かい、そこに設置してあった大きなコンソール前に立った。
まるで発電所や巨大船舶のエンジンのコントロールでもするかのような大きなコンソールである。そこには多くのスイッチやパネルが並び、装置の状態が一目で分かるようになっている。
転送装置は巨大で複雑なために多くの計器が並ぶが、その一つ一つはどこか一昔前の現代技術の雰囲気を持っている。
刀夜は複数の並んだ押し込みレバーを入れてゆくとどこからか高周波のような音が聞こえて始める。ジリジリとした電気音が装置の音に混じりだした。装置に膨大な電流が流れ始めた。
さらに大型レバーを引いてガチャリガチャリとスイッチを入れてゆくと、今度はどこからか水の流れる音も聞こえてくる。
「なんだ? 水の音?」
拓真は一体どうなっているのかと首をかしげる。これは湖の水を冷却水として取り込む音だ。
そして刀夜が最後のスイッチを入れると黒い窓が並ぶ部屋に灯りが灯され、中の様子がよく見えるようになった。
窓の奥の部屋はドーム球場並みの広さがある。緩やかなすり鉢状になっている部屋の床。床というより芝が綺麗に生えており青々としているあたり、地面のようにしか見えない。
「これが転送装置?」
装置というより公園の間違いではないのかと由美は突っ込みを入れる。
「ふふふ、それはのう……」
「装置はその部屋の頭上にある。そこは発射台のようなものだ」
ボドルドが得意気に説明しようとしたので刀夜はそれを簡潔な内容で遮った。およそ開発者や研究者といった人種は自分の功績を語りがたるものらしい。
彼がその話を始めたら長いのを刀夜はここにきて嫌というほど知らされた。お陰で知りたくもない装置や転送原理について詳しくなってしまった。
だからといって刀夜にこのようなものが作れるわけではないが……
ボドルドは説明を邪魔されて、ムスリとした顔で部屋に入るよう催促する。
「ささっと入れ……」
「…………」
皆の脳裏に始めて転送に遭遇した忌々しい記憶が甦って思わず入ることを躊躇しそうになる。真っ暗闇の煙に包まれると頭痛と呼吸困難に襲われた苦しい経験であった。
「ちょっと待て」
彼らが覚悟を決めて部屋へと入ろうとしたのを止めたのはマウロウだ。
「颯太の治療をしておかなければ転送に体が耐えられんじゃろ。彼を一度床に置くが良い」
拓真は背負っていた颯太を下ろすとマウロウは彼の元に寄り呪文を唱えだした。拓真はその聞いたこともない詠唱に興味を示すが、師匠から刀夜宛に託されていた荷物を思い出した。
「そうだ刀夜君。師匠からこれを君にと頼まれていたものだ」
拓真は肩からかけていた鞄を刀夜に渡した。これは拓真が刀夜の家に向かう際にマウロウより渡されていたものだ。
刀夜がそれを受けとるとずしりとしており、何やら固いものが入っているようである。鞄の中を開けてみれば包み紙に包まれた大きな焼き芋の形をしたものが数本入っており、彼の興味を惹いた。
そして鞄に入っていた一通の手紙を取り出して目を通す。読み終えると刀夜はその手紙は自分の内ポケットへとしまう。
「拓真、この荷物はお前が持っておくほうが良いようだ。預けておく」
そう言って刀夜は鞄を拓真に返すと、拓真はその意図が分からず、ただ言われるがまま受け取った。
理由を尋ねなかったのは颯太の治療が終わったからだ。不思議なことにあれほど弱っていた颯太はまるで怪我などなかったのように復活していた。
「な、なんだ? すげー。全然痛くなくなった!?」
完全に傷が消えているあたりただの回復魔法でないことは拓真にはすぐに分かった。
「これで転送にも耐えられるじゃろ」
「こちらの準備もオッケーじゃ。急げ」
ボドルドが再び急かした。もう一刻の猶予もなくなったのだ。
そのような中、舞衣がリリアの手を掴む。
「リリアちゃん。本当に今までありがとう。あなたのことずっと忘れないわ……」
「はい、舞衣様。私も忘れません」
「わ、私も忘れないんだから!」
美紀が割り込むように涙を浮かべてリリアに抱きつく。リリアに抱かれていたエイミーは二人の間に挟まれる形となると、美紀に乗り移るように抱きついた。
「お姉ちゃん!」
エイミーにとって美紀は一番よく遊んでくれた友達のような存在である。そんな彼女との別れは辛いものがあった。
エイミーが完全に美紀に抱き移ると由美がリリアに握手の手を差しのべる。
「こっちの世界は厳しいけど頑張って生きるのよ……」
「はい」
差しのべられた手をリリアは握り返した。すかさず葵がその手を包むように両手で握ってくる。
「元気でいてね。ずっと忘れないから!」
涙を流して別れを惜しむ葵にリリアも耐えられず目に涙を浮かべてしまう。
「はい。葵様もお元気で」
「あ……泣きそうな奴にどう声をかけりゃいいか、分かんねーんだけどよ……色々サンキューな」
颯太が戸惑いながらも握手の手を差しのべるとリリアはその手を両手でしっかりと握った。
「颯太様もお体には気をつけて……」
潤んだ目でしっかりと見つめられると颯太は気恥ずかしくなり顔が赤くなる。しっかりと握り混んでくる彼女の手は柔らかく心地よかった。いつまでも握っていたかいが次が待っているなでそうもいかない。
そして入れ替わるように晴樹と梨沙が彼女の前に立つ。
「リリアちゃん色々とありがとう。刀夜も君にはとても感謝しているはずだから……」
「はい」
「リリアちゃん。絶対に幸せになってね!」
梨沙がそう言ってリリアに抱きついた。だがその言葉を聞いたリリアは表情を曇らせる。
「はい。梨沙様も晴樹さまとお幸せに……」
刀夜の居ないこの世界で果たして幸せだと感じるような時がくるのか、そんな疑問が頭によぎってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます